『田中』からの電話には出るな
あの日の放課後、帰りの電車で『菊田さくら』という名前を検索してみた。やはり、さっきの人間と同じ顔がずらりと出てきた。大きな目に艶のある黒髪。写真の人間は、こちらを真っ直ぐと見つめている。かなり評判が良いらしく、SNSの書き込みでは、良い評価が目立つ。しばらく見ていると、
(あ、子役出身なんだ。)
『菊田さくら』の5、6歳くらいの写真が載っていた。今の綺麗な顔の面影はあるが、今よりも強張った顔をしている写真が多い。
(きっとこの頃は純真無垢だったんだろうなぁ。それが、ああいう風になるとは…。)
今日の、あの人間の傍若無人っぷりを思い出し、ため息をつく。そうして、僕は電車を降り、家路についた。
あれから3日。何事も無かったかのように、いつも通りの日々を過ごしている。
(うん、あれは夢だったんだ。こんな地味男に女優が話しかけてくること自体あり得ないしな。うん。忘れよう!)
そんなことを考えながら自宅のリビングでお茶を飲んでいた。なぜなら今日は日曜日。ゆっくりとソファでくつろごうとしていた、その時だった。突然、テーブルに置いていたスマホが揺れ出した。
僕はびくっとしてスマホを手に取ると、画面には、
『田中』と表示されていた。僕の唯一の親友と呼べる人間だ。
「なんだ、田中かよ。」
僕はお茶をテーブルに置き、電話に出た。すると、
「やっほー!私だよ!手短に言うね。明日の放課後、美術室で!じゃまたねー!」プツリ。
(電話が…切れた。)
僕はテーブルにスマホを置き、代わりにお茶を手にした。お茶を飲むと、いつもの麦茶の味がした。
(そうそう、この味。ウチのお茶はいつもこの味なんだよな〜〜)
「ははっ、おいしいなぁ………」
「…ってなるかっ!!なんだ、色々とツッコみたいことはあるが、おい、田中ぁ?なんでテメェの電話から女子の声が聞こえんだよ?お前は仲間だと思ってたのに!」
僕は真っ暗な画面のスマホに向かって散々に言い放った。だが、誰も居ない部屋で1人虚しく無生物に語りかける自分。言い表しようのない恥ずかしさを感じた僕は、
「そっすよね。普通にあの人間ですよね。ははっ。」
残りのお茶を飲み干し、テーブルにそっと置いた。
「うん、明日放課後、美術室ですよね。はい。分かりました。」
静かにテレビをつけ、何か面白い番組を探した。
すると、
「地獄の果てまで追いかけてやる!」
テレビの中の人間が、こちらに鋭い視線を送ってきた。
それは、つい最近見た顔だった。
「あ……」
ふと、僕の頭には一つの考えがよぎった。
(僕、この人から逃げられない………??)