19 - 実地演習②
「月の国守護隊員に告ぐ! 太陽の国の者が少なくとも二人侵入しておる! 訓練生を保護し、侵入者を引っ捕えよ! 決して逃すな!」
総隊長の声が空気を伝って森中に木霊した。驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。次に訪れたのは不気味なほどの静寂だった。総隊長が擬似太陽を作り出してくれたおかげで視界はかなり良くなった。けれど……。
「森の上空にあんな塊出して……無茶するな……。」
火事にでもなったらどうするつもりだ。まぁ、そのときはきっと総隊長が今度は水の塊でも落としたんだろう。そんなことをしようものなら俺たちまで流されかねないので勘弁して欲しいところではある。
「さて、と……。」
守護隊に課された任務は訓練生の保護だが、第一隊にはそれに加えて侵入者の捕縛が最優先任務として課された。個人的にも、特に蛍様の仇は何としてもこの手で捕らえたかった。完全に私情だ。
──『メンタル面は俺が全力でサポートします。蛍様の仇だって、俺が必ず捕まえてみせる。』
総隊長に宣言したというのに、メンタルのサポートは子どもたちに先を越されてしまった。せめて、仇は必ずこの手で捕まえてみせる。八雲はケープの襟を鼻上まで上げ、しっかりと口元を隠した。
*
異変を感じたのは枝から枝へ飛び移り着地した、その瞬間だった。咄嗟に後方に飛び退いた。次の瞬間、枝がすっぱりと切れた。成人の男が着地してもびくともしなかった枝が、紙のようにあっさりとだ。
八雲は直感した。こいつだ。八雲は地面に着地すると上方を睨みつけた。太刀筋を逆算して……そして見つけた。見慣れない、けれど隊服と分かる装束のその男は、獲物である太刀を肩に担いでいた。
「てめぇ、月の国守護隊の八雲だな?」
「……だったら?」
「お前を殺せって上からせっつかれてんだ。正直俺ぁ興味はねぇんだがなぁ。」
気怠気にそう言うと男は、太刀で肩を叩きながら溜め息を吐いた。あんなに気怠気なのに、隙がない。手練れだ。蛍様を手にかけたくらいだ、当たり前か。
「興味ないんだったらさ、とっとと捕まって情報開示してくれない?」
「それとこれとは別だろぉ。むしろお前がさっさと死んでくれや。」
「そっちはなんで俺みたいなひよっこ狙ってんの? 総隊長とかじゃないんだ?」
「ん〜なこと俺が知るかよ。」
こいつ、下っ端か? それか捨て駒にされているか……? まぁ何でもいい、月の国はあまり太陽の国の情報を持っていない。情報はなんだってありがたい。さて、どう攻めるか。八雲は腰につけた鞘から短剣を抜き出し、逆手で持って構えた。
「そんな小っせぇ剣で俺とやり合おうってかぁ?」
そう男は嘲笑した。リーチの長さからして明らかにこちらが不利だ。おまけにあの切れ味……風属性魔法を同時に使っているに違いない。
「お前ら、何人で侵入した?」
「言うかよんなこと!」
「……それもそうか。」
男の方もゆったりと構えた。静かな睨み合いが続いた。葉擦れの音がサワサワと響いた。
先に動いたのは男の方だった。八雲目掛けて太刀を振り下ろした。先程同様、風属性魔法によって強化された斬撃が飛んでくる。八雲は難なくそれを躱わして枝に飛び移った。次々に斬撃が追撃してきたが、八雲はそれを躱わし続けた。
「ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇぞ!」
男が痺れを切らして叫んだ。それでも八雲はただ攻撃を躱わし続けた。やがて男の周囲に飛び移れそうな太さの枝はなくなった。
「隠れる場所はなくなったぞぉ!」
「一つ教えてほしいんだけど、蛍様をやったのはお前だな?」
「そうだ! 楽勝だったなあのババア!」
不意に、男が立っていた枝がガクンと急降下を始めた。
「なっ!?」
驚いて足元を見ると、枝が切り落とされていた。よく見ると沢山の小さな太刀傷があった。あの野郎……! 俺の太刀を躱わしながら枝を落としやがった! 蔓を張れるような枝もない。男は空中で姿勢を立て直し、落下速度を弱めるために太刀を木の幹に突き立てようとした。しかし次の瞬間、横からの衝撃で太刀が折れた。男は何が起きたのか一瞬分からなかった。けれど咄嗟に呪文を放った。
