じゃあ、またね
「ねぇ、どうしてくれるの?」
鬼がこちらを振り返って泣き笑う。
「あんたのせいで、こんなんになっちゃったじゃない………」
こちらにふらふらと近付いてくる。
(来るな。)
「……どうしてくれんのよ!!ゴミ!!」
鬼が僕の肩を掴み、低い声で言った。
「ねぇ、どっか行ってよ。」
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「………はっ!」
僕は辺りを見渡した。いつもの僕の部屋。
(なんだ、夢か………)
朝から嫌な夢を見た。土曜日の朝。時計を見るとまだ5時だった。だが、二度寝なんてできそうもなく、そのまま起きていることにした。
机に置いてあるスマホを手に取る。見ると、2件の通知があった。
(なんだ……?)
僕は1つ目を開いた。
(なんだ、あの人間か……)
『今日はごめんね…!あのあとから急に元気無かったよね…。変な話をしてしまったなら、ごめんなさい。』
僕は、気を使わせてしまったようだ。僕が喋りすぎたのが悪いのに。喋り慣れていないからか、一気に喋ると止まらなくなってしまう。
『大丈夫です。こちらこそ、気を遣わせてしまい申し訳なかったです。』
と返信をした。さて、もう1つの通知も開くか。
(………は?)
僕は目を擦った。パチパチと瞬きをして、その文を読み返した。シンプルな1文。
『明日、10時、いつもの公園で会えるだろうか?』
それは、田中からのRINEだった。
(明日、10時……………。これが送られてきたのが23時50分…………。つまり、今日10時!?)
これほどまでに、早起きして良かったと思うことはない。
(こういうことは、もっと早くに教えてくれないと!!)
僕は10時まで時間の余裕がたっぷりあるので、
(6時になったらご飯を用意しよう。)
そう思って、優雅に勉強机に教科書と問題集を置き、少しだけ勉強をすることにした。
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(ふぅ、あっという間に9時だな。用意でもするか。)
僕が出かける支度を済ませると、ちょうど良い時間になっていた。玄関に出て靴を履き、扉を開けて鍵を閉める。
(いつもの公園っていったら、あそこだよな……?)
僕は高校生になってからも、何回か田中と会っていた。集合場所は、大抵が『いつもの公園』なのだ。
僕が公園に着くと、既にベンチに誰かが座っていた。
見覚えのある後ろ姿。田中だ。
「おい!田中!なんだ急に呼び出して!」
田中の背中をバンと叩く。田中は後ろを振り向かず、
「おう、佐藤。まあ、良い。座ってくれるととても良い。」
「おう。」
言われた通り、田中の隣に座った。公園には滑り台やブランコ、砂場などがあり、そこには親子連れが3、4組いて、楽しそうに遊んでいる。
「何か大事な話でもありそうだな。」
僕がそう言うと、田中はどこか遠くを眺めながらゆったりと話し始めた。
「実は、おれ、田中になったんだ。」
「はは、お前元から田中だろう?」
僕は笑い飛ばした。
(急に何を言い出したかと思えば…。)
「正式に田中になったんだ。」
「……正式にって、どういうことだよ?」
僕は田中の方を向いて聞いた。
「田中は母方の名字だ。昨日、正式に離婚届を役場に出した。おれは最初から母親について行くと決めていたから、田中になるんだ。」
「……。」
僕は何も言い出せなかった。
(急に重い話になったな……。)
ふと、砂場で遊ぶ3歳くらいの子供達が目に入った。母親と一緒に何かお城のようなものを作っている。
「なんだよ、それだけか。急に呼び出すから何かと思ったら。」
「……佐藤。」
「…なんだよ?」
「おれ、この街を出るんだ。」
僕は、ばっと田中の方を見た。
田中は依然としてどこかを眺めている。
「いつ?」
「明日の朝には出ると思う。」
「……っ!」
僕はまだまだ聞きたいことが沢山あった。
だが、田中の顔を見て、何も言えなくなった。
今にも涙が溢れそうなのだ。目に大粒の涙を溜めて、それを溢さないように、必死にどこかを見つめているように見えた。
「おれ、嬉しかったんだ。もうあいつの顔を見なくて良いんだって。もう、物投げられたりしないって。だけどさ………」
田中は、そこまで言うとそっと俯いた。
何かきらりと光るものが落ちた気がした。
「……だけど、お前はおれの親友だからさ。言わないといけないと思ったんだ。きっと、もうそんなに会えないからさ。でも、口に出したら、出した途端に………」
もう、その後は2人とも黙っていた。
僕は砂場で遊ぶ母親と小さな息子を見て、言葉では表せない感情でいっぱいになった。
(神様は不公平だな………)
そんな風にして、時間が過ぎていった。
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公園の入り口で、僕と田中は別れを告げようとしていた。このとき、僕らは笑顔だった。
「あとで住所のRINE送るからな!たまには遊びに来ると喜ぶぞ!」
「当たり前だ!何回でも行ってやる!泊まり込んでやる!」
「いや、それはちょっと………」
「冗談だ、バカヤロー。」
こうして、僕らは別れを告げた。
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帰り道、僕は横断歩道で信号待ちをしていた。僕の前に、 小学3、4年生くらいの少年が2人、何か楽しそうに会話しているのが目に入った。
僕は、その姿を懐かしむように眺めた。
(僕らが出会ってから9年か……。)
信号が青になると、僕は横断歩道を渡りながら、こう思った。
(僕は全然悲しくなんてないぞ。だって、永遠の別れとかじゃないもんな!)
そして、渡りきったところで、立ち止まり、前を向いた。
(会えるさ。いつかまた。)