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風の通る、午後の訓練場。いつものように冗談を飛ばしながら新人たちの指導をしていた。
「おいおい、もっと腰落とせって! 俺みたいに綺麗な構えを――」
「レイ様、それ全部筋肉でごまかしてるでしょ!」
「おいおい、失礼だなあ!それ褒め言葉にしとくけど!」
笑いが弾ける。いつも通り。俺は、いつも通りの“副隊長”をやってる。
ふと、背後から誰かの視線を感じた。振り返ると、文官服の姿が、訓練場の隅に立っていた。
レオンだった。
書類を抱えて来ていたのだろう。誰かと話すでもなく、ただこちらを見ていた。
(……視察か? にしては、妙に……)
目が合う。けれど彼は何も言わず、ほんのわずかにうなずいて、それだけで踵を返した。どこにも苛立ちはなく、冷たさも感じなかった。けれど、それが逆に引っかかった。
(あの人、こんな風に“優しくなる”タイプじゃなかったよな。)
数日前までは、何かと突っかかってきたはずだ。それが今は、何も言わずに、でも静かにこちらを見て――
「……気持ち悪いな。」
思わず、誰にも聞こえないように呟いた。
なぜだろう。あのまなざしが、やけに深く、真っ直ぐに突き刺さる。
見られている気がした。本当の自分を、知られたわけじゃないのに――なぜか、「知ってるよ」と言われたような気がして。深く自分の心に入られたような気がした。
俺は笑う。いつも通り、何も気づいていないふりで。
「よし、もう一周走るか!」
自分の声が、少しだけ空回っているように聞こえた。
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「副隊長、これ、今週分の報告書です。文官のレオン殿が、直接取りに来られるそうです。」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がぴくりと反応した。
(……また、来るのか。)
あの日から、レオンの態度は明らかに変わっていた。冷たい言葉は消え、必要以上に関わらないようにしている――ように見える。
でも、それが余計に落ち着かない。
何も言わないのに、見られている気がする。突っ込んでこないくせに、ずっとこちらを観察しているような、そんな目。全てを見透かすようで、寄り添われているようで。
(……気づかれた? いや、まさか。あんな短い時間で。)
そう思うのに、背筋がずっとざわついている。
だから今日も、書類を新人に託して、姿を見せないことにした。
「レイ副隊長、今日も渡しときますよ?」
「ありがと。レオン殿、怖いからねー、俺が出ていったら睨まれちゃうかもしれないし。」
冗談めかして笑う。でも、自分でもわかる。その笑い方が、少しだけ固いことに。
(避けてる……んだ、俺。)
自分で気づいて、さらに息が詰まりそうになる。誰にも見せたくない。バレたくない。だけど、レオンのあの目が――あの、ただの一言が――脳裏から離れてくれない。
『無理はしないでください。』
(……“する”しかないんだよ、俺は。)