ケーキを買った、だけなのに。
「はい、あーん!」
菊田さくらという人間が、僕の口元にケーキを運んできた。
「………。」
僕は、その人間をじとーっと見る。口を真一文字に結んで。
「あれ、食べないの?せっかく奮発して良いの買ったのに。」
その人間は、残念そうにケーキの箱を見つめた。
(この人間、絶対ここを自分の庭か何かだと思ってやがる……)
このやり取りは、誰もいない美術室の一角で行われていた。
そもそも、なぜこんなことに至ったのか、その経緯をお話ししよう。
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遡ること20分前。僕は、慣れた調子で美術室に向かった。そして、美術室の扉を開ける。すると、中には、何やらいそいそと用意をしている人間がいた。
「菊田さん、何してるんですか?」
僕が尋ねた。すると、その人間は、ばっと後ろを振り返り、慌てた様子で言った。
「あ、早いね!君!いやぁ、まあまあこっち来て!」
僕を手招きし、いつもの椅子に座るように進めた。
いつもの机には、何やら小さな白い箱が置いてある。
箱には英語で店名のようなものが書かれており、それが高級感を出していた。
「あの、これは何でしょう?」
「ケーキ!」
「……なぜ?」
「いやぁ、この前さ、君全然元気無かったでしょ?申し訳なかったなぁ〜ってずっと思っててさ。そしたら、今日お仕事中に良さげなケーキ屋さん見つけたから、買ってみたの!」
そう言うと、その人間はプラスチック製のフォークを袋から取り出し、僕に渡した。
「??今食べろと?」
「え?美味しいものは早いうちに食べた方が良いと思って。」
「……え?」
僕は思わず聞き返した。
(いや、ここは美術室だぞ。いや、もっと言えば、学校でケーキを食べるなんて良いのか??)
「あの、菊田さん。お気持ちはとても嬉しいですけど、ちょっとその、今食べなきゃダメですかね…??」
「………。」
その人間は黙ってこちらを見ている。なぜだか、とても悲しそうな目で。見ると、その手には僕に渡したフォークと全く同じプラスチック製フォークがあった。
「……あの、菊田さんも食べたいんですか??」
僕は思わず尋ねた。すると、その人間はビクッとして、そっぽを向いた。
「……一緒に食べようと思って2個買ったの。」
「………そうですか。」
(この人間は、美術室でケーキを食べることに違和感を感じないのか?)
僕はどうしようと悩んだ末に、ケーキの箱を開けた。
「ん?君……」
不思議そうに見つめる人間を横目に、僕は2つあるケーキのうち、1つのフィルムを外し始めた。
「あの、誰かに見つかっても知りませんからね。」
僕はそう言い、ケーキにフォークをさし込む。
すると突然、隣の人間が、
「ぬはっっ!!待って!ちょっと待って!」
そう言って、僕のもとに近づき、
「それ貸して」
そう言って僕のフォークを手に取った。
僕は、何がしたいのだとその人間の行動を眺める。その人間は、ふふふんと鼻歌を歌いながら、フォークにケーキを一口分乗せ、僕の方を見た。
「これは、サービスです♪」
そう言うと、僕の口元にフォークを段々と近づけてきた。
「はい、あーん」
そうして、冒頭に戻る。
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「君、こんな美人女優に食べさせてもらうなんて二度とないぞ?」
その人間は僕の口の前でケーキをゆらゆらと動かし、ほれほれ食べろと言わんばかりにこちらを見つめてくる。僕は何だコイツと思いながら、そして絶対に口を開けるものかと、口を固く結んでいた。そのとき、僕は鼻に違和感を感じた。
「あの、」
「んー?」
「なんか、臭いです。」
「………えっ」
その人間は驚いた様子で僕からスススと遠のいた。
「君、レディに向かってなんて事……」
と言いながら、自分の息を嗅いでいた。
「なんか、ボンドの匂いがしました。」
「……ボンド??」
そして、その人間は恐る恐る持っていたケーキを鼻に近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。すると、
「……確かに、ボンドと言われれば、それのような……」
僕とその人間は、2人同時に青ざめ、残りのケーキを見つめた。
「………中身、確認してみます?」
そうして、僕たちは僕のケーキになるはずだったそいつを4分割にした。4つのケーキのうち、1番端に当たる部分を見て、
「……これ、結構ガチでボンドじゃない?」
その人間は、持っていたフォークでツンツンと『ボンドらしきもの』を突つきながら言った。そのフォークを鼻に近づける。やはり、変な臭いがするらしく、顔をしかめている。
「……ボンド味のケーキ買っちゃったかなぁ」
「そんなケーキ誰も買いませんよ。」
2人は黙りこくって、考えていた。そしてふと、その人間がはっとした顔をしてこちらを向いた。
「私、このケーキ、一瞬バスの中に置いたまま、撮影に行ったかも……!」
「じゃあ、その間に誰かがボンドを入れたのかもしれませんね。」
僕がそう言うと、その人間はさらに血の気が引いたような顔をして言った。
「…どうしよう。」
その人間はいつになく真顔で、ケーキを見つめていた。そして、はっとして
「ごめんね、本当に君に美味しいケーキ食べて欲しかったんだけど!こんなことなっちゃって!」
そう言って、その人間はケーキを全て箱に戻し、箱を閉じて言った。
「よし、それじゃあ絵、描いて!」
僕は、本当にそれで良いのかと思いつつ、キャンバスや絵の具など、色々なものを用意することにした。
(芸能界って、本当にこんなことあるんだな…)
僕は、無理に笑顔を作ろうとする目の前の人間を見てそう思った。
「ほらほら、何見てるの!私が絶世の美女だからって見惚れてるの?それとも心配して?ふふふ」
「……。」
僕は何も言えなかった。何だか最近、こんなことばかりだ。自分の無力さを感じる。そんなことばかり。
「もー!こんなこと、よくあることだから!心配すんなって〜!ははは」
そう言って笑った人間の顔に、どこか不安の色が見えたのは気のせいだったのだろうか……………………………
こんにちは。後書きの存在に気付いた、おにぎりです。
最近シリアスなエピソードが多い気がしています…。次からは楽しいエピソードを作ろうと思います!!!
(自己紹介)
趣味で小説を書いています。拙い文章ですが、温かい目で見ていただけると幸いです。