16 - 星の日の祝い
その日は朝から大騒ぎだった。百音が。私の支度が整ったのは、八雲が迎えに来る五分前だった。
「やばい力作……!」
肩で息をする百音は、私を上から下まで何度も見て満足げに笑った。あれから一週間。百音が文字通り上から下までトータルコーディネートをしてくれた。何だか私じゃないみたいだ。行事以外でこんなに着飾ったのは初めてだ。
「どーよ!」
「うん、すっごく似合うよ。可愛い。」
「馬子にも衣装ってやつだな。」
「もー! 素直に褒めらんないわけ!?」
「かっ……! 可愛えけど! なんで俺とデートじゃあらへんの!?」
「早い者勝ちだね。諦めな、飛鳥。」
「嘘やん!」
皆と一緒にいると緊張も紛れる気がする。
「私たちは私たちで、真白の誕生日パーティーの準備して待ってるね!」
「本当?」
「もっちろん! 楽しんで来てね!」
「嬉しい、ありがとう。」
今日は楽しいことが目白押しだ。こんなにふわふわと幸せな気持ちは初めてだ。
「はぁ〜可愛い! もうこの頬のほんわりとした赤み!? 超可愛い!」
「は、恥ずかしいわ、百音……。」
「うふふ、お土産話待ってるね!」
「もう……。」
宿舎を出ると、八雲はすでに待っていた。
「や。」
「すみません、お待たせしました……!」
慌てて隣に並ぶと、八雲はいつものように優しく笑った。今日は私服だ。隊服じゃない八雲を見るのは夏季休暇以来だ。
「いつもより可愛いね。」
「えっ。あ、百音が…やってくれて……。」
「ふふ、いいね。じゃあ行こっか。」
「はい……!」
八雲と連れ立って歩く市街地は新鮮だった。星の日の飾り付けも相まって、いつもより街中がキラキラしていた。金、銀、白の飾り付けが多い。夜になると灯りを反射して、さらにキラキラと輝くのだ。八雲はキョロキョロしながら歩く私に歩幅を合わせてのんびりと歩いてくれていた。
「あれ、八雲さんって、ピアス開けてるんですか?」
八雲の左の耳たぶにはフープ状のピアスが一つ輝いていた。今まで気づかなかった。八雲はピアスに軽く触れた。
「あぁ、うん。休みの日だけね。」
「いいですね、素敵。」
「真白も開ける?」
「え!」
「冗談。」
八雲はケラケラと笑った。
「お腹空いてる? ちょっと早いけどお昼食べない?」
「お腹空いてます……!」
昨日から緊張で胸がいっぱいで、あまりご飯が手につかなかった。八雲は満足そうに頷くと、迷わず歩き始めた。お店には早めの時間だったこともあってか待つことなくすぐに入れた。
「ここ、結構穴場なんだよね。総隊長と蛍様もお気に入りで。俺も小さい頃よく連れて来てもらった。」
「そうなんですね……!」
不意に出た『蛍様』というワード。まだ守れなかった悔しさや失った悲しみはあるけれど、大丈夫。もう前を向ける。八雲もそれに気づいてか、目を伏せて少し笑んだ。
「オムライスもナポリタンもオススメだな。ハンバーグも美味しい。あ、グラタンも美味いよ。」
「ふふっ。」
メニューに目を滑らせながらそう言う八雲に、思わず笑みが溢れた。
「お子様メニューばっかり。」
「え。あ、本当だ。」
顔を見合わせて笑い合った。八雲のオススメからオムライスとハンバーグを頼んで、美味しいと言い合いながら平らげた。デザートはお預けと言われ、食後の休憩もそこそこに店を出た。
八雲が寄りたい店があるというので、市場を物色しながらのんびり向かっていた時だった。視界の端でキラリと光る物があって、私は思わず足を止めた。
八雲は「少しそこで待ってて」と言うと、近くの店に入って行った。私は目に留まったそれをしっかり見たくて、屋台の前にしゃがみ込んだ。
「綺麗……。」
目に留まったのは色とりどりのアクセサリーだった。ネックレスにリング、髪飾りまで種類豊富に並んでいる。午後の日差しを受けて、金具とそこにはめられた石がキラキラと輝いていた。中でも目に留まったのは、緑色の石だった。似ている。私と……八雲の瞳の色に。
「何か気に入ったのあった?」
ハッと我に返ったタイミングで、戻って来た八雲が隣にしゃがみ込んで来た。急に近づいたその距離にドキドキしてしまう。いつも八雲の顔はずっと上にあって、こんなに近くにあることなんてないのだから無理もない。
「えっと、綺麗だと…思って……。」
「本当だ、綺麗だね。」
「はい……。」
八雲は何やら考える仕草をしながらアクセサリーを物色し始めたかと思うと、不意に自分の耳のピアスに触れて「そろそろ替え時かな。」と呟いた。その時だった。奥から店主が顔を覗かせた。
「綺麗だろう! ガラスでできてるから安価だ。どうだい?」
「ガラスなのこれ。」
「あぁ。発色が綺麗なのが揃ってるぞ!」
なるほど、それでこんなに発色が良いのか。値札を見て確かに思ったより安価だと納得した。
「で、いいのあった?」
「え……。」
「誕生日に贈りますよ。」
「でも申し訳ないです……!」
お昼だってご馳走してもらったし、デザートだってご馳走になる流れだ。
「お前、俺の財布に気遣ってる?」
「そういうわけじゃ……!」