「ウィンド クッション!」
無事に着地することはできたが、獲物を失った。男は持っていた柄を投げ捨てると、ナイフを二本抜いて構えた。
「薄々そうかな〜とは思ってたんだけどさ。」
いつの間にか八雲の姿を見失ってしまった。風魔法を使っているのか、空間に八雲の声が木霊していて八雲の位置が特定できない。
「お前、魔法苦手でしょ。」
「!」
「体術や暗器の扱いはそこそこっぽいね。そこに風属性魔法を組み合わせて上手くやってたんだろうけど。」
「だーったらなんだってんだぁ!?」
「俺相手じゃ通用しないよ。」
八雲は静かに男の背後を取ると手をかざした。
「ウォーター ボール。」
水の塊がヘルメットのように男の頭を覆った。男はパニックになって、それを引き剥がそうとした。
「残念。風属性魔法と水属性魔法の相性は最悪なの。」
「……!」
「草属性を上手く扱えたら、それをどうにかできたかもね。」
そうこうしているうちに、男は窒息して意識を失った。八雲は魔法を解除するとその男を拘束した。
男の太刀に、横から石の塊をぶつけて刃を折った。互いのリーチが短くなったら近接戦に持ち込むことも考えたが、風属性魔法を考慮するとそれも危うい。そうなれば、答えは一つ。魔法だ。
……こんな、呆気なく。八雲は拳をキツく握りしめた。蛍様はもう随分前から杖をついていた。足を悪くされてたんだ。だから暗殺を得意としたこいつに遅れを取ってしまったんだろう。もっとも、森の中じゃ本領を発揮できなかったらしいが。
「……さて、と。」
こいつをベースに運ぶか。魔封石の手錠を嵌めれば、魔法の心配もクリアだ。と次の瞬間、地面がボコボコと盛り上がり始めた。
「!?」
新手か。敵は二人以上と言っていた。八雲は先程仕舞った短剣を取り出し構えた。やがて地表に穴が空いたかと思うと、一人の男の子が這い出してきた。
「やっ、八雲さん……!」
「あれ、君……真白の友達の……青……?」
「はい……。」
八雲は構えを解くと短剣を仕舞った。聞けば異変を察知し、ずっと地面に潜って機を窺っていたらしい。ビビリが原因なんだろうけど、身を守れたという意味ではまぁ及第点だ。
「よく頑張ったね。さぁ、ベースに行こう。」
「はいっ……。」
八雲たちは捕まえた捕虜を担いでベースへと向かった。
*
ベースの入口で捕虜を地面に降ろし、八雲と青は中へと入った。帰りを喜ぶ人でベースの入口は一瞬ごった返した。
「青! 八雲さん!」
奥から人をかき分けて真白が飛び出して来た。真白は俺たちの姿を認めると、まず青に抱き付いた。
「青……! よかった、怪我してない!?」
「うん、大丈夫だよ。」
「でもひどい顔色だわ。あの天幕で聖が手当を受けているから、青も行って休んだ方がいいわ。飛鳥もさっき戻ったし、百音もいるわ。」
「うん、ありがとう。」
青はこちらに会釈をして天幕に向かった。真白はその背中を見送ると俺の方に来た。
「八雲さんは大丈夫ですか?」
「当たり前でしょ。それより……捕まえたよ。」
真白は息を飲んだ。
「蛍様の仇を、捕まえたよ。」
「っ……!」
「殺せなくて、ごめんね。」
そう言うと真白は唇を噛み締めて首を横に振った。その目には涙が滲んでいた。
「八雲さんっ……、ありがとうございます。」
「うん。」
よかった。蛍様の教えと負の感情で雁字搦めの真白の心を、少しは救うことができただろうか。
「戻ったか、八雲!」
不意に声をかけられた。総隊長だ。
「はい。蛍様の仇、捕まえましたよ。」
「うむ、ようやった!」
総隊長も満足そうだ。
「其奴の顔でも拝んでやるかの。」
そう笑った。
「真白も来るか。」
「はいっ。」
「うむ、行くか。」
歩き出した総隊長と真白に続いて、俺も歩き出した。途中、気になることがあって総隊長の横に並んで小声で囁いた。
「標的に俺が入ってる理由は分かりませんでした。」
「そうか。まだ一人残っとるが、お前はベースの守りに回れ。標的がノコノコ出てってやる必要もあるまい。」
「はい。訓練生の保護は。」
「粗方済んだ。今、進が確認しとる。」
「そうですか、よかった。」
何とか夜明けまでに片がつきそうだ。空を見上げると総隊長が作り出した擬似太陽が未だ煌々と輝いていた。




