10 - 成人の儀式
星送りの日から二日後、私たちは飛鳥の実家がある村にやって来た。私たちだけで移動予定だったが、子どもだけで丸一日移動するなんて駄目だと百音のご両親からNGを出され、御者付きの馬車を手配してもらった。道中は治安の良い地域ばかりだし、訓練生が五人もいれば大丈夫だと高を括っていたのだ。実際道中は何もなかったが、それが結果論なのも事実だ。
「到着! 俺の村や!」
御者さんへのお礼もそこそこに、飛鳥は自慢気に両腕を広げた。首都から百音の実家がある街までの中間地点なので、村の規模に対して宿屋が多い。ぐるりと辺りを見回すと、至る所に白い花が飾られていた。ところどころに黄色い花が混じっているが、この村での星送りの装飾だろうか。同時にあることに気がついた。
「本当に皆飛鳥と同じおさげがあるのね…。」
「なんだか不思議〜!」
左右は異なれど、顔の横の髪を一房編んでいる人がたくさんいる。さらに観察して気が付いた。
「編んでるのって、皆若い人……?」
「さっすが真白、正解や!」
飛鳥はそう言いながら荷物を手に持って歩き出した。私たちも荷物を持ち、その後を追いかけた。飛鳥はすれ違う人々に「おかえり!」と声をかけられていた。身内ではないようだが、随分フレンドリーだ。
「成人のタイミングでこの編んであるのを切って、親にここまで育ててくれてありがとーって渡すんや! この部分だけは生まれてから一度も切らんから、成人近くなるとだいーぶ長くなっとる!」
「逆じゃねぇんだな。死んだら切って渡す的な。」
「それもする!」
「すんのか。」
「どっちにせよ、親への感謝なんや! 詳しいことは風習やから、俺もよう分からんのやけど!」
そう笑う飛鳥の笑顔が眩しい。髪はその人が生きた証ということなのだろう。素敵な風習だ。飛鳥の実家に着くと、飛鳥のお母さんと弟くんが迎えてくれた。
「おかえり、飛鳥! 皆もいらっしゃい!」
「兄ちゃん〜! おかえり!」
「おー! ただいま!」
飛鳥のお母さんの笑顔がとても温かい。飛鳥ととても雰囲気が似ている。まるで太陽だ。飛鳥が夏の太陽なら、飛鳥のお母さんは春の太陽といったところだろうか。飛鳥の弟くんは「五歳だよ!」と教えてくれた。見れば弟くんにもおさげがある。飛鳥はお土産を二人に渡した後、弟くんを抱き上げた。弟くんがあまりに嬉しそうで、こちらまでホッコリする。
「姉ちゃんは帰って来よるって!?」
「豪くんが帰って来るから、時期をずらさないといけないかもしれないって!」
豪さんは百音の街へ向かう道中で挙がった人物だ。飛鳥と同郷で、村で会えるかもとのことだったはず。
「豪くんは明日帰って来るって! ほら飛鳥、皆を案内してあげて!」
「おう!」
飛鳥は弟くんを腕に抱いたまま私たちを部屋へ案内してくれた。部屋に荷物を置かせてもらった後、飛鳥のお母さんが用意してくれたお茶をいただいた。
「真白はさ、兄ちゃんのこと好き?」
飛鳥の膝の上に座った弟くんは、菓子を食べながら首を傾げて言った。
「うん、好きよ。」
「兄ちゃんの彼女?」
思いがけない問いに思わず一瞬面食らってしまった。最近の子は随分ませているんだな…。可愛いなぁ。そう思いながら、彼の頭を撫でつつ答えた。
「ううん、お友達。」
弟くんは「ふぅん」と返した後、首を捻って飛鳥を見上げた。心なしか頬を少し赤くした飛鳥は、気まずそうにしながら弟くんの視線を受け止めた。
「兄ちゃんもっと頑張んなきゃだな!」
「なっ…!」
それを聞いた百音と聖が盛大に吹き出した。青も背を向けつつ肩を振るわせていた。つられて私も笑うと、飛鳥は「真白まで……!」と半泣きになっていた。
「ごめんねぇ、真白ちゃん。飛鳥の手紙一緒に読んでたから!」
「いえ……。」
飛鳥ったら、そんなことまで手紙に書いているのか。……これまでは笑って流してきたけれど、そのうち……向き合わなければいけないときがくるんだろうか。そのとき、この関係は維持できるんだろうか。
「そういえば、喋り方が違うのって飛鳥だけなんだな。」