「おっ、嬢ちゃん誕生日か! そりゃねだっときな!」
「そーそー。」
「えぇ……。」
店主と八雲の圧に負けて、視線を再びアクセサリーに戻した。ネックレス……は今後ドッグタグを着けなければならなくなる。絡まったら嫌だ。指輪は何か重い……。髪飾りは普段アレンジしないから分からないし……。ブレスレットも……。せっかくなら、普段から着けられる物がいい。私はそろそろと手を伸ばした。
「これが……気になります……。」
指差したのは、小さな緑の石が一粒台座に収まったシンプルなピアスだった。私たちの瞳と同じ色だ。
「ピアス?」
「あ、後で……開けてくれませんか……。」
「冗談だったけど……、まぁ……。」
八雲は分かりやすく困っていた。第一隊に所属する八雲からすれば、第四隊ほどの専門性はないものの医療に抵抗はないはず。ピアッシングだってお手のものだ。
「後悔はしません。」
「……分かったよ。」
私が言い切ると、八雲は苦笑して了承してくれた。
「ありがとうございます。」
「やれやれ……。真白も女の子だねぇ。」
押しの強さが、ということだろうか。……百音の押しの強さが移ったのかもしれない。
それから私たちはまたもや総隊長と蛍様行きつけだというカフェを訪れた。八雲に定番のショートケーキが美味しいと勧めてもらい、それを頼んだ。
「美味しい……!」
クリームは甘すぎず油っぽくなく、なのにコクがある。スポンジも口当たりが非常に滑らかだ。いちごもケーキに負けることなくとんでもなく甘い。
ただでさえスイーツは大好物だ。食べられるだけで幸せなのに、今まで食べた中で一番だ。私は思わずフォークを一度置いて、膝の上に手を乗せて頭を下げた。
「今日は一日ありがとうございました。幸せです。」
八雲はふっと吹き出した。
「気に入ってもらえたようで安心したよ。」
「……蛍様とも、来てみたかったです。」
「……そうだね。」
再びフォークを手に取って、ケーキを口に運ぶ。幸せの味がする。笑顔が溢れてしまう。
「確かに。こんなに幸せそうに笑う真白を、蛍様にも見せたかったよ。」
そう笑った。まもなくあれから一年が経つ。今この時間がかけがえのない、あまりに幸福な時間で眩暈がする。
「それじゃあ、これは大人たちからってことで。」
そう言って八雲は持っていた小包をテーブルの上に乗せた。先程私がアクセサリーを見ていた間に立ち寄った店の物だ。促されて包みを開くと、緑色の葉が青々と艶めいた月桂樹の冠が姿を現した。11歳の誕生日に親から子どもに十年生きた証として贈る、特別な祝い飾りだ。
「総隊長と、蛍様と、俺から。」
私はそれを包みごと抱き寄せた。
「ありがとうございます……。大切な宝物です……!」
八雲は満足そうに笑った。それから私たちは月桂樹の丘に移動した。さすがに往来のど真ん中でピアッシングをするわけにもいかないからだ。私たちはベンチに向かい合って座った。
「……本当に後悔しない?」
「はい! 両耳お願いします!」
「俺まで緊張してきた……。」
八雲は持っていた針をアルコールで消毒しながら苦笑した。本来は暗器として用いる物だ。針をまじまじと眺めていると、それに気づいた八雲が笑った。
「安心しな、毒はついてないよ。」
「あはは……。」
耐性のないこの身体で毒を受けたら死ぬのでは。八雲が私の耳たぶに触れた。顔が近い。微かに八雲の匂いがして、ピアッシングの緊張とドキドキでどうにかなりそうだ。
「……女の子の身体に傷をつけるってのは、やっぱ気が引けるなぁ。」
「!」
次の瞬間、耳たぶにチクリと痛みが走った。注射と大差ない痛みだ。八雲はてきぱきと処置を終えた。
「はい、反対。」
「ふふ、全然普通ですね。」
「痛くない?」
「全然大丈夫です。」
「よかった。」
そう笑ってもう片方の耳たぶも素早く処置してくれた。そっと触れるとピアスが手に触れた。何だか少し大人になった気分だ。嬉しくて頬が緩んでしまう。不意に八雲が自分が付けていたピアスを外した。
「実は同じの買ったんだよね。」
そう言って八雲が袋から取り出したのは、私が選んだのと同じ小さな緑の石一粒のシンプルなピアスだった。
「自分の瞳と同じ色を選んだけど、俺ら色同じだからね。お揃いになっちゃった。」
そう言って笑った。記憶の中で八雲の声が木霊した。
──『俺にとっても、お前は失いたくない奴だよ。だからお前がここにいるってだけで、すごい勇気づけられてる。本当は、絶対にお前を死なせやしないくらい言えたらかっこいいんだけどね。』
帰ったら、ゆっくり聞かせてくれるって。笑みが溢れて、それと一緒に涙が滲んだ。失った思い出も絆ももう取り戻せない。だけど新しく築くことはできる。
八雲隊長。やっぱりあなたが大好きです。あなたといられる今が幸せです。ずっとあなたの隣にいたいです。あの日聞けなかった続きを、今度こそ、いつか聞かせてください。
「さて、帰ろうか。宿舎まで送るよ。」
「はい!」
遠目に見えた街はキラキラと輝き始めていた。私たちはそれを横目に月桂樹の丘を後にした。




