勇者
ここ数百年、我々が生活する大陸・ヴァストでは、人間族と魔族による争いが激化している。
人間族は『剣・武・魔法』を重んじ、圧倒的な力の差があった魔族の侵攻をなんとか抑えられている状況。防戦一方な戦況だが、それを覆しうる、人間族の要となる者達がいる。その名は────────
「──試練終了ッ!!この選抜、なんと28年ぶりに!!最後まで立ち続けている男が現れたッッッ!!!!!!」
「.........ッ」
「13番目となる【勇者】が、今ここに誕生したァァァァァ!!!!!!」
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ」」」」
───────#1 《勇者》──────────
「『勇者選抜』お疲れ様でした、リオン・エクシリウム様。新たな勇者の誕生をこの目に焼き付けられたこと、誠に幸いに思います。明日、勇者着任セレモニーが王城前で行われるので、本日はここでお身体をお休め下さい。」
「ありがとうございます。騎士の皆様も、お疲れ様でした。」
『勇者選抜』とは、ヴァストで最も栄えるここ、《大王国プリムス》で年に1回行われる試練だ。『剣・武・魔法』。それら全てを高い水準まで極めたことが試練によって認められた者が、【勇者】という称号を得る。この称号は、冒険者にとっては最大級の価値があり、言わば〖魔王への挑戦権〗にもなる。
俺はかつて、故郷の村を魔族に焼き払われた。優しくしてくれた大人、親しかった友人、思い出の場所。そして、大切な家族。全てを奪われた。
その時助けてくれた人に師事し、10年間、弛まず努力し続けた。戦い方を学んだ。
そして......ついに【勇者】になったのだ。
明日着任セレモニーを終えたら、すぐにでも国を発とう。ひとまず今日は.......眠ろう...............。
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「《剣聖》様!選抜により、新たな勇者が現れました!!」
「....その《剣聖》って呼び方やめろって。好きじゃねぇんだよ。『アウク』で良い。にしても久しぶりだな、勇者選抜の合格者なんて。」
「はい、アウク様!この『リオン・エクシリウム』という少年が......!」
「......『エクシリウム』?写真あるか?」
「はい、こちらは明日頒布予定の報告録の試作物です。」
渡された紙には、一面に彼に関する見出しが、写真とともに載っていた。黒い髪に幼い顔。蒼く光った鋭い瞳には、相当の覚悟が籠っているようだった。
「エクシリウムって言うと、『《英雄》プリモリス・エクシリウム』のガキだな。」
「ええ、その通りです。まさかプリモリス様に続いて、ご子息様が勇者になるとは。英雄様もご存命だったら、きっと喜ばれたことでしょう。」
「......そうだな。」
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翌朝、目を覚まして外に出ると、城下町は絢爛豪華な装飾で溢れていた。一夜でこんな飾り付けが出来るものなのか。
「リオン様!こちらにいらっしゃいましたか。セレモニーの準備がございますので、お急ぎ下さい!」
「え、えぇ??セレモニーは昼からですよね。まだ8時ですよ!」
「事前説明やお召し物など、確認事項がたくさんございますので!!さぁ!!」
言われるがままに、案内役の騎士の人に導かれた先は、王城の大きな部屋だった。しばらくセレモニーについての説明を受け、着る服を選ぶ流れになった。
「服選んで良いんですか?...じゃあこれでいいや。」
たくさんのキラキラした服が置いてある中、シンプルなフード付きのものを選んだ。何故このラインナップに含まれているのかは分からない程、地味な服だった。
「リ、リオン様!折角のセレモニーですので、もう少し煌びやかなものをお選びになっては...」
「動きやすいじゃないですか。黒くてシンプルなのってカッコイイし。」
「セレモニー中はそんなに動くことはありませんが.....」
騎士の人は、心底勿体ないとでも思ってそうな顔をしている。確かにそうだ。約30年振りのセレモニーなのだから。どうせならもっとそれっぽい服を着るべきなのだろうが、俺にとって【勇者】は、魔族に立ち向かうスタートラインなのだ。そんな浮かれた格好はしていられない。
「では、そろそろお時間です。会場へ向かいましょう。」
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会場へ着くと、既に大量の国民が集まっていた。
「勇者様!」「おめでとうー!」「頼りにしてるぜー!」と、多くの声が耳に届く。みんな新しい勇者の誕生を心待ちにしていたことが、その熱狂ぶりからよく分かる。
