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ゴブリン、決意する

「いいんじゃないか?」


「うん。素敵じゃない」


「はぁ!!?馬鹿かお前ら!!」


その日の晩。俺とエルド達一家は、無骨な木のテーブルに並んで座り夕餉を摂っていた。

上座にはフィオラ。そして俺の目の前に座るエルドとシェラは、先ほどのフィオラによる求婚の話を聞き、今の反応を示したのだ。


「いや、だってフィオラが望んでるんだろ?ならいいだろ。何が問題なんだ」


「なっ……おまっ………はぁ~~~~~」


つい立ち上がっていた俺は、ため息と共に座り直し背もたれに身を委ねた。

しかし心のどこかで、彼らがこういう反応をするかもしれないと予想はしていた。


「………三人には計り知れないほどの恩がある。だからこそ言わせてもらうが、はっきり言ってお前達は”異常”だ」


「お、今日のシチューはまた絶品じゃないかシェラ」


「そうでしょう。いつもよりしっかり野菜を煮込んだのよ」


「話を聞け!!!」


怒鳴ったのなんて、最初に怪我の手当てを受けたあの日以来だった。

ただならぬ様相に、漸く彼らが俺を注視する。


「人徳は、必ずしも利益を齎さない。俺の姿を見ろ。人語を話すだけで、肌の色や体躯、思考回路にかけて何もかもが違う。………普通なら一目見ただけで逃げ惑う。お前達のその警戒心の無さが、いずれ自らを苦しめてしまうかもしれないんだ」


「でも実際、俺達は苦しんでなんかない。打算的に君を助けた訳じゃないが、今あるこの幸福は、間違いなく俺にとって最高の利益だ」


「またそうやって詭弁を……!俺はゴブリンだ!!我々がお前達人間にどれだけ凄惨な行いをしてきたか知っているだろう!獣は恩義など感じない。種を問わず誰彼助けていたら、いつか本当に……」


「私達は、あなただから助けたのよ」


シェラが、持っていた銀食器を置いてこちらを見据えていた。

思わず声が詰まってしまう。


「ゴブリンが人間にしてきた事は、俺達も当然知ってる。本来ゴブリンが”人の言葉を介さず、狡猾で情欲に溺れた種族”である事も」


「それなら……!」


「でもリーナは違う。今まで君の過去について聞いた事は無かったが……何となく肌で感じていた。人の言葉を理解し、感情の機微まで読み取れる。そして時折見せる失意の様な、罪悪感に苛まれているような表情……」


エルドの両手が、机に突いた俺の右手に触れる。


「君は、己の種の在り方に疑問を抱いている。そしてそれを変える為、俺達人間に本気で歩み寄ろうと努力してきた。違うかい?」


「っ………」


「一年前、初めてリーナを見つけた時。言っていなかったけどあなた、朦朧としながら私達に襲い掛かろうとしたの」


「な、何……!?俺がお前達を!?そんな……け、怪我をさせたのか!?」


二人は同時に首を振る。


「違う。リーナの背後にはフィオラがいた。野犬に襲われた直後だったからか、俺達を新手の敵と勘違いしていたんだ。”このガキに近づいたら殺す”と言った直後に、君の意識は途切れた」


フィオラを一瞥する。俺達の会話を理解している様子は無く、汗の滲む俺の顔を見て無邪気に微笑んでいた。


「確かに生き物には”種”があり、それらは価値観や見えている世界すらも違う。でも、一つの種が全て同じ世界に囚われている訳じゃない。君が見ている世界の中で、俺達はただの肉の塊か?」


