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風の通る、午後の訓練場。いつものように冗談を飛ばしながら新人たちの指導をしていた。


「おいおい、もっと腰落とせって! 俺みたいに綺麗な構えを――」


「レイ様、それ全部筋肉でごまかしてるでしょ!」


「おいおい、失礼だなあ!それ褒め言葉にしとくけど!」


笑いが弾ける。いつも通り。俺は、いつも通りの“副隊長”をやってる。


ふと、背後から誰かの視線を感じた。振り返ると、文官服の姿が、訓練場の隅に立っていた。


レオンだった。


書類を抱えて来ていたのだろう。誰かと話すでもなく、ただこちらを見ていた。


(……視察か? にしては、妙に……)


目が合う。けれど彼は何も言わず、ほんのわずかにうなずいて、それだけで踵を返した。どこにも苛立ちはなく、冷たさも感じなかった。けれど、それが逆に引っかかった。


(あの人、こんな風に“優しくなる”タイプじゃなかったよな。)


数日前までは、何かと突っかかってきたはずだ。それが今は、何も言わずに、でも静かにこちらを見て――


「……気持ち悪いな。」


思わず、誰にも聞こえないように呟いた。


なぜだろう。あのまなざしが、やけに深く、真っ直ぐに突き刺さる。


見られている気がした。本当の自分を、知られたわけじゃないのに――なぜか、「知ってるよ」と言われたような気がして。深く自分の心に入られたような気がした。


俺は笑う。いつも通り、何も気づいていないふりで。


「よし、もう一周走るか!」


自分の声が、少しだけ空回っているように聞こえた。


****


「副隊長、これ、今週分の報告書です。文官のレオン殿が、直接取りに来られるそうです。」


その名前を聞いた瞬間、胸の奥がぴくりと反応した。


(……また、来るのか。)


あの日から、レオンの態度は明らかに変わっていた。冷たい言葉は消え、必要以上に関わらないようにしている――ように見える。


でも、それが余計に落ち着かない。


何も言わないのに、見られている気がする。突っ込んでこないくせに、ずっとこちらを観察しているような、そんな目。全てを見透かすようで、寄り添われているようで。


(……気づかれた? いや、まさか。あんな短い時間で。)


そう思うのに、背筋がずっとざわついている。


だから今日も、書類を新人に託して、姿を見せないことにした。


「レイ副隊長、今日も渡しときますよ?」


「ありがと。レオン殿、怖いからねー、俺が出ていったら睨まれちゃうかもしれないし。」


冗談めかして笑う。でも、自分でもわかる。その笑い方が、少しだけ固いことに。


(避けてる……んだ、俺。)


自分で気づいて、さらに息が詰まりそうになる。誰にも見せたくない。バレたくない。だけど、レオンのあの目が――あの、ただの一言が――脳裏から離れてくれない。


『無理はしないでください。』


(……“する”しかないんだよ、俺は。)

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