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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
40/47

40.女子っぽいことします

黒いパソコンキーボードの盤上を、白くしなやかな指が軽快に踊る。カタカタとリズミカルにタイピングしていた陽奈が、最後の仕上げと言わんばかりにEnterキーをパチンと叩いた。


「ふぅ……」


お小遣い稼ぎ感覚でリリースしたアプリに発生したわずかなバグ。陽奈がしていたのはそのデバッグ作業である。


エンジニアが半日ほどかけて行う作業を一時間程度で完了させた陽奈は、書きかけの小説を進めるべく文書ファイルを開いた。と、そのとき──


ベッドの上に投げ出していたスマホが「ピロリン」とかわいく鳴いた。LIMEのメッセージが届いたようだ。


ベッドからスマホを拾いあげLIMEを開く。メッセージは樹里からだった。



樹里『陽奈おつー。何してる?』


陽奈『パソコンで作業を少々。どうしました?』


樹里『今度の土曜日、うちでお泊まり女子会しない?』


陽奈『お泊まり女子会……ですか』


樹里『うんうん。咲良と葉月、晶が来るから、陽奈もどうかなって』


陽奈『多分……大丈夫だと思いますが、一応お母さんに聞いてみますね』


樹里『おけー♪ 陽奈のお友達の沙羅ちゃん? も誘っていいよ?』


陽奈『別に友達では……。というか、あの人は多分誘っても遠慮して来ないと思いますよ? 独特な推し活の美学があるらしいので』


樹里『そ、そうなんだ。じゃあ、とりあえずお母様に聞いてみてね』


陽奈『わかりました』



やり取りを終えたスマホをベッドの上へポンと投げた陽奈は、先日沙羅と会話した内容を思い返した。


どうやら、あの夏祭りに彼女も来ていたらしく、「もしかしてジュリさんと一緒にいた?」と聞かれたため「はい」と答えた。


樹里のファンならなぜ声をかけなかったのかと疑問をぶつけたところ、推しのプライベートを邪魔したくなかったとのこと。


いつも騒がしくヒステリックなところもある彼女に、そんな配慮ができたのかと驚いたのを覚えている。


でも、思い返せば家を飛び出してしまったあのとき、落ち着かせようとココアを買ってきてくれたり、そっとハンカチを差し出してくれたりしたな。


もしかすると、あれが彼女の本当の姿だったのかもしれない。


一階へ降りてリビングへと向かうと、母親が一人でテレビを観ていた。人気男性アイドルグループのメンバーが出演しているドラマのようだ。


「お母さん。次の土曜日に樹里の家へ泊まりに行ってもいい?」


「泊まりに?」


「お泊まり女子会するんだって」


「へー、いいわね。樹里ちゃんなら安心だし、もちろんいいわよ。樹里ちゃんにわがまま言って迷惑かけちゃダメよ?」


「私、わがままとかあまり言ったことないと思うんだけど」


唇をかすかに尖らせる陽奈の様子に、葉子がクスリと笑みをこぼした。


「そうね。でもあんた、樹里ちゃんのことめちゃくちゃ大好きだし信頼もしてるでしょ? そんな相手にならわがままも言えるんじゃないかと思ってね」


「いや、言わないし」


「ふふ……あ。土曜日はお母さんも友達と会う約束あったんだった」


「そうなの?」


「うん。キャシーが仕事でこっちに来るみたいだから、ちょっとお茶してくるよ」


陽奈がアメリカ時代の記憶を呼び起こす。キャシー……ああ。目つきが悪くて胸がめちゃくちゃ大きかったあの人か。


「あ。樹里ちゃんにはいつもお世話になってるし、手土産買ってくるから忘れずに持って行ってね」


「わかった」


リビングを出て行く陽奈を優しい瞳で見送った葉子が、再びいそいそとテレビへと目を向ける。


が、わずかに目を離した隙に推しメンの出番が終了してしまったことに、葉子はがっくりと肩を落とした。



──週末の土曜日。


陽奈が十六時くらいに佐々本邸へ訪れると、すでに到着していた咲良たちは樹里の自室で思い思いにすごしていた。


「お、陽奈ちゃん来た」


「咲良さん、こんにちは」


ベッドに腰かけて読書していた咲良がにこりと笑みを向ける。


「やっほ陽奈ちゃん」


「おつー。一人?」


ローテーブルのそばに腰をおろしていた葉月と晶が仲良く手を挙げた。


「葉月さんに晶さんこんにちは。一人ですよ?」


なぜそんなことを聞かれたんだろう、と陽奈が不思議そうに首を傾げる。


「運動会のときの友達……沙羅ちゃん? だっけ? 連れてくるかと思ってたー」


「あーしもー」


着替えの入ったバッグを床に置き、ローテーブルのそばへ座った陽奈は二人へジト目を向けた。


「白鳥さんは……ただのクラスメイトで、友達というほどでは……」


「そうなん?」


「はい。まあ……前よりはよく話すようにはなりましたが」


実はLIMEも交換しているのだがそれは言わない。


「ふーん。てか、運動会のときのあの子、めちゃヤバかったね。ビリからごぼう抜きだもん」


「それな。マジしびれたわ」


陽奈の脳裏に悪夢のリレーが蘇る。転倒して頭が真っ白になった彼女の耳に、沙羅が鼓舞する声ははっきりと届いていた。


ビリになった私を責めることなく、本当に全員をごぼう抜きして有言実行したクラスメイト。リレーのあとに「お疲れ様でした」と声をかけたものの、どうしてもっと違うことを言えなかったのかとあとから少し悔やんだ。


と、そこへ──


キッチンで夕飯の仕込みをしていた樹里が部屋へ戻ってきた。


「この時期になるやっぱ水冷たいわー。あ、みんなアレ持ってきた?」


おー、と返事する咲良や葉月を見て陽奈がキョトンとした表情を浮かべる。


「樹里、何か持ってくるものありましたか? 私、聞いてないような……」


「あ、陽奈はいいの」


樹里が陽奈の隣に腰をおろし、咲良と葉月、晶の三名はバッグのなかをゴソゴソと漁り始めた。


と、陽奈があることに気づく。一泊のはずなのに、なぜか皆んなバッグが大きい。いったい何を持ってきたのか。


咲良たちがバッグから取り出したのは、何かが入っていると思しき紙袋やビニール袋。


「それは?」


首を捻る陽奈の隣で、樹里がニヤリとイタズラっぽい笑みを浮かべる。咲良たちは取り出した袋をベッドの上に並べた。


「よし。じゃあ陽奈。お着替えしようか」


「……は?」


「咲良たちに、小学生のとき着てた服で捨てずにとってたやつ持ってきてもらったからさ」


「な、なぜ……?」


「それは、陽奈のかわいい姿を見たいから。さ、服脱ご」


着ていたトレーナーの裾をめくられ、途端に陽奈が慌て始める。


「ちょ、ちょっと樹里! いきなり脱がさないでください! 通報しますよ!?」


「あ、ごめんごめん。えーと、さすがに皆んなに見られながら着替えるのはヤだよね。私ら後ろ向いてるから、着替え終わったら言って」


あははー、と笑う樹里にジト目を向けつつ立ち上がった陽奈は、ベッドの上に並べられた三つの袋を見下ろした。


「はぁ……まあ、わかりました」


楽しみー、と言いながら樹里たちが背を向けたのを確認した陽奈は、小さく息を吐くと向かって一番左側の紙袋へ手を伸ばした。

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