うるさいの
「あいつ
まじ嫌
喧嘩っ早いし
うるさいし」
クラスの角に集まる4人組の女子の声が聞こえてきた。
亮太の事だ。
女子にとことん嫌われてる。
男子にも嫌がられている。
この間なんて
突然
クラスの三山に喧嘩をふっかけて
掃除用具入れに閉じ込められていたっけ。
それで
鍵かけられて出られなくなって
内側から
ガンガン ガンガン 叩きまくってた。
でも
誰も開けなかった。
掃除用具入れが揺れる。
出てきても
うるさし 暴れるから
閉じ込められている方がまだましだった。
亮太は うるさいの だから。
そしたら
先生が気づいて
慌てて
鍵を開けて亮太を出した。
出てきた亮太は真っ赤な顔をして
かんかんに怒っていた。
目は三山を探し
対象物を見つけると 走り出しそうになった。
先生は亮太の背中を掴んだ。
亮太は怒鳴り声をあげ抵抗をしている。
目は三山を見定めたままだった。
いつの間にか先生は亮太の背中から両腕を押さえつけていた。
それでも
暴れる亮太を
先生は落ち着かせ
クラス中に響き渡る声で言った。
「これは
いじめだぞ
皆でたかって見ないふりをして」
先生は怒鳴った。クラス中黙って聞いている。
先生間違えている。
皆見ないふりをしていたんじゃない。
皆
知っていて
開けなかったんだ。
開けたら猛獣のような亮太が飛び出してきて
三山の首根っこを噛みちぎろうとしたに違いない。
三山の首が転がっても構わないんだったら
皆
喜んで
亮太を自由にさせていたと思う。
亮太は喧嘩っ早くて乱暴だった。
怖いからって
男子は亮太の横を通る時
大げさに離れて通っていった。
空気さえ触れないように避ける。
それが気に食わない亮太はいちゃもんをつける。
いちゃもんをつけられた男子はさらに
亮太を避けるようになる。
亮太は問題児だった。
ある日朋美が私のところにやってきた。
空いている隣の席に座り込むと私の方へ顔を近づけた。
そして
「噂だけどさ
両親が離婚することになって
亮太は
お母さんの方についていくことになったんだって。
お父さんは今の家に弟と住む
お母さんは今の家を出て行って亮太と住む
別々に暮らすことになったらしいよ」
こっそりと私に教えてくれた。
朋美とは仲がいいわけでないけれど
女子ってこういう話を
どこか遠くの女子に話したいものなんだよね。
近し女子に話して
話が広まっちゃうと足がつくからだと思う。
「そうなんだ」
私は制服の襟を正しながら答えた。
反応の乏しい私を見て朋美はつまらなかったのか
席から立ちあがると 私の元から足早に去っていった。
帰り道
亮太を見かけた。
すっと角を曲がったのが見えた。
あいつ
こっちが通学路じゃないのに
何にしてんだろう
私はこっそり亮太の後を追った。
古びた団地の中に亮太はいた。
あたりを見回して大きな倉庫の裏へと入っていった。
私もそっと近づいた。気づかれないように慎重に後へ続いた。
亮太は倉庫の裏でしゃがんだ。
がさがさとカバンから何かを取り出し地面に置いた。
何やっているんだろう あいつ
亮太が地面に置いたものをみようと
出来る限り私は背伸びをした。
すると
倉庫の下から動くものが出てきた。
白い子猫だった。
ミーミーと鳴いているそれを
亮太は
「しーっ」
と一生懸命宥めている。
子猫はよちよちと歩き
亮太のそばへと寄っていった。
亮太は
背中を更に丸めて子猫の頭を撫でた。
子猫は亮太を見つめ目を細める。
そして一つ鳴くと
地面に置かれたものに顔を付けた。
ああ
あれは子猫のご飯だったんだ
「いっぱい食え いっぱい食えよ」
亮太はそう言ったのが聞こえた。
子猫が食べ終わるまで亮太は見ていた。
小さい体を丁寧に毛づくろいする子猫を
亮太は
何度も撫でていた。
何度も何度も優しく撫でていた。
私はその場を離れた。
翌日掃除の時間
私は亮太に話しかけた。
「ねえ 引っ越すって聞いたんだけど 本当?」
亮太は私に話しかけられて驚いた様子だった。
女子は
亮太にほとんど話しかけないからだ。
「ああ」
亮太はぶっきらぼうにそう言った。
だから何だよ
そう言いたそうな顔を私に向けた。
目が合う。
私は目を逸らした。彼の獲物にはなりたくなかったからだ。
「ちょっとさ
ちょっとだけさ」
私は言った。
「うるさくなくなるの さみしい気がする」
亮太は何も言わなかった。
もうすぐ夏が来る。
窓は開いていた。風は自由に行き来していた。
6時間目のプールの塩素の匂いがしていた。
そして
亮太はクラスからいなくなった。
41人のクラスから
たった
一人がいなくなっただけだ。
たった一人の
うるさいのがいなくなっただけだ。
だけど
きっとあの倉庫裏に居る
あの子猫には
亮太しかいなかったはずだ。
帰り道
私は寄り道をした。
コンビニで
98円の子猫用のご飯を買った。
そして
亮太がしゃがんで 背中を丸めていた
あの倉庫裏へ
走った。