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その六 あさましきもの

 今回の歌会は大臣様のお誕生祝いという事で、大臣様のご親戚を筆頭に都で敵対している貴族以外は全員に声をかけたのではないかというくらいに盛大なものだった。


 当然ながら炊屋は戦場のように料理や酒の準備に追われていた。


 これまでも新年の宴とか梅が咲けば梅見の宴、桜が咲けば桜見の宴、他にも月見の宴とか何某かの祝いの宴と宴会好きな日本人のDNAの根源を感じさせるかのように宴が開かれ、その度に下人、水仕女、奴婢が準備で文字通り走り回っていた。


 ご馳走の文字は馳せ走り食材を集めるって書くけれど、走ってるのは私ら下々の民なのになぁと思いながら毎回毎回山で山菜や珍味を集めていた。


 今回食材集めはいつも通りに指示された仕事だったのだが、鍋や食器洗いの代わりに宴でよその貴族さまたちに「医師くすしとして紹介する」という体で大臣様が家来自慢というか持ち物自慢をするから顔出しをしなくてはならなくなった。


 そのタイミングが来るまで水仕女や女房様の手伝いで宴会場の配膳の手伝いをするよう指示されたのだ。

 宴会場の様子を見るのは初めてなのだが、現代での宴会と似ている部分もあれば違っている部分もあって眺めているだけなら楽しめる。


 仕事しなきゃなのだ。

 だけど初めて見る平安貴族の宴や食事にも興味津々なのだ。


 酒を瓶子に入れて何本も宴会場近くの部屋に運び込んだり、お客様用の膳を炊屋に運んだり、大皿に盛られた出来上がった肴をそれぞれの皿に移す作業があったり。


 流石に帝や皇后といった方々は来られていないが三位以上の方も来ているとのことで、配膳内容に家司も神経を使っているようだ。


 身分によって提供される料理の品数が違うという、現代社会ではありえないメニュー【宴会コース~ヒエラルキーを添えて~】なのである。

 レアな食材が全員分あるわけではないし、偉い人に美味しいものを優先するのは仕方ないルールだよね。


 雉や鴨といった鳥類、卵を使った料理、焼き魚、煮魚といった贅沢料理の皿と塩や酢といった調味料の入った小皿が膳に乗せられ、それらともにに高く盛られたご飯がお膳のど真ん中にドーーーン!!と鎮座している。誕生日ケーキですか、これ?


 まさかあの高く盛られたご飯に蝋燭を立ててハッピーバースデイトゥーユーなんてやらないよね?


 私はまだこの高く盛られたご飯を食べたことはないのだが、白米を甑で蒸した強飯こわいいといって硬いご飯みたいな感じのようだ。

 もちもちしてないお赤飯とか山菜おこわみたいな感じなのだろうか。


 庶民は雑穀のお粥が当たり前で、少し裕福な家でも雑穀入りの姫飯ひめいいという鍋で炊いた現代の平均的な硬さの米飯だ。


 貴族になったらちゃんと白いご飯(ただし硬い)が食べられるのか……。日本人はやっぱり米だよね!


 そんな白いご飯も毎日大臣様や北の方様に提供されているが、あまり召し上がられていないのだとか。

 お二人とも強飯よりもお酒をたくさん飲まれる事の方が多いらしく、お酒と肴だけで食事を終えることが多いと先日の歯の診察の時に話されていた。


 鳥肉や魚はどなたも好まれるそうだが、猪や鹿は四つ足だからと嫌われることが多いようだ。ジビエ、美味しいのに。

 野菜なども下品だという理由で嫌われているが、シイタケは高級食材といことで人気がある。平安時代はシイタケや他のキノコ類も栽培されていないので珍味なのだ。

 それを知ってからは太目の枝に穴を開けて、シイタケの菌が育ちやすいようにしている。

 いつの日か、山を持てたらシイタケ栽培でひと儲けしてみようと企んでいる。


 山の幸の他にも海の幸の魚やエビ、アワビなどの貝を干したものや海藻類が出される。

 魚介類はほとんど干したもので、調理には煮戻ししたものが出されている。


 そういった山海の珍味を塩、酒、酢、醤でそれぞれ好きな味にして食べているのだ。

 何だかイギリス料理みたいだわね。

 うちのお屋敷に限らないのだが、貴族の方々はあまり食事を楽しんだりしないようで専らお酒でお腹いっぱいにしているとよそのお屋敷で働いた事のある猪女さんから聞いたことがある。

 イギリス料理みたいだからなのか。(あまり大事な事じゃないけど二度言った)


 なので宴会では料理が残るのだが、その料理を縁側から庭に向けて投げ捨てているのだ。

 そしてそれを拾っているのは屋敷の使用人をはじめとした近隣の庶民たちである。


 池の傍で鯉の餌やりをするように、公園で鳩にパンくずを投げ与えているように……


「それ、こっちじゃ」

「ほほほ、そんなに慌てずともまだあるぞ」


 仏教の教えの中に施餓鬼せがきといって飢え死にして苦しんでいる地獄の亡者に食べ物を供えて供養する事があるのだが、その施餓鬼供養の一環として下人や庶民に食べ物を与えているのだ。


 貴族たちはこれを鳥喰とりはみと呼び、宴会があると残った料理の処分と功徳を積む目的で行っている。鳥が餌を喰むみたいなので鳥喰みなのだとか。

 貴族にとって庶民は池の鯉や鳩みたいに思い通りにしていい生き物の一種で、恵んでやってるんだから逆らうんじゃねえぞという感覚なんだろうなぁ……。

 現代人の感覚では悪趣味この上ない行為なのだが、平安時代のノブレスオブリージュなのかもしれない。


 初めてこの場面を目にした時は怒りとも情けなさとも言えない、自分でもよくわからない感情で眠れなかった。


 鳥喰を喜んで心待ちにしている奴婢仲間たち、争って食べ物を手にする庶民を見る貴族たちの目。

 現代人の寛子の持つ常識と『ひろ』の持つこの時代の常識が、グルグルと混ざり合おうとしては分離することを繰り返してた。


 何度か鳥喰を見るうちに、これはこの時代の『善行』なのだと自分に言い聞かせるようにした。

 貧しい者がどう頑張っても食べられない料理、普段薄い粥すら食べられないくらい貧しい者たちが肉や魚を口にして滋養にできるのならば。

 この日のご馳走で飢えに苦しむ人がその夜ぐっすり眠れるならば、と。


 何かのドラマで聞いた『プライドで腹は膨れねえんだよ』というセリフが聞こえた気がした。


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平安時代の文化や風俗は史実に基づいて書いてますが、人物は架空の人物です。

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