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その十 いみじう裏事情ありける

 呼ばれたのは珠姫様のお部屋の女房の一人、藍古あおこ様だ。

 藍古様は位はあまり高くないが貴族の次女で、大臣様の屋敷勤めをしながら出世を狙う逞しいというか強かというか見た目と違って肉食系なお嬢様だ。


 藍古様は炊屋かしきやの奥の部屋に進み、誰も居ないことを確認して振り返った。


「ひろ、百合女ゆりめに目を付けられて大変だったわね」

 きりっとした目元がふわりと柔らかに弧を描くと

「昨日も百合女に呼びつけられてたでしょう?」


「え?何故ご存じなのですか?」

 井戸端に呼びつけられた時、私と百合女さんしかいなかったのに誰に聞いたのだろう?


「ふふ、百合女の悪だくみを知ってたのよ。昨日は井戸端に行かなくてよかったわ。行ってたら今頃お前はこの屋敷にはいなかっただろうからね」


「ご馳走で頭いっぱいになって呼び出されたのを忘れてたんです」


 一瞬、目をまん丸にして藍古様はコロコロと笑った。


「そう、ご馳走で忘れていたと。ほほほ、やはりお前は面白い娘じゃ」


 上機嫌に笑いながら続けられた話によると、百合女さんは町のゴロツキに金を払い私を攫って人買いに売り飛ばす計画を立てていたそうだ。

 旦那の浮気相手に似てるってだけでそこまでやる??何て人だ。


「藍古様はどうしてそれを?」


「案外世の中狭いものじゃ。私の実家の下人の一人が百合女の雇ったゴロツキに手伝えと声をかけられたらしいのじゃ」


「あぁ、それで……」


「そのまま成り行きを見ていてもよかったのじゃが、それよりお前を私の手に入れる方が益になると思うてな。何より……お前は面白いゆえ手元に置きたいのじゃ」


「面白いって……」


「お前は普通の娘ではない。普通の医師くすしでもない。どこか……神がかっているというか……とにかくこの都だけではなく唐や天竺にも存在しない稀有なるものと思うたのじゃ。百合女なんぞに勝手なことをされるのは許せぬから手を回した」


「手を……あっ!」


 藍古様がにやりと笑う。


「百合女の夫の若い女の家に金を与えて父親を取り立ててやったのじゃ。それで百合女は捨てられた」


 若い女だからという理由だけではなく、家の財力や権勢で婿に入る家を選ぶのがこの時代の婚姻だ。より良い条件を整えることで乗り換える理由も整ってしまう。


 まぁ現代でも愛より金で結婚相手を選んだりするし、野生の動物だってより大きなエサをプレゼントしてくれる相手をパートナーにする。


入り婿制の時代だから女性の実家の経済力を現状以上に盛り立てる能力があれば男が玉の輿に乗る時代だ。

 そして一夫多妻がまかり通るのは帝やごく一部の貴族で、中級以下の夫婦は家の没落や夫婦仲が悪ければ夫が嫁ぎ先から出て行き新しい妻の元に移り住むのだ。古い妻はそのまま捨てられるケースがほとんどである。


「下級とはいえ、農民から役人にのし上がった男だからの。女の家もあの男を婿にして喜んでおるわ」


「それで……私は藍古様に何をして恩をお返しすればよろしいのでしょう?」


「話が早いのう。賢い子供じゃ。ほほほ、とりあえずは珍しい物などあれば私にひと声かけてくりゃれ。それらを大臣様や北の方様、姫様に献上する時に私の名を添えて欲しいのじゃ。金子が必要なら出すのも厭わぬ」


 私一人の実績にするのは気が重い面もあったから出世に使ってもらっても構わないし、スポンサーもしてくれるなら利害は一致してる。ここは手を組んだ方がいいかもしれない。


 この屋敷で暮らしていくにも藍古様の庇護があれば何かと都合がいい。


「私としても藍古様が後ろ盾だと心強く存じます。よろしくお願いします」


「うむ、百合女の事もこちらで始末をつけるので安心しておれ」


「始末、とは?」

 始末ってアレですか?アレじゃないですよね?いくら嫌がらせしてきた人とはいえ寝覚めが悪くなるじゃないですかー!


「屋敷であんな醜態を晒したのじゃ。本人も恥ずかしかろう。他の屋敷で働かせようと家司の与志比古様に進言しておいた。私の実家と縁続きの家ならば目も届くゆえお前も安心ではないかえ?」


「そういう始末なら大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「ほほほ、お前の思う始末でもよかったのだがな」


 一層機嫌よく笑うこのお嬢様を見てると『悪役令嬢』というワードが頭をよぎった。


 そしてこのような形で離縁された百合女さんがやらかす事件に私も巻き込まれるとはこの時はまだ予想すらしていなかった。


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時代考証などなるべく正しい情報を調べておりますが、間違っていたらご指摘いただけるとありがたいです。

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