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月桂樹をあなたに捧げましょう  作者: 弥生あやね
第一章

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6 - 似た者同士

 ジメジメとした梅雨が終わり、夏がやってきた。まだ暑さの本番はもう少し先だが、十分暑い季節になった。今日は訓練が休みなので、皆で街に繰り出してきた。首都の一画に訓練所があるので、休みの日はこうして街に出ることもままある。



「暑いね〜!」

「首都は暑いね…。僕の地元より全然暑いや…。」



 汗を拭う百音と青に対して、飛鳥と聖は比較的涼しげな顔をしていた。



「飛鳥は暑くないの?」

「俺は首都の近くの町出身やから、まだ大丈夫や! 真白は平気か!?」

「うん、私もまだ大丈夫。」



 もう少ししたら夏季休暇がある。一週間程度の休みなので、寮に残る子もいれば帰省する子もいる。今日は帰省組のお土産探しが目的だ。

 訓練所にいる間は、小遣い程度の給金が入る。贅沢品は難しいが、手頃な娯楽品なら問題なく買える額だ。こうした場面でも気兼ねなく同行できるので、仕送りがない孤児にとっては非常にありがたい。



「百音は帰省するのよね。」

「うん! 帰って来いってうるさいんだよね〜。」

「飛鳥たちも?」

「おう、帰るで!」

「僕は片道だけでかなりの日数がかかるから帰らないよ。」



 チラリと聖を見ると、それに気づいた聖はそっぽを向いてしまった。訓練が始まって数ヶ月が経つが、相変わらず聖とは一向に仲良くなれずにいた。



「そうだ! 皆も私の家に来ない!? 父さんも母さんも絶対大歓迎だよ!」



 そう笑う百音が眩しい。百音と数ヶ月過ごしているだけで、ご両親の人柄が透けて見える気がする。きっと裕福な家の生まれで、愛情をたくさん受けて育ってきたんだろう。真っ直ぐな彼女が少し羨ましい。



「寮にいても暇だし、それもいいかもしれないね。」

「じゃあ帰りに俺んち寄ろーや! 俺んちも皆喜ぶで!」



 乗り気な青と飛鳥に対して、聖は沈黙を守っていた。いつもならきっと百音に突っかかるのにと不思議に思っていると、不意に手を握られた。見れば百音が私の手を握っていた。



「ね! いいでしょ、真白!」

「……うん。」

「やったー! 決まり!」



 嬉しそうな百音につられて私も笑顔になる。飛鳥に同意を求められた聖もあまり乗り気ではなさそうだったが、それでも了承していた。


 それから市場を物色した。手土産の菓子を買おうかと思ったが、日程がまだ先なので私は手持ち無沙汰だった。青は何か実家に送るというので百音と飛鳥と一緒に土産の品を物色していた。



「聖は見ないの?」



 隣を歩く聖に尋ねると、聖は少し視線をこちらに寄越した後溜め息を吐いた。そして私の目をしっかりた見た。初めてこんなにしっかりと目が合った気がする。



「俺には、親も帰る場所もない。」

「え……。」



 思わず立ち止まった私を振り返って、聖は表情を変えずに続けた。



「もう死んでる。」



 そういうことかと納得する。小走りでその隣に追いつくと、聖とまた並んで市場を歩いた。残念ながらこういった孤児は珍しくない。少なくとも「そうなんだ」で終わってしまうくらいには。



「お前も、なんだろ。」



 聖が私に関心を示すなんて珍しい。驚いて聖を振り返るも、もう目は合わなかった。



「うん。親もいないし、村もない。……らしいのよね。」



 村が全滅した話はさすがにトップニュースとして国を巡る。そうした中で私が唯一の生き残りだという話も耳にしたんだろう。苦笑すると、聖に睨みつけられた。



「っ……。なんでそんなヘラヘラしてんだよ。」

「え……。」

「悔しくねぇのかよ。苦しくねぇのかよ。」

「あ……。」



 私はまた思わず立ち止まった。聖の言う通りだ。村や家族を失った子どもはこんな反応をしない。ようやく理解した。聖が私を嫌う理由。聖は毎日悔しくて、苦しくて堪らないんだ。



「私、覚えてないの。」

「は?」

「村のことも、親のことも、覚えてないの。」



 恐らくこの情報は出回っていないのだろう。聖は目を見開いたまま固まってしまった。怒られたばかりだというのに、私はやはり苦笑することしかできなかった。



「私、八雲さんに助けてもらう前の記憶がないの。だから、悔しいとか苦しいとか、あんまり感じられてないんだと思う。」

「お前、それ……なんで言わねぇんだよ……。」

「わざわざ自分から言うことでもないかなって……。あ、百音は知ってるわよ。」



 聖は固く拳を握って俯いてしまった。……どうしよう。18歳まで生きた経験があるというのに、こういうときどうしていいか分からない。人付き合いを疎かにしたツケだ。どう声をかけようか困っていると、聖がポツリと呟いた。



「…悪い。」



 聖は気まずそうに顔を顰めていた。思わず笑みが溢れる。



「ううん。私こそ無神経でごめんなさい。」



 聖は顔を上げると、何か言いたげに口を開いた。かと思うとすぐに口を閉じて、そしてまた開いた。何をどう言っていいか分からないんだろう。



「行こう、はぐれちゃう。」



 そう声をかけると、聖はその表情を少し緩めた。百音たちに追いつくといくつか土産の品を購入できたらしく、荷物が増えていた。



「母ちゃんの土産迷っとんねん!」



 屋台を覗き込んでいた飛鳥が、眉をハの字に垂らして聖を振り返った。聖は明らかに嫌そうな顔をした。



「そういうのは女子に訊けよ。」

「百音はなんでもいいんじゃない!? って言うんやで!」



 それを聞いてつい吹き出した。百音のことだ、どれでも喜ぶに決まっているという意味でそう言ったんだろうが、飛鳥はより頭を悩ませることになったに違いない。



「ったく…。真白、見てやって。」



 唐突に聖にそう言われて、驚いて一瞬フリーズしてしまった。慌てて「うん」と返して飛鳥の手元を覗き込んだ。初めて少しだけ聖との距離が縮まったような気がした。


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