21 - 生きろ
目を開くと見知った天井が広がっていた。首都の病院だ。瞬きをすると涙が頬を伝った。まだ生きろと、言われた気がした。
「真白……!」
視界に百音が飛び込んで来た。泣いている。
「百音……。」
声がひどく掠れている。
「真白!」
「真白……!」
「聖……。青……。」
「僕、皆に知らせてくる……!」
青が視界からいなくなったかと思うと、バタバタと走る音が聞こえた。入れ違いで足音がして、また名前が呼ばれた。
「真白!」
声だけで分かる。また涙が頬を伝った。
「八雲さん……。」
八雲はふわりと頬を緩めた。百音は私の布団に突っ伏してわんわんと泣き、聖もボロボロと涙を溢していた。
私はそっと目を閉じた。どのくらい意識を失っていたんだろう。覚めない頭でも分かる。飛鳥がもう、いないということが。
*
私は二日ほど意識を失っていたらしい。あの男が使っていた武器に毒が塗ってあったそうだ。飛鳥が庇ってくれたものの、先端が掠めていたらしい。
八雲の話では、私は運が良かったらしい。飛鳥の体にほとんどの毒が吸収されていたおかげで、私はほとんど毒を喰らわずに済んだ。それでもかなり危なかったそうだが、あの場には総隊長を含めた選りすぐりの守護隊員が集結していた。すぐに治療ができたそうだ。
捕虜の男はもう一人の侵入者に殺された。もう一人の侵入者は八雲が捕えた。これにより侵入者の掃討が完了。森の中を改めて捜索したところ、複数の遺体を発見。訓練生だけで死者は八人にのぼった。飛鳥を含む殉職者の葬儀は私が目を覚ます前日に執り行われていた。
退院後、私は花を手向けるために月桂樹の丘を訪れていた。両腕の中の花に視線を落とすと、花が美しくてそっと目を閉じた。嫌なものだ。手向けるための花で両腕がいっぱいだなんて。
入院している間にどっさり雪が降ったらしく、月桂樹の丘は真っ白だった。その頂上、月桂樹の葉が青々としていた。常緑樹である月桂樹には冬だって関係ないのだ。墓標に積もった雪を払いながら花を手向け、手を合わせて回った。
*
病院で目を覚ました私は食事に手をつけなかった。食欲が全くわかなかったのだ。
「真白ー! 来たよー!」
百音が元気良く病室に入って来た。三人は毎日お見舞いに来てくれていた。そして毎日怒られる。
「もー! また食べてない!」
「食欲なくて……。」
「ダメじゃん食べなきゃ!」
「ふふ。真白が百音に怒られる日がくるとは。」
「世も末だな。」
三人とも普通に振る舞っているように見える。それでも傷ついているはずだ。訓練所での授業はまだ再開されていない。さすがに一週間程は休みになったらしい。
「……あのね、三人に聞いて欲しいことがあるの。」
私は目が覚めてからの数日間、ずっと考えていたことを三人に話すことにした。三人が座ったのを確認して、私は話し始めた。
「私、一度死んでるの。」
「え?」
「は?」
「……。」
驚き方は三者三様だった。私は太陽の国の罠にハマって一度死んだこと、死ぬ前は第一隊所属だったこと、八雲と総隊長を救うことを目的としていることを話した。
「俄かには信じがたいけど……、でも真白の強さを考えると、納得はいく……かな……。」
「ちょっと待って、八雲さんとは両想いだったってこと!? 素敵じゃない!?」
青と百音は受け入れてそうだが……、聖はじっと私を睨みつけるように見ていた。
「で?」
「え?」
「それを俺らに話してどうしようって?」
「……。」
この先を聖は察している。私は躊躇いながら口を開いた。
「私、もう一度死ぬわ。」
「ふざっけんな!」
聖が立ち上がった勢いで椅子がひっくり返って大きな音がした。聖はそれを気に留めることなく私に詰め寄り胸倉を掴んだ。百音が悲鳴を上げた。
「聖落ち着きなよ! 脚折れてるんだから!」
「黙ってろ青! おい真白! もう一回言ってみろ!」
「何回だって言うわ! 私もう一度死──」
そこまで言った瞬間、頬を叩かれた。
「そのまんま生き返らなかったらどうすんだよ!」
私は思わず呆気に取られた。視線を聖に戻すと、聖の目から涙がポロポロと溢れて落ちた。
「お前まで死んで、何にもならなかったらどうすんだよ!」