「そんな訳ないだろう!!」


「………なら、それでいいじゃないか」


エルドの手に力がこもる。更にその上へ、シェラの両手が重なった。


「改めて言わせてもらうわ。リーナ、あの時娘を助けてくれて……そして、私達の友人になってくれて、本当に、本当に、ありがとう」


「俺からも言わせてくれ。ありがとう」


一年前、消えかけていた意識の中で聞こえた声が脳内に響き渡る。

恐怖も疑念も無く、ただ対等に俺の身を案じていた二人の顔。

どこまでも能天気で甘ったれた、それでいて慈愛に溢れたその顔は、絶望に暮れていた俺の心を容赦なく照らした。そして今も、影に隠れる隙さえ無い程に。


すると、夕餉の途中でフィオラが食器を置き、覚束ない足取りで俺の足元に近づいてきた。左足に抱き着き、顔を上げ、屈託の無い笑みを向けた。


「リーナ!ありがとー!!」


「…………馬鹿が………本当にお前たちは……どうしようもない………」


悪態を吐く口とは裏腹に、俺の声は意図せず震えてしまっていた。

流す資格の無い涙を頬に伝わせ、あの時出来なかった行動を思わずしてしまった。

フィオラの身体を抱き寄せ、赤子の様な声を上げながら崩れ落ちる。


「ま、いざとなったらリーナに助けてもらうしな!俺なんかよりよっぽど腕力あるし、頭も良いし!」


「それじゃあ助けてもらってばかりじゃない。その時は私達で……」


「いや……」


フィオラから体を離し、二人に向き直る。

当然、己への呵責も罪悪感も消えない。消してはいけない。しかし、だからこそ俺は決意した。


「俺がお前達を守り続ける。何があっても、何に代えても。それが……恩人であるお前達に出来る俺の全てだ」


「………恩人じゃないだろ。ただの友人だ」


「そうよ、大袈裟ね」


「だ、だが……!」


エルドは手を叩き、呆けた声で言葉を遮る。


「気楽に行こうぜリーナ。ほら!飯が冷めるぞ!」


「そうよ!せっかく腕を振るって作ったんだから」


「一緒にたべよー!!」


どこまでも、彼らは俺を受け入れてくれる。

贖罪の為でも、気まぐれでも決してない。この一瞬を守る為なら、俺は命も懸けられる。


床に沁み込んでいく、穢れた血が含まれた涙。今はそれさえ愛おしく感じてしまうのだった。







―――十七年後―――




「き、貴様……何をするつもりだ!?」


燭台の上に灯る微かな火では、石に囲まれた牢獄を殆ど明らかにしない。

居るのは二人の人間。一人は男。瀟洒な衣装に身を包み、贅に肥えた腹を揺らしながら壁に背中を張り付けている。その顔は、絶望と恐怖に染まり切っていた。


「何を、だと?決まっている。殺すんだ」


対する一人は女。返り血に塗れた甲冑を纏い、鞘から静かに剣を抜く。

武骨な装いに反して、その相貌は目を見張る程に美しく、雪の様に白い肌に蒼い双眸が光る。金色の長い髪を靡かせ、一歩ずつ男に近づいていく。


「私は聖職者だぞ!!そ、そんな人間を殺せば、貴様は間違いなく地獄……いや、魂さえも消滅し、輪廻から外れる!!生まれ変わる事すら出来ぬのだ!!」


「煩いぞ人間。私の質問にだけ答えろ」


切っ先を男の喉元に突き付ける女。その美しい瞳は、この世の何よりも暗く淀んでいる様に見えた。


「……十七年前、或る村の結界が何者かによって破られた。それにより流れ込んだ()()どもに、住まう人間は食い殺され、死んだ」


「なっ、何の事だ……」


「とぼけるな!!あの結界は、お前達聖職者が操る神術により張られるもの。一般に人間が扱う魔術では……ましてや、害獣になど決して壊せるハズがない」


切っ先が皮膚に沈んでいく。流れ出る血が徐々に刀身を伝っていく。


「や、やめろ……!やめてくれ!!」


「貴様だな?あの村の結界を敢えて破り、害獣どもを手引きしたのは。偽りなく全て話せ。そうすれば命は助けてやる」


「しっ……知らん!!私は何も知らん!」


男は死に怯えながらも、女の顔をまじまじと見る。

雲間から覗いた月光が、壁の上部に嵌められた格子の間から差し込む。

光によって明らかになる女の姿。男は、その正体に絶句する。


「き……貴様はファルク王の娘………ルイン・アズウェルドか!?な、何故だ!?帝国の姫が、何故……」


「いいから答えろ。さもなくば殺す」


「こっ、こんな事をして只で済むと思っているのか!?」


女は失笑し、悪戯に答える。


「思わないな」


「そっ、そうだろう!?なら、早く剣を下ろせ!!」


「だが、私も只で済ますつもりはない」


柄に力を込める女。肉を裂きながら剣がめり込んでいく。男は悲痛な絶叫を牢に響かせ、挙句の果てには失禁してしまった。


「ああぁぁぁああ!!!わ、わかった!!話す!!話すからやめてくれ!!」


「……始めからそうしろ。愚図が」


剣を下ろす。流れ出る血に再び慄きつつ、男は自身の首を抑えて咳き込んだ。


「ほ、本当に……話せば私は助かるんだな……?」


「当たり前だ。騎士の言葉に偽りはない」


彼の表情が安堵に満ちる。

女から距離を取り、男は眉を顰めながら口を開いた。


「………た、確かに私は、十七年前……」


瞬間、男の首が飛んだ。

離した距離は一瞬にして詰められ、女が振るう剣の刀身が彼の首を骨ごと断ち切った。


「な……何……で……」


鈍い音を立て地面に転がった首が、喘ぐように呟く。それが哀れな男の最期であった。


女は呼吸を置き、血に塗れたままの剣を鞘に納める。足元の首と、胴体だけになり倒れ伏した男の本体を一瞥し、前髪をかき上げた。


「この上ない安堵からの絶望。それを思い知らせただけだ」


鉄格子の扉を開け、女は地下を後にした。


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