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月桂樹をあなたに捧げましょう  作者: 弥生あやね
第一章

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1 - 訓練所

「真白! 聞いてたか!」



 ハッと目を開くと、担任の(しん)先生に思い切り睨まれた。黒板を見れば内容が先程からだいぶ進んでいる。うたた寝をしてしまったようだ。

 すっかり雪は溶け、桜の花が開いた麗らかな春の日だった。今日は日向ぼっこに最適の陽気だ。



「えっと……。」



 言葉を濁しながら苦笑すると、先生は大きく溜め息を吐いた。



「まったく成績優秀だからって……。とりあえず板書写しとけよ。」

「はい……。」



 病院を退院した私は、無事訓練に参加していた。訓練は座学知識に始まり、武術、体術、魔法と多岐に渡る。そして今日は座学だ。



「えー……、さすがに知らない奴はいないと思うが、この月の国のすべての運営を担うのが『守護隊』だ。守護隊は全部で七つの部隊に分かれていて、各々特色を持っている。例えば第一部隊は何でもできるエリートの集まり。第三部隊は国の警備や取り締まり。第四部隊は医療に優れている。そしてすべての部隊の頂点に立つのが『総隊長』だ。

 じゃあ真白! 月の国、太陽の国、それぞれのシンボルマークは分かるかー?」

「私たち月の国は月桂樹、太陽の国は太陽です。」

「正解だ。刻印の場所は?」

「月の国は左上腕、太陽の国は右腰にそのマークを刻んでいます。」

「正解。」



 先生は溜め息を吐いた。私はそれを見てさらに苦笑した。熱心ではないのに成績が良いものだから睨まれるのだ。なんせ一周目で実戦を伴ってすべて学習済みなのだから仕方がない。しかもそのマークは、かつて私の左腕にも刻まれていた。

 真面目に授業を受ければいい話なのだが、どうしてもふとした瞬間、一周目の記憶の中に引き戻されてしまう。そして考える。なぜ私はまだ生きているのかと。人生に二度目なんてあり得るんだろうか。魔法なんだろうか。それとも呪いの類だろうか。誰が、何のために。だが結局、毎回堂々巡りに終わってしまう。何はともあれ、せっかくの幸運だ。同じ人生を辿るわけにはいかない。あの場面を、死を回避する。今はただそれだけだ。


 授業が終わると私はノートを鞄に詰めた。立ち上がろうとしたその時、誰かが飛びついてきた。



「真白! 帰ろ〜!」



 そちらを見やれば、百音(もね)がにこにこと笑っていた。首を傾げると一つに括られた彼女のピンク色の髪が揺れた。



「うん。」



 つられて笑顔を返す。私たちは教室を後にして寮へと向かった。


 百音はこの訓練所に来てからできた友達だ。なぜか百音は私を溺愛してくれていて、こうしていつも一緒にいる。今年はあまり女の子が多くないそうなので、正直とても心強い。



「今日の夕飯何かな〜!」

「昨日はお魚だったから、今日はお肉じゃないかな。」

「私ハンバーグがいいなぁ!」

「百音は本当にハンバーグ大好きだね。」



 つい笑みが溢れた。百音は明るくて面倒見の良い姉御肌だ。こういう子が隣にいると元気をもらえる。



「真白は何が好きなの?」

「私は……何だろう。何でも好きだからなぁ……。」

「真白って本当偉い!」

「うーん、そうだなぁ。スイーツ……かな。」

「真白ったら可愛い〜!」



 戦地ではスイーツなんて食べられなかったものだから、そもそも甘味に目がない。食堂ではたまにデザートをつけてくれるので、私はそれをとても楽しみにしている。


 私たちは寮に着くと、一度解散して自室へと向かった。

 宿舎は五階構造で、一階に男女別の浴場や物置なんかがあり、二階は食堂や大きいホールがある。三階は男子部屋、四階は女子部屋、五階は職員の部屋だ。

 部屋は個室が割り当てられていて、部屋には備え付けのベッド、机と椅子、ワードローブがある。


 荷物を置くと窓辺に目を向けた。百音の部屋なんかは可愛い物を持ち込んでいて、とても女の子らしい。対して私の部屋はとても質素で簡素だ。唯一、机に置かれたうさぎのぬいぐるみだけが女の子の部屋であることを証明してくれている。

 私はそのぬいぐるみを抱き上げると、親指でその頬を撫でた。ふわふわで柔らかい。耳の内側には小花柄の布が当てられ、目の黒いビーズがつぶらで愛らしい。首には丁寧に赤いリボンが結ばれている。あの日、八雲からお見舞いに花束と一緒にもらったものだ。これを見ると、愛しさが込み上げてくる。


 私はぬいぐるみを机に戻すと、百音と待ち合わせている食堂へと向かった。



 *



 食堂に入ると良い香りがした。これは肉料理と野菜スープの香りだ。焼きたてのパンの香りもする。胸いっぱいに香りを吸い込むと、それだけで幸せな気分になる。

 この国は決して貧しくない。けれど一方で戦争孤児も珍しくはなく、育ち盛りのこの時期にたらふく食べられるよう食事に力を入れていると一周目で聞いたことがある。

 私は自分の分の食事を取ると百音を探した。どちらか先に来た方が席を確保すると決めているのだが、どうやら百音はまだ来ていないようだ。適当に席を確保したその時、不意に名前を呼ばれた。



