理解?そんなの知りません。
「はぁ、疲れたなぁ…。結局ほとんど進まなかったじゃないか。なんであの人間は、人が絵を描いているときに話しかけるんだ。」
ふぅ、と一息ついて、僕は自分の部屋に飾ってある自分の作品を見つめた。
「人ってよく分からん……」
僕は今日、初めて人の絵を描いた。そのとき、不思議な感覚を覚えた。今まで、無生物しか描いてこなかった自分。今までは対象をじっと見つめれば、自然と描くべきことが思い浮かんできた。
だが、人の場合は全く勝手が違った。じっと見つめても、何を描くべきかなど、さっぱり思いつかない。
(本当の私…か。)
僕は、あの人間の言葉を思い出す。マンガでしか聞いたことのないセリフだった。だが、よくよく考えてみるとかなり難しいことだと思う。
今の僕が、人の本質を見極めることなんてできるのか。そもそも、そんなこと人間ができることなのだろうか。
僕は何をすべきか分からずに、「菊田さくら」とスマホで検索した。「菊田さくら」と検索するだけで、たくさんの検索結果が出てきた。やはり、最近話題になっているだけある。早速、菊田さくらが出演したバラエティ番組を見てみる。
そこには、あの人間と同じように笑っている人間がいた。
(ふぅん。なんだか世渡りが上手そうだ。まあ、あの性格なら当たり前と言えば当たり前か。)
僕はただ、暇つぶしの気分で画面をスクロールしていく。そこで、ふと目に入った動画があった。
そのタイトルは『菊田さくらの子役時代』。
(そういえば、子役出身だっけか。)
僕はその動画を見ることにした。30秒程度の短い動画。そこには、顔の強張った、おどおどとした少女が映っていた。それはファミリーレストランのCMで、端っこに、確かにあの人間とそっくりの少女がいた。
セリフの一つもないような役らしく、全く存在感がない。
(ほう、あの人間がこんなに空気みたいなのは珍しいな。)
僕はその動画を何回か繰り返して見た。何回見ても、その少女とあの人間が同一人物のようには思えない。
ただ繰り返される美味しそうなハンバーグの映像を見て、まだ夕食を食べていないことに気付いた。
(お父さんは仕事仲間と食べてくるって言ってたな。)
僕は自分の部屋から出て、リビングの台所に向かった。冷凍庫をガラリと開けて、そこにあった市販の冷凍食品を手に取る。
僕はそのまま電子レンジに入れ、ボタンを押した。
ピーピーと鳴ったら、それを取り出し、ご飯の上に乗せる。
チクタクと一定のリズムで音を鳴らす方向に目をやると、時計の短針が9を指していた。
(もうこんな時間か…。)
僕は家に着いてからロクに何もしていないことを思い返し、ため息をついた。だが、何かをする気にもならず、
(今日出された宿題でもやって、寝よう。)
と思い、ご飯をガツガツと貪り食べた。
その日の夜12時。
僕はベッドの上で寝ていた。だが、どこからともなく聞こえる通知音に目を覚ました。
(なんでこんな夜中にスマホが鳴ってるんだ……??)
スマホを手に取り、画面を見た。
すると、ホーム画面に映し出されていたのは、永遠に止まらないRINEの通知。
(こんな夜中にRINEを送ってくる奴なんて、あの人間しかいない………)
僕は通知音のボリュームを最大にしていたことを後悔した。なんせ、僕に連絡をくれる人間なんて、ほとんど0に等しい。せめてその人間たちからの連絡にはすぐ返信しなくては、そう思っていた。
(そういえば、あのあとRINEを交換していたな……。)
そう思いながら、RINEを開く。
(……………………ん!?)
そこには、大量の写真が送られていた。どうやら、カレンダーアプリのスクリーンショットのようだ。
(…今後の予定か??)
僕は一枚一枚、写真を見ていった。何枚も何枚もスワイプして見ていく。そして、おかしなことに気付いた。
(あれ、これ全部同じ画像じゃね…………??)
あの人間は、嫌がらせでもしているつもりなのか。30枚ほど送られてきた画像どれもが、全く同じものだった。
(この人間は、何がしたいんだ…………)
僕は呆れながらスマホを机に置き、そしてベッドに入った。
あの人間を理解するなんて、到底無理だな。
そうして僕は眠りについた。
後日分かったことだが、どうやらあの人間のスマホは最近、通信速度が遅いらしい。だから、写真を1枚送ろうと思って送信ボタンを押したが、スマホはぴくりとも動かなかった。仕方ないので、送信ボタンをこれでもかと連打していたら、途中から楽しくなって押しまくっていたらしい。
(そんな話を聞いて僕が納得すると思うか?ははは。)
(……………………いや、しないよな。)
僕は青い空を見上げて悟った。
(あの人間を理解するなんて、人類にはまだ早かったんだ……………)