20 - 実地演習③
その男はベースの入口付近にいた。地面に打ち付けられた木の杭に鎖で体を固定されている。少し離れた所で足を止めた私に、八雲が言った。
「魔封石の手錠をつけたから、魔法の心配はないよ。」
魔封石。たまに採掘される希少な鉱物だ。魔力が体外に放出されるのを防ぐ作用がある。文字通り、魔法を封じる石だ。
「……不思議ですね。」
「ん?」
「悔しくて、憎くて堪らなくて、殺してやりたくなるのかと思ってました。だけど……」
唇が震えて、息も一緒に震える。
「今はただただ、涙が止まりません。」
感情がぐちゃぐちゃだ。悔しさも憎しみも確かにある。だけど安堵と、蛍様が還ってこない現実を改めて目の当たりにされた、そんな悲しみでいっぱいだ。
「……儂は戻る。後は頼んだぞ、八雲。」
「はい。」
総隊長は踵を返し、ベースの奥へと戻って行った。
*
何となく動きたくなくて、私はその場に座り込んで後方から男を眺めていた。放心状態に近い。
「……すみません、八雲さんを付き合わせて。」
「いや。俺もベースから動けないし、あいつから目を離したくないから。」
「……ありがとうございます。」
八雲はずっと隣にいてくれた。一人だったらきっと負の感情に飲み込まれていた。仄かだけど、温かい感情を抱けているのは間違いなく八雲のおかげだ。
「真白ー!」
不意に名前を呼ばれた。振り返ると飛鳥がこちらに駆け寄って来た。
「飛鳥。」
「俺もここおってええ!?」
「うん。」
「八雲さん、ええ?」
「どうぞ。」
「ありがとお!」
ニカッと笑うと飛鳥は私の隣に腰を下ろした。八雲と青が戻って来る少し前、飛鳥も無事に保護された。目立った外傷はなく、本人も元気だ。
「俺らは敵が捕まるまでここで待機なんやって! 敵ってあと何人おるんやろ! 俺が捕まえたるのに!」
そう言って森を睨みつけた。軽い物言いに、彼なりに和ませようとしているんだと気づいた。ふと笑みが溢れた。飛鳥の隣はいつも優しい。
「あと一人だろうね。手口が二パターンだから。」
「あと一人……。」
「時間の問題だと思うよ。うちの守護隊は優秀だからね。」
八雲はそう笑った。八雲は「温かい飲み物でも取って来るよ」と言って腰を上げた。その後ろ姿を見送っていると、不意に飛鳥に手を握られた。微かに手が震えている。
「飛鳥……?」
そちらを振り返ると、飛鳥と視線が交わった。真剣な表情だ。ふとあの日の談話室での会話を思い出した。
「もう二度と会われへんかったらと思ったら、堪らなく怖くなってん。」
「……うん。」
「もちろん真白だけやない。皆ともや。」
「うん。」
「ほんま、無事でよかった。」
こんなに弱々しい笑顔、初めて見た。飛鳥じゃないみたいだ。私は飛鳥の手を強く握り返した。
「飛鳥も、無事でよかったわ。」
そう。当たり前じゃないんだ。私たちは戦いの中に身を置いている。それを再認識した一日だった。遠くの空が白み始めていた。
「あかん〜。真白大好きや、めっちゃ好き! ギューしたい。」
「何言ってるのよ、もう。」
冗談を言い合っていたその時だった。捕虜の足元の地面が爆発した。同時に煙幕でも使ったのか、捕虜が煙に包まれてしまった。
「何や!?」
私たちは咄嗟に立ち上がった。煙で視界が悪いが、一瞬見えた。爆発したんじゃない。下から飛び出して来たんだ。
「ぐぁぁぁあああ!!!」
煙の中から叫び声が聞こえた。一気に事態が緊迫する。先程まで森の中で感じていたのと同じ、死を身近に感じる。一気に身体が強張った。
「何や、何がどうなっとるんや!」
「捕虜が!」
思わず叫んだその瞬間、煙から一人の男が飛び出して来た。右手に武器を仕込んでいる。目が合った、そう思った。男がこちらに飛びかかって来た。避けられない。
「真白!!」
名前を呼ばれた。その次の瞬間、私は後ろに吹き飛ばされた。鼻腔を掠めた匂いに一瞬緊張が緩んだ。安心したんだ。だって、それはよく知っている匂いだったから。私は背中から倒れ込んだ。
「っ……!」
受け身を取れなかった私は小さく呻いた。体を起こしながら目を開ける寸前、嫌な音がして、生温かい何かが降り注いだ。そして目を開けて、息を飲んだ。
「あ、すか……。」
「ぐっ……。」
飛鳥の腹に男の腕が貫通していた。飛鳥に突き飛ばされたんだ。事態を把握した瞬間、男の腕が切り落とされた。八雲だ。
「飛鳥を!」
八雲はそう叫んで男と対峙した。
「飛鳥……。」
飛鳥が口から大量に吐血したのと同時に、飛鳥の腹に刺さったままだった男の腕がずるりと抜けて落ちた。飛鳥の体が傾いて倒れるのをなんとか受け止めた。それが精一杯だった。
「飛鳥……!」
血が出過ぎてる。下半身が飛鳥の血で生温かい。どうしよう。
「退いて!!」
その時、守護隊員が一人、人混みをかき分けて来た。第四隊の人だろう。サッと側にしゃがみ込んで応急処置を始めてくれた。
「あなた! ずっと声かけてて!」
そう言われてやっと我に返った。震える手で飛鳥の手を握り締めた。手が冷たい。
「飛鳥……!」
飛鳥は顔を歪めながら咳き込んだ。何度も血を吐いている。
「真、白……。」
「飛鳥……!」
「皆に、よろしゅう……。」
「やだ……。」
「俺、幸せやった……。」
「何言ってるの! そうだ、この演習が終わったら皆で打ち上げしましょ! きっと演習はやり直しよ! どうしたら高得点取れるか皆でそれも考えましょ! あと──」
ふと飛鳥の手が脱力した。
「……飛鳥……?」
飛鳥は穏やかな表情をしていた。頬に触れると、その頬はまだ温かかった。手の震えが止まらない。
「飛鳥!」
「飛鳥っ……!」
皆の声が聞こえて、皆が私たちの周りに駆け寄って来た。声が涙に濡れている。鼻を啜る音も聞こえる。私は握ったままの飛鳥の手を、さらに強く握り締めた。
「……飛鳥。」
いつしか本物の太陽が地平線を照らしていた。駆けつけた総隊長は事態を把握すると静かに擬似太陽を消滅させた。それでも空は十分明るかった。
百音が横から私を抱き締めた。泣いてる。飛鳥の応急処置をしてくれていたはずの隊員はいつの間にかその手を止めていた。
「っ!」
不意に込み上げるものがあって咳き込んだ。血だ。大量の吐血に困惑する。
「真白!?」
「げほっ、ごほっ……!」
息が苦しい。私も死ぬのかな。ああ……、死んだら……三周目が始まるかもしれない。そうしたらこんなことにならないよう、皆を……飛鳥を守ろう。新しい始まりを迎えるためなら、何度だって死のう。
「真白!!」
皆が私を呼ぶ中、遠くで八雲が私の名前を呼ぶ声が聞こえた。




