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「ねえ副隊長、最近やたら王宮の文官殿、顔出してません?」
昼休みの雑談の中で、そんな声が聞こえた。
「確かに。しかも副隊長と話すとき、なんか優しくない? あの人、普段あんな顔してたっけ?」
「ていうか、レイさんだけ敬語使われてないのおかしくない? あれ、絶対……。」
「いやいや、まさか。……え、まさか?」
「まさか、って……副隊長、付き合ってるんですか?」
グレイスは、カップを口元に運んだまま、動きを止めた。
「は? 誰と?」
「誰って、レオン・クラヴィスですよ! あの宰相候補の!」
盛大に噴きそうになった。
「ないないないない! なんだその怪情報!」
「え〜? でもこの前、レオン殿が副隊長の帰りに付き添ってましたよね?」
「しかも、“寒くないか?”ってマントかけてたって聞いたし。」
「あれ、完全に“恋人の距離感”じゃないですか?」
「しかもあの人、最近ずっと第三部隊ばっか来てない? それって……。」
「いやだからっ!」
グレイスは椅子をきぃっと引いて立ち上がった。
「ほんっとに何でもかんでも恋愛に繋げるの良くないよ!俺は王子様なの!」
そう言い放って席を立ったのに、内心はひどくざわついていた。
(……待って、これ、あいつわざとじゃないよな?)
このところ、何気ないようで距離が近い。視線も、言葉も、誰よりも優しい。それは気付いていた。けれど決して“付き合ってる”なんて言わないまま、周囲には“そう思わせている”?
(……あいつっ!)
仮面を崩さずにいた自分が、囲われていくような感覚。それに、気づいているのに――どこか、嫌じゃないと思ってしまったことが、何より悔しかった。
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(……このままじゃ、ほんとに捕まる。)
心のどこかでそう思ったのは、あの日以来ずっとだ。レオンが自分のことを「好きだ」と言い、その感情が、ただの一瞬の衝動じゃなかったと分かったときから。
だから、少しずつ距離を置くようにした。話す回数を減らして、書類も他の隊員に渡してもらい、視線が合いそうになれば逸らした。
(これで、少しは……。)
だが――
「第三部隊、今日の報告は私が直接聞こう。書類もその場で確認する。」
王宮に届く連絡書の差出人が、いつの間にか全部“レオン・クラヴィス”に変わっていた。
「副隊長、王宮からの使いが来てますよー。あっ、クラヴィス殿!」
「偶然だな。詰所に用があって寄っただけだが……レイがいるならついでに話をしよう。」
通りすがりのはずのレオンは、なぜか毎回こちらを見つけ出す。訓練日程、巡回当番、提出日。すべて把握されている気がする。
(……おいおい、ちょっと待って、なんで知ってんの。)
誰にも言ってない。共有もしてない。なのに、レオンは毎回、“タイミングよく”現れる。
まるで、自分の動きを全部、読まれているみたいだ。
(まさか……いや、でも……。そんなこと出来るはずが。)
気づいたときには、もう遅かった。距離を取ろうとしたはずなのに、いつの間にか“逃げ道”がなくなっていた。完全に囲い込まれている。
ある日の夕方、レオンが訓練後の詰所にふらりと現れた。
「今日は、逃げないのか?」
「……」
言葉に詰まった自分を、レオンは静かに見下ろしていた。優しい目のまま、だけど決して“逃がす気はない”ことだけは伝わってくる。
「どうしてそんなに俺を囲い込むんですか。」
「囲い込んでるわけじゃない。……君を離したくないだけだ。」
その言葉が、思っていた以上にまっすぐで、抗えないことを、ようやくグレイスは悟った。