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訓練が終わり、誰もいなくなった詰所で後片づけをしていると、不意に気配がした。
「……また来たんですか、レオン殿。」
背中越しにそう言うと、返事はすぐに返ってきた。
「君に、聞きたいことがあってな。」
その声音が、いつもより少しだけ低かった。振り返ると、レオンが真っ直ぐにこちらを見ていた。いつものように無駄な前置きも、探るような視線もない。
真っ直ぐすぎて、思わず目を逸らしたくなる。
「聞きたいこと? 俺の筋トレメニューですか?」
「……冗談はいい。レイ、君のことを知りたい。」
その一言が、思った以上に真剣で。冗談を返すタイミングを、完璧に見失った。
「……また、そうやって真顔でまっすぐ言うんですね。騎士団の王子様、泣いちゃいますよ?」
笑って返す。でも、声が少しだけ震えていたのは、自分でもわかった。
レオンは一歩、近づいた。
「君は、いつも笑っている。冗談ばかり言って、本音を隠してる。」
「冗談なんて。俺はいつも本気ですよ?」
「それも嘘だ。俺には、嘘はすぐにわかる。」
苦笑するしかなかった。この人は、ずるい。真っ直ぐで、優しくて、言葉に嘘がない。俺とは違う。
ーー俺が好きになってもいい相手ではない。
「……知ってどうするんです? 知ったら、冷めるかもしれませんよ。」
「それでも知りたい。好きになった相手のことを、知らないままでいたくない。」
その言葉に、呼吸が止まった。
“好きになった相手”。
冗談でもなく、躊躇もなく、それを口にする人間が目の前にいる。こんなにまっすぐに、そんな言葉を向けられたのは――初めてだった。
(……やめてよ、そんなの。)
逃げたくて、でも足が動かなくて。俺はただ、笑顔を貼りつけたまま、視線をそらすしかなかった。
「なぁ、グレイス?教えてくれないか。」
レオンの言葉に俺は驚いた。意図的に使っていない名前。この人が知っているとは思わなかった。そして、知っているということは、性別を理由にすることも出来なくなったということ。逃げ道を段々と閉じられているような気分だ。
俺はすぐに顔を戻して言い返す。
「知ってるじゃないですか。」
「違う。そんな表面の事じゃない。グレイス、君の心を俺は知りたい。……これはただの俺の憶測だ。…沢山努力したんだろう。否定された事もあるんじゃないか。君はそうなりたかった訳じゃないだろう。人が一人で生きていくのは難しい。俺じゃダメか?君の苦しさを俺にも分けてくれ。」
「…なにを…。そんな、俺は、なにも。…これまでだって大丈夫だったんだ。……平気です。気にしないでくださいよ。」
無理やり笑顔を貼り付けて答える。笑えているか分からないが、こうするしかなかった。それだけ言うと動かなかった足に力を入れ、足早に部屋を出た。あのままレオンの言葉を聞くと、仮面が壊れそうだった。
(なんなんだ、あの男。)
怖かった。憶測と言っておきながら、ほとんど図星だった。俺は自分のことを誰にも話したことなどない。なぜあそこまで正確に分かるんだ。観察力があると思っていたがあそこまでとは知らなかった。
得体の知れない感情が渦巻き、ざわついて仕方ない。もっと完璧に。もっと分厚い仮面を。
自分はまだこの仮面を取る気などない。