「真白〜!」



 顔を上げると大きく手を振る飛鳥(あすか)がいた。飛鳥はトレーを持ってこちらに小走りで駆け寄って来ると眉を垂れた。



「俺らも混ぜてくれへん?」



 飛鳥の後ろを見ると、いつも一緒にいる(ひじり)(はる)もいる。周りを見回すと、丁度混み始めたタイミングらしく三人で座れそうなテーブルは埋まっていた。



「もちろん。三人も来られるように広いテーブルにしたから。」



 そう返すと、飛鳥は「ありがとぉ!」と言って私の隣に腰掛けた。聖は飛鳥の正面に、その隣に青が腰掛けた。二人からもお礼を言われたタイミングで百音がやって来て、空いていた私の正面に腰掛けた。



「お待たせ! 席ありがとう、真白。」

「ううん。」

「んでアンタたちは自分で席取りなさいよね!」



 百音は聖に向き直ると、物凄い顔で彼を睨みつけた。



「お前だって自分で席取ってねぇだろ。」

「私たちはお互い様だからいいんですぅ!」

「はー、ケチ臭ぇなぁ。」

「なんだと!?」



 二人は互いに睨み合いながら食事を進めていく。日常茶飯事すぎて気にしない飛鳥を尻目に、私と青は目を見合わせて苦笑した。こんなに喧嘩するなら近づかなければいいのに、二人はなぜかいつも近くに座る。なんだかんだ仲が良いのだ。


 訓練が始まって約一月が経った。いつの間にか私たちは五人で過ごすことが当たり前になった。きっかけは分からない。けれど一緒にいるとなぜか心地良くて、それがいつしか当たり前になった。


 私は食事を口に運びながら目の前の光景に笑みを溢した。幸せだ。一周目と異なる道を歩んでいることを考えるとどうしようもなく不安になるけれど、私には彼らを突き放すことなんてできない。そのくらい、今ではもう大切な存在だ。



「美味いか!?」



 不意に顔を覗き込んできた飛鳥に尋ねられた。驚いて少し戸惑いながらも「うん」と返すと、飛鳥はニカッと笑った。



「飯が美味いだけで幸せやな!」

「うん。」

「真白は素直で可愛えなー! 好き!」

「ふふ、ありがとう。」



 飛鳥はなぜか知り合った頃からこうして好意を伝えてくれる。それが友達としてなのか恋愛的な意味なのかは分からないけれど、私はただ感謝を伝える。それが通常運転になってきていた。

 性格も相まって、本当に太陽みたいな人だ。顔の横の髪を一房伸ばし、それを三つ編みにしているのが特徴的だ。詳しくは知らないが、それは村の風習らしい。



「聖もあのくらい素直だといいんだけどねぇ?」

「突っかかってくんな。飯が不味くなる。」

「なるわけないでしょ!? 可愛い私の隣にいるんだから!」

「へーへー。」



 聖はうるさそうに顔を背けて大きな溜め息を吐いた。襟足だけ少し伸びた髪も相まってか、少し気怠げな雰囲気を感じるのは年頃のせいだからだろうか。それとも相手が百音だからだろうか。



「二人ともその辺にしておきなよ。真白が困ってる。」



 今の流れで私に振るの、青…。



「どっちかって言うと、青のキラーパスに困っとるけどな!」



 飛鳥まで余計なことを言う。青は一瞬キョトンとした後、「ごめん」と苦笑した。

 青は大家族の長男らしく、しっかり者で穏やかだ。男子三人のまとめ役のような感じだ。おっとりという意味では私と一番性格が近いように感じるけれど、同時に少し天然でもあるので、そういうときは少し恐ろしく感じる。



「さて、お腹いっぱいになったし! お風呂行こ、真白!」

「うん。でもその前に稽古したいから、先に入ってて。」

「真白は偉いなぁ。」



 百音が項垂れると、それに伴ってピンクの猫毛がフワフワと揺れた。可愛い物やオシャレが大好きな百音は、あまり訓練には積極的ではない。けれど元々活発なせいか体術や武術のセンスはとても良いのでもったいない。



「今日は何するの?」

「とりあえずランニングと体術かな。基礎を作らないと。」

「はー、偉すぎ! 私は眠いから、部屋で寝て待ってるね!」

「うん、ありがとう。」



 食器を下げると、百音と一旦分かれて寮に併設された訓練場へと向かった。飛鳥と聖も一緒だ。青は明日に備えて早めに眠るからとそのまま風呂に向かった。

 準備運動をしていると、聖が隣に立った。珍しいこともあるものだ。



「お前、なんでそんなに必死なんだ?」

「……そう見える?」

「あぁ。」

「……守りたいものがたくさんあるから、かなぁ。」



 たった一月。されど一月。私には守りたいものがたくさんできた。



「……あっそ。」



 そう言い捨てると聖は私を置いて走り出した。実は唯一、気になっていることがある。それはどうやら私は聖に嫌われているらしい、ということだった。


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