「あぁ、父ちゃんの方言が強かったからなぁ。移ってもーた!」
「そうなんだ! あんまりこの辺じゃ聞かないから、珍しいな〜とは思ってたのよね。」
「父ちゃんこの辺出身じゃないから、耳馴染みないやろなぁ。」
確か、飛鳥のお父さんは事故で亡くなっていたはず。そう思い出して、なんだか心苦しくなった。飛鳥なりのお父さんを大切にしている証なんだろう。
「兄ちゃんがいると、その喋り方移ってまうねん!」
弟くんがそう笑うから、私たちもつられて笑った。
翌日、弟くんも一緒に村に繰り出すと広場に人だかりができていた。どうやら月に一度の成人の儀式らしい。
「前月に誕生日を迎えた奴の散髪をやるんや!」
「思ってたより盛大にやるのね。」
「伝統やからな!」
逸れないよう弟くんと手を繋いだ飛鳥は、村の人に誰が参加するのかを訊いていた。私たちは人だかりから離れてそれを眺めていた。青は目を細めて言った。
「こうやって見てると、飛鳥っていいお兄ちゃんだよね。面倒見がいいと言うか。」
その目はどこか遠くを見ているようだった。青には二人の弟妹がいたはず。冬季休暇は夏季休暇よりも短い。つまり青が実家に帰れるのは少なくとも半年以上先なのだ。
「そういえば、飛鳥って末っ子っぽくないもんなぁ。聖の方が末っ子っぽいよね。」
「俺は正しく末っ子だからな。親と一緒に死んしまったけど、姉貴がいた。」
「皆兄弟構成が見事にバラバラだね。」
「案外いいバランスかもな。」
そんな風に談笑する二人の傍らで、百音は表情を曇らせていた。
「百音……?」
不思議に思って声をかけると、百音は我に返ったようにハッとした後すぐに笑顔になった。だがそれが取り繕ったものだということはすぐに分かった。
「なんでもないの、なんでもない!」
あまりに必死にそう言うものだから、それ以上追及はできなかった。
「……真白?」
不意に声をかけられた。耳に馴染みのある声。大好きな声。勢い良く振り向いた私に、声の主は少し驚いていた。
「八雲さん…!?」
「元気だな〜。若さかな…。」
後半は少し小さな声だったが、私は聞き逃さなかった。年の差は八つ。つまり今の八雲は18だ。年寄りぶるような歳ではない。とはいえ、暑さに多少やられてはいるようだ。いつもよりげっそりして見える。……そんなことより。
「お仕事ですか?」
「いんや。仕事しすぎだから休めって、同僚に引っ張って来られたの。」
八雲は溜め息を吐きながら親指で人だかりの真ん中を指差した。そちらを見ると、ガタイの良い男の人が皆に囲まれていた。確かに言われてみれば今日の八雲の服装は心なしかいつもよりラフだ。
「真白は?」
「飛鳥の帰省に皆でついてきたんです。」
そう言って皆を振り返ると、八雲は納得したようだった。
「あら、皆一緒だったのね。いいね。」
そう言って優しく笑った。
「同僚が丁度成人の儀式らしいんだけど、真白たちも見に来たの?」
「あ…!」
そう言われて気がついた。守護隊所属の成人の儀式に参加する人といえば。
「豪さんですか?」
「あれ、知り合い?」
「飛鳥が会えるかもって言ってて…。」
「あぁ、なるほど。」
「村の人、皆仲が良いですよね。」
「この村は昔から守護隊への参加率が高くてね。それもあって早くに亡くなる人が多くて、あんな風習が残ってるんだけど……、いいもんだよね。親に感謝すんのも。」
そう言って八雲は柔らかく笑った。八雲も戦争孤児だ。幼い頃に両親を太陽の国に殺されている。彼も私同様、総隊長に拾われて守護隊見習いとして育てられた過去がある。
「親に感謝……か…。」
八雲も私も、感謝する対象の親はすでにこの世にいない。私に至っては二周目でも一周目でも、感謝するどころかその顔を覚えてもいない。そんな私の心を見透かしてか、八雲は言った。
「別に親に限ったことでなくね、生きてるうちに言葉にして伝えるって大事だなと思うんだよね。」
「八雲さん……。」
「伝えなくて沢山後悔したからね、俺は。」