「粛に。」
「「「ッ──────。」」」
....国王が一言、そう発した。それだけで、騒いでいた国民たちは一斉に口を閉じ、全体に緊張感が走った。
「これより、勇者着任のセレモニーを開始する。手短に済まそう。『リオン・エクシリウム』よ、其方は長きに渡るこの〖人魔戦争〗において、魔族を屠る鉾となり、ヴァストの人間を護り抜く盾となり、人間族の要として貢献することを誓えるか?」
......答えは、決まっている。
「俺は....『リオン・エクシリウム』は、ヴァストの人々を護り、必ず、かの邪智暴虐の魔王〖マルヴェクス〗を、討ち取ると誓います。」
「......宜しい。では、彼に《勇者の称号》を───」
「「「!!!!!」」」
王の言葉を遮るように、国全体を大きな爆発音が覆い、上空には暗雲が立ち込める。すかさず、セレモニーを見に来ていた1人の国民が、声を荒らげてこう言った。
「ま、魔王だ!!!!!結界が破られた!!!!」
国民達はそれに呼応するように、八方へ散らばっていった。
「フム.....こっそり入ろうとしたのじゃが、どうにも優秀な結界が張られていたようじゃな。私でなければ破壊できていなかったのではないか?人間というのも、一概に無下には出来んのかもな。」
そう言うと同時に魔王は、影で国が暗闇に包まれる程の巨大な岩石を上空に生成した。
「全く、そんなに騒がれると五月蝿くて敵わん。減らしておこう。」
魔王が腕を振りかざすと、途端にその岩石は人々に向かって落下し始める。
「クソッ...〖マルヴェクス〗......ッ!!」
リオンが隕石に向かい跳ぼうとした瞬間、1人の男が一足先にそれに辿り着いた。
「剣神流・重撃」
「アウク様!!!!!」
騎士がそう名前を呼ぶ彼は、''隻腕ながら"も、その巨大な岩石を粉砕した。
「ガキィ!!そっち頼んだぞ、出来るな!!!」
俺に向かってそう叫ぶと、彼はそのまま魔王の元へ向かっていった。
「はは、勇者になって初めての仕事は、剣聖様の後処理か」
誓ったばかりなんだ。俺はヴァストの人々の"盾"となるって。
「山桜」
腰に据えた剣を抜き、剣聖が粉々にした岩達を、更に細かく切り刻む。国民に当たっても怪我の無い程までに。
「ハッ、やっぱりアイツも剣士か!!おもしれぇ」
「何を余所見している?アウク。」
「心配なんてらしくないなマルヴェクス。お前も"孫"が気になるか????」
「解っているなら早く退け。貴様には私は殺せぬ。」
「...ッ!」
(剣を弾かれた、まずい、)
「《Mors Signata》」
魔王の長杖の頂部を中心に、紫紺の魔法陣が展開される
「クッソ.....!」
「ちょーーっと待った〜」
気の抜けた声とともに、1人の白髪の男が現れた。
「久しぶりだね、父さん」
「グリム...厄介じゃな。」
魔王を父と呼び、グリムと呼ばれるその男は、指をパチンと鳴らし、魔王の魔法陣を消し去った。
「グリム!!助かった!!」
「アウクくんさ〜、魔法使いとの相性悪いんだから大人しくしてなって。」
「あぁ???グリムてめぇ!!!」
「喧嘩なら他所でやってくれ。私は孫を迎えに来ただけなんじゃ。」
「知ってるよー。そのリオンくんね、僕が貰いに来たんだ。」
グリムはニヤリと笑みを零すと、地上にいる勇者に目を向ける。
「!?グリムてめぇ何言ってやがる...」
「僕が彼を保護した方が安全でしょ??なに、一旦回収するだけで、その後は子供たちに任せるよ。」
「......分かった、俺がマルヴェクスを留めている内に急げ」
「はぁい♡」
グリムは元気よく返事をすると、リオンの元へと瞬間移動した。
「わッ、な、なんだお前!!」
「こんにちは〜。僕はグリム。細かい自己紹介と状況説明は後でゆーっくりするから、ちょっと山まで着いてきてもらってもいい?」
「や、山??何言って....」
リオンの言葉を待たず、グリムは彼の腕を掴み、またも瞬間移動した。
「.....マルヴェクス、あんたの孫は息子に連れてかれちまったよ。」
「そのようじゃな。それならこれ以上ここに滞在しても無駄か。アウク、貴様はしぶとい故あまり相手にしとうない。」
魔王はワープゲートを生成し、魔界へと踵を返した。
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「お、帰ってきた。」
「お前も誰だ!?!?」
飛んだ先には、呑気に焼き魚を頬張る少年がいた。
「俺はフレイ。アンタが新しい勇者?」
「あ、あぁ。リオンだ。リオン・エクシリウム。そんなことより、プリムス王国が今大変なことに...」
「あぁ、それはもう大丈夫だと思うよ〜。」
深刻な顔をするリオンに対し、軽い声色でグリムが告げる。
「大丈夫って...」
気楽な様子のグリムに怪訝な視線を向けるリオンに、説明を続ける。
