その七 まるぱくり なりけり
今回の宴会も悪趣味な鳥喰があるのかと、うんざりしながら宴の準備の指示を受けていた。
いつものように他の婢たちと一緒に夜明け前から水汲みに出る。
『ひろ』の身体に入っていると気づいた時よりは手際もよくなり、桶二つを天秤棒に下げて屋敷に運び込む。
水瓶全てに水を満たして、次は食器や酒器を炊屋に運ぶ。
下ごしらえに使われた鍋を井戸端へ運び、藁でできたタワシでゴシゴシこすり洗いをしていると家司の与志比古さんが
「ひろ、今日の宴では大臣様が他の貴族様の前で褒美を下さるようじゃ。少し身綺麗にしておくように」
わざわざそう声をかけに来て下さった。
嫌な予感しかしない。
他の貴族の前でって、自慢ついでに余興のひとつでもやれ……って事になりそうだ。
しかし哀れな婢の身なので逆らうわけにもいかない。
とりあえず、身綺麗にという事なので女房様や水仕女の上の立場にいる数人に大臣様に呼ばれるので着替えてくる事を説明して長屋に戻る。
ペニシリンで上級役人の息子さんや貴族の娘さんを助けた御礼ということで婢にしては上等の着物(つんつるてんではない、丈の合った古着)を頂いた。
着物は着た切りスズメだったので畳み方も知らなかったのだが、猪女さんが教えてくれた。
猪女さんが着物を広げながら申し訳なさそうにつぶやいた。
「私も子供を助けてもらったお礼をしたいけど、何もないから……。せめて着物の扱い方とか仕事に関わる事を教える事しかできなくてすまないねぇ……」
「何言ってるんですか、猪女さん。その前からいろいろ教えて下さってたし私に優しかったんですから無麻呂ちゃんを助けたのはその恩返しですよ!足りないくらいですよ」
事実、奉公に出された形で屋敷に預けられた子供に親切にする人は少ない。そんな私に優しくしてくれた年長者はほんの数人だ。
「私の故郷の村に弟や妹がいるんだけどね、妹がひろに似ててね。ほっとけなかったんだよね」
照れたような笑みを浮かべながら話してくれた。
妹さんに似てるからと言うが、猪女さんはそういう理由がなくても皆に親切な人だ。おそらく似てなくても親切にしてくれただろう。
この着物を見る度に猪女さんとの会話を思い出して温かい気持ちになるのだが、のんびりする時間はない。
着替えて髪を整えて屋敷に戻る。
「戻りました~」
宴の前の戦場のような殺気立った炊屋では水仕女の百合女さんがキッとこちらを睨んできた。
「この忙しい中どこ行ってたのよ!宴だから新しいおべべを着てきたっての?バカじゃない!?」
姫様の金切り声に負けず劣らずな金切り声に他の水仕女や下人が集まってきた。
「なんだなんだ」
「また百合女のやつ、若い子いびりしているぜ」
下人たちの声に顔を真っ赤にする百合女さん。若い子いびりが皆の共通認識だなんて恥ずかし過ぎる。
水仕女頭の須恵女さんが
「今日の宴で大臣様がひろに褒美をくれるから着替えて来いって与志比古様に言われたんだよ。いつもの着物じゃ大臣様が恥をかいちまうからね」
説明してくれたお蔭で百合女さんからの攻撃もそこで止まった。舌打ちの音が聞こえたような気がしたが気のせいということにしておく。キリがないんだもん。
今日の宴は流行り病の終息を祝うのと、大臣様の誕生祝いである。
具体的な誕生日というのはこの時代はないようだが生まれた月は身分に関係なく皆が知っていて、貴族の方々は物忌みを避けた日に誕生祝いをすることがあるようだ。
それ以上に「流行り病を終息させた功労者を抱えているワシすごい」みたいな自慢のお披露目がしたいようだ。いい迷惑なんだけど。
宴が始まり、大勢の貴族様が歌を詠んだりする声が響き始める。
家司の与志比古さんが呼びに来た。
「大臣様、ひろを連れて参りました」
宴の広場のど真ん中に招かれましたよ、ついに。
「おぉ、ひろや!待っておったぞ!」
大層ご機嫌な大臣様の前に跪き、頭を床にこすりつけるように伏せる。
「この度は大臣様のお誕生月、お祝い申し上げまする」
嚙みそうになる。いきなりの事なので挨拶の作法なんか聞いていない。アドリブですよ。
「此度の流行り病に効く薬を作ったひろ、その前には池で溺れた子供を救ったとも聞いておる。褒美として婢の身分から医師としての身分を授けようと思う」
大臣様に続いて家司の与志比古さんが
「大臣様より田畑と家を頂けるそうじゃ」
と言われた。
田畑と家??医師の身分だけでもありがたいのに!!
「ありがたき幸せに存じます」
「ほぉ、婢と聞いていたが挨拶や礼の言葉など丁寧ではないか」
「もしかしたら歌なども読めたりはせぬか」
貴族の方々がぼそぼそ言ってるの、聞こえてますけど!!
歌を詠むとか冗談じゃない……。要らん事言うなってば!
「流行り病を封じた者じゃ、大臣様の祝いの歌でも詠めば大臣様の厄払いになるのではありませぬか?」
腰巾着っぽい貴族様が要らん事言いやがって下さいましたわ。
「おぉ、それは妙案!歌ってたもれ」
「そうじゃ!」
「そうじゃ!!」
こ、これは……逃げられない流れ。
誕生祝いの歌??ハッピーバースデイは意味が伝わらないよね?えーと、めでたい歌、めでたい歌……。
頭の中の記憶から検索していると、学生時代の授業の情景が出てきた。
「元々は詠み人知らずの歌で…」
「長生きして下さいね、という意味の歌で……」
これだ!!!
そして私は貴族の方々が歌うのを真似した節回しで歌った。
流石に完全にパクるのはまずいので少し変えてみるか。
わーーがーーきーーみーーはーー
ちーーよーーにぃぃぃやぁーちーよぉーにぃ
さーざーれぇぇいぃぃしぃーのぉぉー
いーーわーーおーーとーなぁぁりてぇぇーー
こぉけぇーーのぉぉーむぅぅーすぅぅーまぁーーでぇーー
将来の国歌、君が代を歌ってみた!
そして白々しく
「大臣様がお元気に、千年八千年と砂利石が集まって大きな岩になって、その岩に苔が生じるほど長く長く栄えるようにと歌ってみました」
しん……と水を打ったように静かになった宴会場。やばい、下手こいた!!と思っていたら
「何と!!何と素晴らしい!」
「大臣様の長寿を願うに相応しい歌じゃ!」
割れんばかりの拍手が湧きあがった。
そりゃね、未来の日本国国歌ですもんね。
オリンピックや国を挙げてのイベントや入学式卒業式で歌う国歌をほぼ丸パクリだもの、下手くそとか言われたら日本国民総出で泣くかもしれない。
詠み人知らずだから歴史に弊害はないはず!たぶん!!
大臣様も驚いた表情から破顔一笑、立ち上がって私の所まで来られた。
「ひろ!そなたに歌の素養があるとは思ってもみなかったが素晴らしい歌であった!医師として姫に仕える際、話し相手にもなってくりゃれ」
軽くバカにされたみたいだけど、一応褒められたようだ。
それはともかく、一気に出世しちゃったよ……。どうするよ??
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『君が代』は元々の歌い出しが「我が君」だったそうで古今和歌集に詠み人知らずとして初出の歌です。