八雲はふと視線を伏せて笑うと、「話しすぎたね」と言ったきり口を噤んだ。あくまで一周目の記憶だが、八雲は職業柄も相まって18歳にして多くの死を乗り越えてきている。本当にこの国の人は、大切な人を失いすぎだ。
「八雲さんも、周りの人……亡くなってるんですか……?」
不意に言葉を発したのは百音だった。先程よりもさらに表情が暗い。
「……まぁ、そうだね。親とか、友達とか、それなりに。」
八雲は表情を変えずにそう答えた。百音は少し俯いてさらに表情を暗くした。八雲は目線を合わせるようにしゃがむと、その頭に手を乗せた。
「…どうしたの。」
顔を上げた百音の目には涙が溜まっていた。思わず聖と一緒にギョッとしてしまった。八雲はやはり表情を変えなかった。
「私、周りの人が死んだことないの。友達もそういう子、今までいなかったの。」
「うん。」
「でも訓練所に来てから、皆親とか兄弟とか亡くしてて。私、恵まれてたんだなって。」
「うん。」
「なんかっ、申し訳なくてっ……。」
百音はついに泣き出すと、手で顔を覆ったまま嗚咽を漏らした。百音が恵まれているのは確かだ。周りは皆健在で、金銭面にも恵まれている。まだ10歳の子どもなのだ、生きてきた世界は狭く、それが当たり前だと思うだろう。気がつかなくて当たり前だ。
「何を申し訳なく思ってるのか俺には分かんないけどさ、ご両親的には君がそんなふうに生きていてくれて嬉しいと思うよ。」
「嬉しい……?」
「親ってのはさ、子どもに幸せでいて欲しいと思うもんなの。辛い思いなんてして欲しくないわけよ。」
「うん……。」
「ご両親はそのために、少しでも生きる確率を上げるための選択を沢山してきたと思うんだよね。だから君が恵まれてると思える環境で生きていること、嬉しいと思うよ。」
「そう、なのかな。」
「こんな世の中だからね、物凄く大変だったと思うんだよね。何も申し訳なくなんてないよ。ご両親への感謝だったり、周りへの愛だったり、ちゃんと大事にできる子になればいいんじゃないかと思うよ、俺は。」
八雲はそう言って笑った。百音は涙を拭いながら沢山頷いていた。
「ありがとう、八雲さん。」
「どういたしまして。」
八雲は立ち上がると、ぐんと伸びをした。下から見上げると木漏れ日に八雲の銀髪が透けて輝いて美しい。耳をすませば風に揺れる木の葉の音が耳に心地良い。
「ふふ。」
つい笑みを溢すと、不思議そうに首を傾げる八雲と目が合った。
「生きてるって、幸せだなって思ったんです。」
あのとき時間が戻ってくれてよかった。まだまだ分からないことばかりだし、あのときの恐怖も消えはしない。また同じ未来が来るのかもしれない。だけど今は、ただ生きていることが幸せだ。
「五感で今を感じられることが嬉しいんです。生きててよかったって思うし、皆にも生きててくれてありがとうって思うし、総括して幸せだなって。」
何より、またあなたの隣にいられることが改めて幸せなんです。
八雲はふわりと優しく笑うと「そうだな」と同意した後、いつものように気怠げに両手をポケットに突っ込んだ。
「真白っ…! 大好き〜!」
「百音ったら、鼻水出てるわよ?」
「汚ねぇな!」
「はい、これで鼻拭いて。」
「青ありがとうっ、皆も大好きだよぉ!」
豪さんと一緒に戻って来た飛鳥は、号泣しながら愛を叫ぶ百音にだいぶ困惑していた。
「なるほどな、そういう話か!」
説明を終えると、苦笑した飛鳥はいつの間にか木陰で眠ってしまった百音と弟くんに視線を向けた。
「うちは父ちゃん事故で死んでおらんから、八雲さんの言う生きる確率を上げるための選択っちゅーの、よう分かるわ!」
「随分小難しいことを考えてるんだね、最近の子達は。」
そう言って豪さんは苦笑した。儀式は夕方に行うらしく、彼のおさげは健在だ。
「いや、いいことだとは思うんだけど。何も考えずに伸び伸び生きて欲しいっていう、大人のエゴもありません? ねぇ、八雲さん。」
「そうなんだよねぇ。守護隊に入るならそれは到底無理なんだけどさ。10歳でこんな風に考えちゃう環境がね、素晴らしいけど複雑だよね。」
