第63話 疑念と不信
「さあお嬢さん、ゆっくりと休んで、たくさん食べてくださいね」
笑顔でクラウンはテーブルの上に大量の果物を勧めてくる。
わたくしは置かれた果物を見ながら、どうしたものかと背もたれに軽くよりかかった。
お腹が大きくなってきたため、普通に座るのが苦しい。
(あれから数日経つけれど、クラウンはいつも通りね)
まるで何もなかったかのように振る舞っており、怖いくらいに変わっていない。
屋敷から出たわたくし達は、あの後街の方へと移動し、今はとある宿泊施設でお世話になっている。
最初はたくさんのお金が必要になると心配したのだが、クラウンが大丈夫だからと言い、数日留まることとなった。
「お金の事は考えなくていいでやすよ、迷惑料を頂きやしたからね。それにこんなにお腹が大きくなってきやしたからね、動き回るのはお腹の子にもよくないでやすよ」
そう言われ、わたくしは引き下がるしかなかった。
クラウンの言う通りで、日に日にお腹は大きくなっていて動くのが辛くなっている。宿泊先の人達も心配そうな目を向けてくれたのだが、わたくしと話すことはなかった。
「彼女の世話は俺がする。必要な時だけ呼ぶから近づくな」
そう言って人払いをされてしまい、接触することを禁じられてしまった。
そうして入浴や着替え以外の事はクラウンがしてくれるようになってしまった。
正直戸惑いしかなく、かと言って他に頼る者もない為にどうしたらいいかわからない。
「どうしやした? こちらは嫌いでやしたか?」
わたくしが言葉も発せず、手も伸ばさないからからか、クラウンが心配そうな表情をして覗き込んでくる。
「……ごめんなさい、今は食欲がなくて」
「それはいけやせんね、じゃあ食べられそうなものはありやすか? あっしが何でも調達してきやすから」
クラウンは面倒だとか嫌そうなそぶりも見せず、ただただわたくしの為に動いてくれる。
その様子が実に恐ろしい。
彼は何故わたくしの為にここまでしてくれるのか。
親切なだけ、では済まされないほど尽くしてくれている。
(彼は何でわたくしをここまで守ろうとしてくれるのかしら)
あの火事の詳細について、クラウンの口からいまだ聞く事が出来ていないでいる。
聞こうとしても彼ははぐらかすばかりで何も言ってくれないし、常に監視されて他の人に聞く事も出来ない。
考えれば考えるほどおかしい事ばかりで、クラウンへの疑いの心が強くなる。
(彼の目的は何だろう。そしてクラウンは本当に人間なの?)
屋敷から出た後、彼はわたくしの手を引いて平然と空を歩いて見せた。
魔法の力かもしれないが、それなら今まで何故秘密にしたのだろう。
(わたくしに言う必要がなかったからかしら)
そういう可能性もあるけれど、ドアを開けろと騒いでいた男たちが一瞬にして静かになったのも気になる。
何故急に屋敷が燃えたの? そしてあの屋敷にいた人間達はどうなったのかしら。
クラウンは動揺することもなくわたくしを連れて外に出たけれど、燃えることを知っていたという事かしら。
手際が良すぎて、もしかしたら彼があの屋敷を炎上させたのかもしれないと思った。
そうであれば彼は相当な力を持っているという事になる。
(降ってわいた迷惑料についても気になるわ)
それまではお金がないと言っていたのに、ここに来ての急な収入。いくら世間に疎いわたくしでも何かあったと思わざるを得ない。
違和感は他にもある。
出入りす人に見せる目の冷たさやそして口調、もいつものものではないばかりか人を使う事に慣れた話し方であった。
それはリーヴやルシエルお兄様と同じような威圧感を放っている。
(彼はもしかしてお兄様のような立場の人だったの?)
それは考えすぎかもしれないけれど、わたくしはクラウンの事を何も知らないから何ともわからなかった。
何故普段は道化の格好をするのかも。
今やクラウンは道化の格好をしておらず、その見た目は普通の人間のよう、いやこれまで見てきた人間達の誰よりも整っている。
急に道化の格好をやめたのも気になった。
……考え込みすぎて頭が痛くなってきたわ。
「ごめんなさい、今は食べる気持ちになれなくて……申し訳ないけれど少し休ませてもらっていいかしら」
「確かに、顔色が悪いでやすね」
彼は人を呼び、大量にあった果物を下げるように命令をした。
「これらを片付けてくれ、また必要な時は声を掛ける」
その口調も顔もわたくしに話す時とは違う、まるで別人のように思えた。
綺麗に片付けられ、人がいなくなるとクラウンの口調も表情もいつも通りになる。
「あっしは部屋に戻りやすが、何かあればいつでも呼んでくださいね」
「えぇ。ありがとう」
心配そうな顔をしたクラウンは、名残惜しそうにしながらも部屋の外に出る。
ようやく一人になれ、ほっと溜息をついた。
「悪い人ではないし、こんなにもお世話になっているのだけれど」
心がざわざわし、落ち着かない。
時折見せる鋭い瞳はいつものクラウンと違う人のように感じて、怖いと思えてしまった。
このままここにいていいのだろうか?
「ソレイユ……ルシエルお兄様」
窓から見る空は厚い雲に覆われており、今にも降り出しそうな模様である。
あのまま海底界にいるよりは今の方が精神的には良いのだけれど、結局思うように進むこともなく、二人に会う事も出来ないままだ。
日に日に大きくなるお腹と共に不安な気持ちも大きくなってしまった。
「助けて、ソレイユ……」
大声でそう叫べたらどれだけいいだろうか。
どうにも出来ない状況と時だけがただただ無為に過ぎていく。