「僕の父、〖魔王・マルヴェクス〗は、“孫”であるリオンくんを迎え入れに来た。ただ、僕が君をここに連れて来たことで、彼の目的はなくなったってこと。多分今頃帰ってるよ。」
「......は?」
「グリムさん、説明足りてないって。それ、グリムさんがリオンのお父さんみたいになってるから。」
「えぇ??違う違う。リオンくんのお父さんはプリモリスくんだよ。」
フレイにツッコまれて説明を加えるが、リオンはますます困惑していった。
「つまり、お前は、お父さんと兄弟で、お前とお父さんは魔王の息子で、つまり、俺も魔族....?」
「ほら、言葉足らずのせいで分かってないって。」
「えーっと...、プリモリスくんは正真正銘人間だよ。化け物みたいな強さだけどね。そして僕は君のお父さんと兄弟って訳でもない。」
「はぁ....」
「つまり、君のお母さんが、魔王マルヴェクスの娘なんだ。そして、その弟が僕、グリムってこと。リオンくんは、魔族である僕の姉と英雄プリモリスくんの子供。魔族と人間族のハーフ、《魔人》だね。」
「...俺の母さんが、魔族......?俺が《魔人》....。」
「リオンくんは憶えてないよね。実のお母さんのこと。」
「俺が産まれたと同時に亡くなったと、育ててくれた家族から聞いている。」
「.....うん、まぁそんなとこだね。詳しいことはまた今度話すよ。」
グリムは初めて、その表情を曇らせた。
「じゃあ、お前は純粋な魔族なんだよな。人間族の味方なのか?」
立ち上がり、剣を抜こうとするリオンを、フレイが制止する。
「待てリオン!グリムさんは味方だよ、大丈夫。現にこうやって助けてくれただろ。俺も昔助けられたんだ。故郷の村が魔族に乗っ取られた時に。」
「...フレイ、お前も故郷が.......」
「まぁそういうわけで、僕は人間の見た目に変わって、人間族の味方をしているんだ。父とは仲が悪くてね、向こうから僕に攻撃することはない。だから僕がリオンくんを回収するのが1番安全だったんだ。急でごめんね。」
「......そっか。」
「リオン.....」
暗い顔をするリオンに何か声を掛けたかったが、フレイは言葉が出てこなかった。魔族を滅するべく研鑽を積んで、勇者になったと思ったら、自分の存在が原因で王都が襲撃された挙句、自分には憎むべき魔族の、魔王の血が流れていたのだ。
本人がどれだけ絶望の最中にいるか、フレイは考えるだけで気が狂ってしまいそうだった。
だが、そんな考えとは裏腹に、リオンが口を開いた。
「...何も変わらないよ。」
「.....?リオンくん?」
「《勇者》とは、魔族を屠り、人々を護る者。.....そして、いかなる時も前を向き、勇敢に悪へ挑む者。それに血なんて、関係ないんだろ。」
「リオン.....!」
「何も変わらねぇ、何も揺るがねぇ!俺は、必ず、〖魔王・マルヴェクス〗を討つ!!!予定通り、旅に出るよ。」
《勇者》リオンの瞳には、強い覚悟と、熱い闘志が、確かに宿っていた。
「いいねリオンくん、僕の見込み通りだ。」
グリムは何だか嬉しそうに、言葉を続ける。
「《勇者》っていうのは、冒険者協会が定める『Sランク冒険者』よりも上の権利が与えられる。それこそが【魔王城挑戦権】。仲間を集め、大陸を練り歩きながら人々を救い、魔王城の座標を導き出すことが公式に認められる権利だね。」
「あぁ、《勇者》の称号を得る前に旅に出てしまおうとも考えたけど、その権利があると大々的に動きやすいしな。」
「そこでだリオンくん。最初の仲間に、僕は『フレイ』を強く推薦するよ。」
「!?グリムさん....!?」
まさかの発言に、フレイは息を飲む。
「フレイ、今までよく僕に師事してきたね。もう、勇者パーティーとしてしっかり戦える程度には力がついている。もしリオンくんが頷けば、だけどね。」
そう言い、視線をリオンに向ける。
「....俺は構わない。寧ろ仲間の宛がなくて、どうしようか考えていたところだ。」
「......ッ!!」
「決まりだね、フレイ。」
グリムに修行をつけてもらい、5年ほど経つ。旅に出たいと願い続けて、5年が経ったのだ。
念願の日、彼の目に涙などは無かった
「よろしくな、リオン」
「あぁ、頼むぜフレイ」
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とある山の上、男が2人、強く手を握りあった。その光景は、これからの新しい時代の幕開けに相応しい、熱い瞬間であった。
これは、新たなる《勇者》とその『仲間』たちが、世界を震わせる最恐の魔王を討つまでの物語である。
第1話の閲覧、ありがとうございます!!
こちらの話、なかなかに構想を練っています!!
初めて掲載する作品ですが、長く楽しんで頂ける物語にしたいと思っています。
是非評価やコメントをお願いします!!