豪さんと八雲は苦笑しながらそっと視線を俯かせた。
「豪さんは八雲さんの同僚って聞いてたんですけど、同い年じゃないんですか?」
豪さんの口調が不思議でそう問うと、「うん、そうだよ」と教えてくれた。
「八雲さんの方が一年上なんだ。だから厳密には先輩後輩。七、八年も一緒にいると、一年くらいあんまり関係なくなってくるけどね。」
「へぇ…!」
「あともうふた……あー……一人、年が近いのがいてね。きっと真白ちゃんの教育担当で会えると思うよ。」
豪さんは途中、一瞬言い淀んだ。間違いなく『二人』と言いかけていた。……亡くなったんだろうか。だとして、それは豪さん……はたまた八雲の間にとって禁句ということだろうか。私はそれに気づかないフリをして笑った。
「そうなんですね、楽しみです。」
「僕らもそのうち担当するからね! バシバシ鍛えるよ!」
「頼もしいね〜、そういうのはお前が一番似合うよ。」
「八雲さんはすぐそうやって怠けるんですから!」
「適材適所ってね。」
……これはある意味珍しい組み合わせかもしれない。飄々とした八雲と、熱血な豪さん。まるで水と火だ。だが見た感じ、魔力なんかを総合すると八雲の方が強そうだ。改めて、八雲ってすごいんだな……。
「八雲さんかっこええ! 俺も八雲さんみたいになりたい!」
「おっ。」
「えっ。」
目を輝かせる飛鳥に、喜んだのはもちろん八雲本人だ。それに対して止めておけと言わんばかりの声を発したのは豪さんと聖だ。
「なんや、大人の余裕って感じ!? かっこええー!」
「分かってるじゃん君。飛鳥くんだっけ? 頑張んなさいよ。」
「とりあえず猫背ですか!?」
「ん? あ〜……。飛鳥くん、俺のどこがかっこいい?」
「怠そうな感じやな!」
「ふ〜ん……。」
豪さんと聖は即座に吹き出した。八雲は瞬時に喜びをその表情から消すと、コソコソと寄って来て私の背後で少し凹んでいた。
「俺ってどう見えてるわけ……?」
私はただ苦笑した。伏し目がちなせいでアンニュイな雰囲気を纏う八雲は、その態度も相まってどうしたって気怠げに見えてしまう。だがそれが余裕に見えるのもよく分かる。
一部始終を見ていた豪さんと聖は大喜びして、飛鳥の背中をバシバシと叩いていた。どうやらあそこの三人は仲良くなれそうだ。
近くにいた青は爽やかな笑顔で八雲に言った。
「八雲さんのかっこいいところは、経験に基づく自分の考えをきちんと持っているところと、それを鼻にかけないところ、ですよね。」
「! 青くんだっけ? ここにこんないい子がいるとは……! 俺君大好き。」
「はは、ありがとうございます。」
青はサラリと八雲の愛を交わすと、昼寝中の百音と弟くんの様子を見に行った。皆を見回して、八雲は肩の力をふっと緩めて笑った。
「本当、いい友達が沢山できたな。」
「はい。」
「これからが楽しみだね、こりゃ。」
「ふふ。期待に応えられるよう頑張ります。」
それから少し陽が落ちた頃、儀式が始まった。広場のステージ上に設置された椅子に、豪さんは座った。その前一人の女性立った。恐らく豪さんの母親だろう。一緒にステージ上にいる男性は恐らく父親だ。いつの間にか広場は人だかりになっていた。皆が見守る中、豪さんの母親は持っていたリボンでおさげの根元を結ぶと、豪華な装飾が施されたハサミでその真上を切った。
「こんなに長くなるまで………、無事に育ってくれてありがとう。」
豪さんの母親は涙ぐみながら、おさげをそっと胸に抱いた。豪さんは優しく笑って言った。
「ここまで育ててくれてありがとう。」
見守っていた豪さんの父親が歩み寄ると、三人はその場で互いを抱き締め合った。ワッと広場中から拍手が起こると、三人は嬉しそうに笑った。
手を叩きながらステージを見上げていると、鼻がツンと痛んだ。素敵な光景。自分にはない光景。羨ましくないと言えば嘘になる。けれどそれ以上に、この光景が当たり前になって欲しい。そう心から思った。