叩かれた頬が痛い。私の目からもポタポタと涙が溢れて落ちた。
「だって、飛鳥が生き返る可能性が少しでもあるなら、それに賭けたいじゃない……!」
「それは、お前が命賭けるほど勝率があんのかって言ってんだよ!」
「っ……。」
生き返る魔法なんて聞いたことがない。時間が戻る魔法だって聞いたことがない。そんなのどこにも存在しないのかもしれない。ただ私が死んで終わるだけなのかもしれない。
「飛鳥が死んだことは、お前一人で背負うことじゃねぇだろ。俺らにも背負わせろ。」
「!」
「本当にお前、馬鹿だな……。」
「っ……!」
私は両手で顔を覆って咽び泣いた。だって飛鳥は私を庇って死んだ。私は飛鳥の死から目を背けたくて、逃げたくて、三周目を言い訳に死のうとしたんだ。百音と青も泣いてて、四人でわんわん泣いた。途中様子を見に来た睡蓮さんが少し笑って、そして涙ぐんで言った。
「沢山泣きなさい。」
それからしばらくして、病室のドアがノックされた。やっと涙が止まった頃だった。
「はい。」
一応返事はしたが、とんでもない鼻声だった。ドアを開けて入って来た人物を見て、引っ込んでいた涙がまた少し出てきた。
「飛鳥のお母さん……。」
「皆ここにいたのね。……久しぶりね。」
その顔はだいぶやつれていた。
「目を覚ましたって総隊長が教えてくださって……。これ、お見舞い。皆で食べて。」
「ありがとうございます……。」
飛鳥のお母さんは籠いっぱいのみかんをくれた。笑わなくていいのに、向けてくれる笑顔が痛々しくて居た堪れない。
「これをね、真白ちゃんに受け取って欲しくて。」
「え……?」
飛鳥のお母さんに手渡されたのは小さな小瓶だった。
「これは……。」
中身を認識して息を飲んだ。飛鳥の毛髪だ。きっとあのおさげの一部に違いない。
──『成人のタイミングでこの編んであるのを切って、親にここまで育ててくれてありがとーって渡すんや! この部分だけは生まれてから一度も切らんから、成人近くなるとだいーぶ長くなっとる! 親への感謝なんや!』
村を訪れた際の飛鳥の言葉を、飛鳥の笑顔と一緒に思い出した。
「いただけません、こんな大事な物……!」
「持っていて欲しいの。」
飛鳥のお母さんは小瓶ごと私の手を包むように握った。目からは涙が次から次に溢れて落ちた。
「飛鳥の分まで、生きて欲しいの。」
「っ……!」
止まっていた涙が溢れてきて、私はギュッと唇を噛み締めた。
「重荷になったらごめんね。呪いになるかもしれないわね。でも、あの子もきっと言うから。……生きてくれって。」
「っ……幸せな、呪いです。」
──『泣いたらええやん! 泣きたいときは泣いたらええ! んで、明日からまた沢山笑お! な!』
仮装祭の日、皆の前で初めて泣いた私にそう笑ってくれた飛鳥を思い出した。そうだ、泣いていいんだ。私は小瓶を大切き握り締め、嗚咽を漏らして咽び泣いた。
*
飛鳥の墓で手を合わせていると、背後で雪を踏み固める音がした。手を下ろして目を開くと、自分の吐息が白くなって霧散するのが見えた。
「終わったか?」
そう声をかけられて苦笑した。
「まだ足も治ってないのに、わざわざ来てくれたの?」
振り返ると三人が笑っていた。こんな足元が悪い中だというのに、聖はわざわざ折れた脚を引きずって来たらしい。雪の上の足跡の中に、歪な直線が一本引かれていた。
「また死ぬとか言い出すと悪いからな。」
「聖は本当に口が悪いなぁ。」
「本当に! 素直に心配だって言いなさいよね!」
四人で顔を見合わせて、ふっと吹き出して笑った。
「もう言わないわ。生きなきゃいけない理由が、また一つ増えたから。」
飛鳥の分も、生きなければ。
「絶対倒すぞ、太陽の国。」
そう言った聖の目が底冷えするほど暗くて、一瞬躊躇う。あの目には、確実に憎しみがこもっている。蛍様の仰っていたことは、本当に難しい。だけど結果は同じだ。
「ええ。」
奪われた憎しみのためじゃない。もう失わないために、奪われないために、太陽の国を倒す。
雪が溶けて桜の花が芽吹く頃、私たちは訓練所を卒業した。それぞれの思いを胸に、次のステージへと踏み出した。




