第68話 経緯
クラウンの後をついて空を飛ぶが、改めて見ると人の街とは何とも明るいものなのだな。
「このようなところにルナリアがいるなんて思わなかった」
「そうですね。隠れるにしても、もっと静かなところにいらっしゃるかと思いました」
俺もアテンも眩しさに目を細める。
「空から見ていた時は明るいなぁと思うだけでしたが、こんなに賑やかなんて想像していませんでしたね」
ニックは少し興味があるようで、目をキラキラさせて行き交う人々を見下ろしていた。
「どこか別な場所へとも思ったが、お腹もだいぶ大きいし追手に見つかってしまう可能性も高い、だからここに潜伏することに決めた。お腹もだいぶ大きくなって動くのも困難そうだったのでな」
「もうそんなに大きいのか」
ならば急がなくては。
(地母神様に頼んで匿ってもらおう。そこならば天上神からも海王神からも見つかりづらいはずだ)
幸いというか、海底界は今地上界との諍いでごたごたしているはずだ。
ルナリアを探すのも疎かになっているだろう。
「さて、そろそろルナリアが天空界を追い出された理由を教えてもらおうか。嘘をつけばどうなるか、わかっているな」
クラウンから静かな怒気が伝わってくる、納得のいく返答がなければまた戦う事になりそうだ。
「あんなにも人の好いお嬢さんが何かをしでかしたとは思えない、きっと複雑な事情があるんでやんすよね?」
シェイプもクラウンの肩の上で体を揺らしながら、怒りを込めた声で訊ねてくる。
「ソレイユ様、いかがしますか?」
「事情を話します?」
アテンとニックからの視線も集まる。
二人がルナリアの事を真剣に思ってくれているのは伝わるし、ここまで来てへそを曲げられて「やはりルナリアの元へは案内しない」と言われても面倒だ。
(二人が天上神の味方とは思えないし、ルナリアをずっと匿ってくれていた恩人なのもある。事情を知りたいと思うのは自然な事だ)
もしかしたらこちらの味方をしてくれるかもしれない。
「わかった。ルナリアが何故海底界へと連れ去られたか、俺たちがどうしてルナリアを追っているのか、話してやる」
俺が話し出すとクラウンは静かに、シェイプは時に目を大きくしたり体を震わせたりと言葉には出さずともショックを受けた様子であった。
「貴様の所業も目に余るが、ひとまず目を瞑ろう。しかし、最高神どもが揃いも揃ってそのような事をするとは」
「クラウン様、どうしやしょう」
二人はルナリアの為に怒りを湛えていた。
「俺がした事も許されることではない、けれど今はルナリアの安全を優先させてくれ。それらが終わったら必ず償いをする」
「お前からの償いについてを決めるのは俺ではなくルナリアだ。だが、他の者に関してはその限りではないだろう。天上神然り、海底界の神ども然り」
「許せないでやんす!」
シェイプが鼻息荒く抗議するようにクラウンの肩で跳ねている。
「それでそちらの話も教えてもらえるとありがたい。ルナリアが海底界から逃げ出し、今まで何をしていたのか」
俺が先に話したからか、クラウンは今度はすんなりと話をしてくれた。
とは言うものの、ほとんどシェイプが話しをしてくれたのだが。
(何故今まで見つからなかったのか。この二人が手助けしてくれていたなら、納得だ。ルナリアだけでは逃げることなど出来なかっただろう)
だからこそこいつらの素性が知りたい。
普通の者なら最高神からの反感など買いたいとは思わないだろう。
最高神など恐れもしない無知なるものか、それとも最高神に逆らってでもルナリアを守りたいと思う強い意志があるのか。
(まだまだ分からない事だらけだな)
ルナリアに関しては信用するが、それ以外ではもう少し探りが必要そうだ。
◇◇◇
しばらく空を飛んでいくと華やかな建物が見えてくる。
「追われているという立場でこんな目立つ所に泊まっていたとは」
大きく、そして立派な建物に思わず目を瞠る。
「お嬢さんの為でやんすよ、そこらの宿じゃあ逆に破落戸に狙われちまいやすからね」
「それに安宿ではしっかりと休めまい。大事な身体だ、無理させるわけにはいかぬだろう」
シェイプとクラウンは思った以上にルナリアを大切にしてくれていたようだ。
嬉しい反面、釈然としない気持ちもわいてくる。
「何故お前らはルナリアの為にそこまでする。彼女はお前たちにとってただの他人であろう」
ルナリアを助けたことでこいつらに得があるとは思えない。見返りを求めているとしか考えられないのだが。
「あっしらはただ身重のルナリア様が心配だったから保護しただけでやすよ、ねぇクラウン様」
「……あぁ」
シェイプはともかくクラウンにはまだ裏がありそうだ。
だがここで余計な言い合いをしてルナリアに会うのが遅くなるのは避けたい。
いずれにしろルナリアに会って話をすればこいつらの言う事が本当かどうか、信頼に値する者達なのかの判断もつくだろう。
建物の中に入れば見た目を裏切らない内装と、そして守衛だろうか。武器を携帯した者達が一斉にこちらを見る。
しかし一緒にいるクラウンを見てすぐさま視線をそらし、道を開けてくれる。
(人間に引けを取ることはないが、普通の者であれば太刀打ちするのは困難か)
放つ気や体格から見て、確かにただの破落戸風情がここを超えることは出来なそうだ。
「行くぞ」
クラウンは守衛たちを一瞥することもなく、堂々と奥へと進んでいく。俺達もクラウンの後ろをついて歩くが、なかなかに広くそして複雑な構造に、驚いた。
ただ侵入したのでは迷いそうなつくりは明らかに普通のところではない。
「よくこんなところに泊まるような金があったな。人の世界では金が全てだろう」
詳しい話は知らないが、人の世では貨幣が必要だ。神界でも宝石などは貴重だが、一種のステータスで、命程の価値はない。
人の世では時に命よりも重いというが、それを一体どうやって手に入れたのか。
「偶々手にしたからな。有効活用させてもらっている」
「そうか」
そう言えば屋敷を一つ潰したと言っていたが、もしかしてそこから……まぁ今は関係ない話だな。
そうこうしているうちに一つの部屋の前に着く。
「ここにルナリアがいるのか」
期待と焦燥で鼓動が早くなる。
クラウンがドアの前に立ち、振り向いた。
「わかっているとは思うが、ルナリアを傷つけるようなことをすれば今度こそ容赦しないぞ」
「勿論だ」
クラウンがしばし俺を睨むが、ふっと視線を下げる。
「何?」
何かを言ったようだが聞こえない。
俺の言葉を無視して、クラウンがドアを軽く叩く。中からルナリアの声が聞こえ、俺の鼓動が一気に早くなった。
「……どなたですか?」
「俺だ、クラウンだ。今戻った」
その言葉を受けて鍵を開ける音が聞こえる。
俺は逸る気持ちを抑えられず、クラウンを押しのけてドアへと近づいた。
「ルナリア!」
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