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その四 おそろしい子ありにけり

 アレルギーテストをする間もなく、強奪したペニシリンを飲み干した下人の戸麻呂とまろさんはだんだん呼吸が安定してきた。

 処置を早くできたおかげだな……。


 少し落ち着いたところで戸麻呂さんが


「ひろ、すまない。ここのところ流行り病が続いててどうしても助かりたくて……」

 真剣な顔で手をついて謝ってきた。


「さっきも言いましたが、人によっては薬が毒になることもあるんです。毒にならないように慎重に慎重に調べながら薬を飲んでもらってますし、何より……かかってもない病気に効く薬はないんですよ」

 予防は大事だけど飲むだけで病気を防げる薬なんか現代にだってなかった。


「起きられますか?立てるようならとっとと帰って下さい」

 言ってて自分でも酷いと思ったが、これ以上この人の顔を見たら収まる怒りも収まらなくなってしまう。


 よろよろと立ち上がる戸麻呂さんの背中に向かって

「動けるようになったら薬作りの材料を集める手伝いをして下さい。それで勘弁してあげます」


 こんな小娘に言われていい気はしないだろうに、戸麻呂さんは


「わかった。助けてくれてありがとうな」


 そう言って出て行った。



 今回の件は戸麻呂さん自身が

「病にかかってないやつには効かないどころか息ができなくなる」

 と周囲に言ってくれたおかげで強奪して飲み干そうとする輩はいなくなった。


 虫女むしめさんの子供が回復したという噂は庶民だけではなく貴族の耳にも入ったらしく、礼はするから薬をくれと使いの人がわんさか来るようになってしまった。


 当然大臣様の耳にも入り、いろいろ政治的な事も絡んでいるのか大臣様から優先順位をつけて薬を与えるようにと指示が下った。


 大臣様の指示は表面的にはいはいと聞いていたが、アオカビの増え具合がよくない初期は私の優先順位で薬を使うようにした。

 幼い子供、お年寄り。

 そしてその優先度を上げるために条件を突きつけた。


 感染者と接触した人は手洗いをきちんとすること。

 一人暮らしの者が感染しても食事や水の差し入れを必ずすること。


 アルコールでの手指消毒をできればしたいのだが、消毒に使えるほどアルコール濃度が高くないので手を洗う習慣作りをしようと考えた。

 水道インフラのない時代なので、口に入れる水は一旦沸騰した湯冷ましを使うように伝えた。手を洗う水まで湯冷ましにするには燃料がかかり過ぎてしまう。


 感染性の病気は悪鬼が流行らせるという考えが主流の時代。科学的な説明が通じないので

「手のシワの中に病を運ぶ鬼が好むニオイがする。しっかり手を洗えば悪鬼を払うことができる。悪鬼は無患子むくろじが嫌いだから無患子で手を洗うのが効く」

 いかにも平安時代の人が好みそうな話に仕立ててみた。


 無患子は固い種子が数珠に使われるので寺社に植えられていることが多い植物だ。

 不思議な事に石鹸のようにしっかり泡立って汚れを落とす力がある。

 天然の界面活性成分、トリテルペンサポニンが果皮に含まれている。

 寺社で無患子をもらい、種子は数珠用に返却するとお坊さんにも喜ばれた。


 この時代にシャンプーや石鹸がないので、無患子を集めて果皮を乾燥させて使っているのだ。髪がゴワゴワキシキシするので、リンス代わりにお酢を薄めてすすぎに使うと落ち着いてきた。

