4(レオンside)
事務手続きで訪れたのは、王宮図書室の司書――ノア・エルフィリア。
寡黙で感情の起伏は少ないが、芯の強さと観察力を感じさせる少女。幼馴染であるカイル・バルゼンの婚約者だ。
「手続き、ありがとうございます。……急いでいたので、助かりました。」
「問題ない。それより。」
ふと、以前から気になっていた名前を口にする。
「レイとは、知り合いなのか?」
ノアのまぶたが、ほんのわずか揺れた。顔の表情はほとんど変わらない。だが、空気の中に、ほんの少しだけ“言葉を選ぶ迷い”が混じったのを見逃さなかった。
「……ええ。カイル様と仲もいいですし、…気さくで、今ではよく話す友人です。」
あくまで当たり障りのない返答。けれど、その言い方に、レオンは妙な引っかかりを覚えた。
「彼のことを、どう思う?」
不躾な問いだとわかっていた。だが、それでも聞かずにはいられなかった。
ノアは少しだけ目を伏せてから、静かに言った。
「……笑っていることが、多いですよね。レイ。」
「そうだな。」
「でも……あの笑顔、見てると、時々……怖いなって思うんです。」
その言葉に、レオンは目を細めた。
「どうしてそう思う?」
ノアは答えなかった。けれど、その代わりに小さくつぶやいた。
「――あれは、自分の気持ちじゃない。」
それだけ言って、彼女は視線を戻してきた。その瞳の奥に、妙に澄んだ“確信”があった。まるで、何かを“見た”ことのある者のような。
(……やはり何かが見えているのか。)
ノアの観察力、『自分の気持ちじゃない』という言葉、見えているのは――人の感情?それもかなり正確に見えていそうだ。
そして、あの夜のレイの姿が思い出される。何もない空間で、頭を抱えて“誰かの声”を振り払うように苦しんでいたあの姿。もし他人の感情を――感じているのだとしたら。ノアの言葉にも説明がつく。
レイのあの笑顔は、自分を保つための仮面だったのかもしれない。
「……あいつは、“感じすぎる”側か。」
呟いたその言葉に、ノアは何も言わなかった。ただ、ほんの少しだけ目を伏せた。
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それからしばらく暇があれば騎士団へ足を運んだ。たった一人を気にするなんて俺らしくない。でも、どうしても笑顔で隠す理由が知りたかった。
調べてみて分かった。彼は天涯孤独なのだ。頼り方を知らない。無償の愛をくれる家族がいなかった。
(そういう事か…。)
彼は好きでああしている訳では無い。ああならざるを得なかったんだ。
能力を得た時は、普通だったら十歳の祈りの儀か。平民の能力者は本当に稀だと聞く。孤児院では受け入れられなかったか、軽くあしらわれたか。どちらにしろ真剣に聞いてくれる大人などいなかったのだろう。
(なんて苦しい生き方をしている。)
孤児だった彼が騎士になるのには、相当な努力をしたはずだ。衛兵なら平民でも比較的簡単になれる。しかし騎士は見習いさえも狭き門なのだ。それなのに彼は今一個隊の副隊長だ。たとえ才能があったとしても、ちょっとやそっとの努力では不可能だと言える。
彼は不真面目なんかでは無い。かなりの努力家だ。
(王子様の仮面の下は傷だらけか…。)
俺が彼にしてあげられることは何かあるのだろうか。不憫に思った訳でも、哀れんでいる訳でもない。ただ、一人で頑張る彼を支えたいと思った。ただ、彼の努力を褒めてあげたいと思った。それだけだ。