13.5 - 年長者の罪
その晩、再び月桂樹の丘を訪れると先客がいた。足心だ。どうやら月見酒をしていたらしい。いや、弔い酒と言った方が正しいだろうか。足心はこちらに気がつくと、持っていた盃を掲げた。無言の誘いだ。元々そのつもりだったので足心の隣に腰掛けると、足心は持っていた盃を寄越した。どうやら足心もそのつもりだったらしい。
「随分用意がいいですね。」
八雲がそう笑うと、足心も笑った。
「お前こそ盃を三つ持っとるじゃろ。」
「バレてましたか。考えることは一緒ですね。」
「誰が育てたと思っとるんじゃ。」
「ふふ、そうですね。」
ベンチの前には見慣れない石柱が一本立っていた。高さは腰ほどで、上には盃が一つ置かれていた。足心が魔法で作り出したものに違いない。蛍への献酒なのだろう。水面に月が映り込んでいた。
「……真白は大丈夫そうか。」
足心がポツリと言った。八雲は返事をすることなく盃の中身を飲み干した。足心が無言で次を勧めるので、大人しく盃を出して酒が注がれるのを眺めた。新しく注がれた酒に少し口をつけて、八雲もポツリと言った。
「大丈夫にしてみせますよ。」
「お前のぅ……。」
足心は深い溜め息を吐いた。八雲はそれを気に留めることなく、手の中の盃を傾けて水面を揺らした。
「ただでさえ不幸な境遇だというのに……、俺が情けないばかりに、あの子は自分のせいで師の仇を取り逃したと思ってる。まだ10歳の女の子に、とんでもない十字架を背負わせてしまいました。」
「……お前だけのせいではない。儂も、同罪じゃ。」
八雲が顔を上げると、足心も同様に手元の盃の水面を眺めていた。八雲は少しだけ笑んだ。不謹慎にも親子を感じてしまった。
「蛍はよう言っておった。『憎むな、恨むな! 復讐の先に何がある。死者は還って来ぬぞ!』とな。」
「ふふ、蛍様らしい。」
「綺麗事を抜かすなとよーう喧嘩しとったわ。」
「……覚えてますよ。」
「真白は今、蛍の教えと自分の感情の板挟みになっとるはずじゃ。おまけに仇も捕まえられんときた。相当なダメージのはずじゃ。」
「はい。ちゃんとサポートします。」
「して、大丈夫にしてみせると?」
嘲笑して見せると、八雲は苦笑した。
「ええ。メンタル面は俺が全力でサポートします。蛍様の仇だって、俺が必ず捕まえてみせる。」
「ほっほ、頼もしいわい。」
正直、年端のいかない女の子が自分や総隊長の尻拭いをして苦しむ姿を見るのはかなり堪えた。思わず抱き締めたその体がまだあまりに小さくて頼りなくて、こちらが泣きそうになった。真白に報いるためにも、せめて仇はこの手で捕まえなければ。八雲の強い決意を足心はその言葉から感じ取っていた。
「……一人で背負うことはない。」
事が事だ。きっとこんな光景を見たら、蛍は怒る。『親が子に尻拭いをさせるとは何事じゃ!』と。足心は少し笑みを溢した。一緒に涙も溢れそうだったが、酒を煽って誤魔化した。
もう言い争う相手がいない。高め合う相手も。大切だった。自分でも驚くほど、あの婆が大切だったのだ。悲しいことに、失ってから気がつくのはいつものことだ。
「奪われるっちゅーのは、やるせないもんじゃ……。」
「……ええ。」
「……なんて感傷に浸っとるのを見たら蛍の奴……笑い飛ばすんじゃろうなぁ。」
「ふふ。『この腑抜けが!』とか言い出しそうですね。」
「そうじゃな。」
足心と八雲は笑い合った。足心が持って来た酒を空けて、八雲が持って来た酒はそのまま蛍の墓前に備えた。二人とも口には出さなかったが、仇は必ず取ると強く誓った。