 ペニシリンを瓶子に入れて渡す時に一緒に無患子も手渡して、手を洗うように悪鬼の話で説明した。


 これで猩紅熱だけでなく、いろんな感染症が予防できたらいいのだけど。


 そして『ひろ』の母と弟を助けられなかった原因のひとつ、食事と水の心配をせずに治療できる互助活動を取り入れた。


 古代では一人暮らしの者が病気にかかるとそのまま孤独死だったり、住む所を追われて路上で行き倒れになるケースがほとんどである。

 単身者の病はそのまま死を意味する時代でもある。

 単身者が病気になっても安心できるようにしたいと思うのは私の中の『ひろ』の痛みがそうさせるのだろう。


 そんなこんなでペニシリンを使っての治療、本来なら診断も薬の処方も医師の業務なのだが……この時代は名乗った者勝ちというか自称医者が本当に医者なのでアリなのだ。


 大臣様は所領での病死者がほとんど出なかった事に大層驚き喜ばれたそうで、私を一介の婢からお抱え医師くすしとして取り立てて下さることになった。

 まだ十代前半の小娘がいきなりの出世をすれば当然妬み嫉みが沸き上がるもので、お約束の【昭和の少女マンガみたいなこと】が立て続けに起きるのであった。

 時代が時代なので、バレエとかピアノとかはないけれど。


 貧乏な婢の頃は草履や下駄といった履物は持ってなかったのだが、出世して屋敷の中に上がる機会も増えてきたら履物を履いて足が汚れないようにしろと言われるようになった。

 つんつるてんの着物も、背丈に合った少し上等な生地の着物になった。


 早速、新しい草履に足を滑り込ませたら……画鋲ではなく陶器の破片が仕込まれておりました、はい。

 すげー、昭和じゃん。時代を先取りしてるじゃん。

 ちょこっとだけど足の親指切れたじゃん。もうバレエは踊れない。いや、切れてなくても踊れないけど。


 いきなりの昇進を妬む人はどこにでもいるから予測はしてた。

 こんな事やるのは自分がお山の大将じゃないと気が済まないタイプ。

 そして、お約束の陰口。


 コソ……


(……ちょっと薬に詳しいからってねぇ……)

(でも今回の流行り病で死人が出なかったのはひろのおかげだし)


 コソコソ……


(何言ってんのよ、たまたまに決まってるでしょ)

猪女いのめさんも虫女むしめさんも子供を助けてもらってるし……)

(ひろが助けなくても助かってたわよ!)


「あー、ゴホンゴホン」

 私の咳払いで慌てるのは水仕女みずしめ百合女ゆりめさんと最近婢から水仕女になったばかりの町女まちめさんだ。


 百合女さんはお屋敷勤めも長く、水仕女として何年も勤める超ベテランだ。

 古くからいることもあってプライドが高い。旦那さんが下級だけどお役人ということもあって周りの人間は子分と思っている節がある。

 古いけど水仕女頭みずしめかしらになれないのは人望がないからなのだろう。年功序列をスルーされるあたりよほど人望がないと見た。


 私がお屋敷に初めて来て挨拶をしても知らん顔だった。

 いるんだよねー、こういう人。挨拶したら負けとでも思ってるのかね?


 長く勤めてるのが偉いと思ってて新人を軽く見て、酷い時は新人いびりをして楽しむ人。

 仕事の事がわからないから聞いてるのに、わざと教えなかったりして困るのを見て喜ぶとか悪趣味だよね。


 百合女さんの場合、最近下級役人の旦那さんが若い女の所に通っているのもあって若い婢や水仕女の気に入らない子に八つ当たりをしてるとは聞いていたけれど。

 ターゲットが自分になるとは……あぁめんどくせー。


 陰口程度ならいいけど草履に陶器の破片は洒落にならない。

 化膿したり破傷風になったらペニシリン飲まなきゃならないのに。

 人に飲ませるのは平気だが、自分が飲むのは不味いから正直イヤなのだ。


 まぁ傷はとにかくキレイな水でよく洗うようにしているけれど。


 さて、お名前だけは美しい百合女さんをどう躱していけばいいのやら。

 昭和のヒロインはどうしてたっけ??

 涙が出ちゃう、女の子だもんって泣いてたっけ?

 めっちゃ才能発揮して「おそろしい子……!」と偉い人に言われたらいいんだっけ?


 とりあえずお屋敷でご機嫌伺という形の健康診断にレッツラゴー!(とことん昭和)


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