第62話 事実と実情
「そろそろ行くか」
「はい」「……はい」
俺の言葉に迷いなく応えるアテンと、不承不承といった感じの返事をするニック。
納得はしていないようだがいつまでも構ってはいられない。
海底界の者達よりも先にルナリアを見つけないといけないのだから。
(伯母上には悪いがここで黙って待っているだけなど出来ない)
二界の揉め事もあるし、こちらにかまけてばかりもいられないだろう。
そうしてここを発とうとしたしたその時、俺を呼び止める声がした。
「待って下さい、ソレイユ様」
従姉妹のエリスだ。
(何故彼女がここに?)
ニックが安堵するのが横目で見えた。恐らく俺を説得するようにとでも頼んでいたのだろう。
「悪いが急いでいる、君とは話している時間はない」
そう言って話を遮ろうとしたのだが、エリスは俺の腕を掴み強引に引き留めてきた。
「離せ。俺は今すぐいかなくてはならないんだ」
「急ぐ気持ちはわかりますがお待ちください。大事な話がありますの」
振りほどこうかと力を入れるが、エリスも負けじと力を込めてくる。
このまま力任せに腕を振るっては彼女を傷つけてしまうと思い、仕方なく力を緩めた。
「一体何だ? ここまでして引き止めるとは余程大事な話という事か」
エリスは大きく頷いた。
「実は地上で不審な事があったのです。とある人の街で突如火災が起き、屋敷が一つ失われたそうです。そこにはなかなかの富豪が住んでいたらしく、魔法を使える者達も沢山いたそうですが……」
「人同士で何らかのトラブルでもあったのではないか。あいつらは争いが好きだと聞くからな」
「いえ、それがどうやら人ではないものが関与しているようで、不穏な力の残滓があったのです。今は調査中で詳しくわかってはいないのだけれど、人間のものではないと確かだそうです」
「人ではないならば神か神人、あるいは外敵の仕業か。その屋敷にいた人間がいずれかの輩に余計な事をしたのではないか?」
基本神や神人は人に干渉しないし、外敵達も街の中までは現れない。
しかしそれらの事もゼロではないので、何とも言えないな。数は少ないがそういった事例も聞いてはいる。
「その可能性は高いですが、そんな中生き残った者達が気になる話をしていたのです。それをソレイユ様に伝えたかったのですが」
「……なんだ?」
「屋敷が燃える前に招き入れていた者たちがいて、火事はその者たちの仕業だと言う証言が出ました。一人は道化師の男で、もう一人は人間とは思えない美しさをもつ女性だったと」
人とは思えない女性?
「まさか、その女性がルナリアだとでも言うのか?」
「見たわけではないから断言はできないけれど、その女性は銀髪だったそうですよ。そして明らかに身分が高いだろう容姿をしてたと」
「ルナリアだと言うには決定打にかけるな……しかし興味深い話だ」
もともと行くあてもなかったし、駄目で元々だ。
些細なことでも手掛かりがないか、確認に行ってみるべきだろう。
「だが、男と一緒だといったな……一体どういう事だ?」
海底界の者達から逃げる時にでも知り合ったのだろうか。
「詳細はわからないけれど、この道化師の男が何やら奇妙な力持つそうで、屋敷の女主人をその力で殺したそうです。でも死体がないから何ともわからないのですよね」
奇妙な力を持つ道化師の男、しかもその力は人外のもの。
(もしも共にいるのがルナリアだとして、一体何故そんな男と一緒に?)
ルナリアもその火事に関わり、他者を傷つけたのだろうか。
そんな事をするわけがないとは思うが、何らかの事情がある可能性はある
考えてもわからない事だらけだ。
「それと、他にも情報がありまして」
エリスは言いにくそうに口ごもる。
「どうした?」
「その銀髪の女性は、どうやら妊娠していると」
心臓がドクンと波打ち、頭に血が上る。
「それは、本当なのか……?」
「生き残った使用人の話では」
それは本当に、ルナリアなのか?
「件の女性がルナリアさんかはわかりませんが、もしかしたらと思って伝えておこうと思ったのです。ソレイユ様はここを出て行ってしまいますからね」
ようやくエリスが手を離してくれた。
「エリスは俺を引き留めに来たのではなかったのか?」
「私ではあなたを止められませんもの。ならば少しでも情報を提供し、愛する女性と会えたらと思ったの。けれど、このような情報だから、伝えようかどうしようかと悩みましたわ」
「いや、情報は助かる。それにルナリアではない可能性もあるからな」
だが万が一ルナリアだとしたら、俺はどのような気持ちで接したらいいのだろうか。
(一緒にいるという男は一体誰なんだ、それにお腹の子は一体誰との子だ)
どろりとした嫌な感情が体の奥底から湧き上がってくる。
「もしもルナリアさんであったならば、きっと何らかの事情を抱えているはず。だからソレイユ様、彼女の話をよく聞いてあげてくださいね」
俺の感情を読んだのか、エリスが心配そうな目で見つめてくる。
「……当然だ。ルナリアは俺の最愛だから」
そうだ何があろうと彼女を支えると決めたのは俺だ。
ならばルナリアに聞く前から決めつけるような事をしてはいけない。
(その連れの男がルナリアの伴侶だとしても、彼女が幸せならば身を引こう)
幸せであれば、それでいい。
天空界で彼女を守れなかった俺に文句を言う資格などないのだから。
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