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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
39/47

39.肌寒い季節になりました

あけましておめでとうございます。

寒い――


十一月に入り冬の足音が近づいてくるのをひしひしと肌で感じながら、盛川由美は足早に駅を目指した。


平日の水曜と金曜は塾の日であり、普段は母親が車で迎えに来てくれるのだが、出発してすぐに車が不具合を起こしたらしい。ロードサービスの手配などなんやかんやで迎えが遅れるとのことなので、それなら電車で帰ると徒歩で駅まで向かっている。


時刻はまだ十九時をまわったばかりだが、すっかり日は落ち空は黒い幕で覆われている。幸い、通っている塾から駅までは近く、あたりも明るいため恐怖は感じない。


そう言えば、何年か前にこのあたりで変質者が出没していたと聞いたことがある。何でも、塾帰りの小中学生女子に近づいてつきまとったり、体を触ったりしていたそうだ。考えただけで恐ろしい。まあ、その犯人はあっさりと捕まったみたいだけど。


まだ早い時間帯ということもあり、駅の周辺は大勢の人が行き来している。ふと、由美の視界に手をつないで歩く二人組の女子が映りこんだ。小学生の高学年と低学年に見える。おそらくは姉妹だろう。


由美の頭に、運動会の昼食タイムで葉月たちが話していたことが思い起こされた。何でも、神木さんとジュリさんはお出かけ時にはいつも手をつなぎ、ところかまわずイチャつき始めるとのこと。


たしかに、あのときも私たちの前で普通にイチャついていたな。本人たちにそのつもりはないのかもしれないが、百合好きの私にとって非常によいものを見せてもらった。控えめに言って眼福だった。


はぁ……。凄いなぁ、神木さんは。あんなに頭がよくて顔もかわいくて、しかもジュリさんや葉月さんたちのような友達もいる。


それに比べて自分は、そこそこの学力しかない。まあ塾の先生は、学力を誰かと比べるのは虚しくなるだけ、上を目指すのは大切だけど、誰かと比べてメンタルをやられるようでは本末転倒よ、なんて言ってたけど。


通っている『真学誠心スクール』で個別指導を担当してくれている先生は、教え方も上手だしこちらの相談にもきちんと対応してくれる。私が無謀にも神木さんと学力を比べて落ち込み、それでもメンタルをやられないのは塾の先生のおかげなのかもしれない。


私ももっと、沙羅ちゃんみたいにメンタル強くならないとな。運動神経にほぼすべての才能を極振りしたような友人の顔を思い浮かべた由美は、心のなかで小さく「がんばろ」と呟き駅ホームへの階段を駆けあがった。



――プリント用紙へ走らせていたペンを止めた白鳥沙羅が「ん~!」と大きく伸びをする。夕食後に自室で宿題に取り組むのが沙羅の日課だ。


沙羅の学力は五年生のなかで中の下、あたりである。スペックが運動神経に極振りされているため学力はあまり高くなく、かといって塾に通う気もないため成績は一向にあがらない。


短距離走に長距離走、走り幅跳び、水泳、野球、サッカーと何をやらせても、持ち前の運動神経で難なくこなすため、普通に考えればクラスの人気者になれそうだが、沙羅に限ってそれはない。


気分屋で天性の天邪鬼、すぐ感情的になり暴言を吐くなど、とにかく扱いが難しいのだ。しかも、クラスメイトに対し女王様気どりで高飛車な態度をとってしまうため、基本的に嫌われている。


ただ、先日行われた運動会のリレーでは、アンカーとしてビリからスタートし、ほかの走者をごぼう抜きして大逆転勝利を収めたため、一時的にヒーローになれた。あくまで一時的にだが。


「ああ~、もうやだ。面倒くさい。何で宿題なんてあんのよ」


ベッドへダイブした沙羅は、仰向けになったままスマホの画面を見つめた。その顔に、にへらとした恍惚な表情が浮かぶ。


スマホのホーム画面に表示されているのは、憧れの推し、ジュリとのツーショット写真。運動会の昼食後、お願いしたら快諾してくれたため、二人で写真を撮ってもらった。


ああ~……尊い……。ただただ推しが尊い……。ほんとありがたい……またこれで生きられる。


半身を起こしベッドへ腰かけた沙羅は、あの夢のようだった時間を脳内再生した。栗色のきれいな髪、美しすぎる顔、羨ましすぎるスタイル。いや、控えめに言って完璧すぎんか。


しばらく、目に焼きつけた推しの姿を脳内再生して浸っていた沙羅が、ふと目を伏せる。


それにしても、まさか神木がジュリさんと友達だったなんて。リレーのあと、その話を聞いたときは正直「何をバカなことを」と思ったものだ。


が、実際に二人は友達だった。現役JKのカリスマ読者モデルと小学生が、どこでどうつながって友達になるのか、不思議でならなかった。


神木を見るときのジュリさんの目、めちゃくちゃ優しかった……。神木も相変わらず無表情だったけど、どことなく嬉しそうに見えた気がした。


カリスマ読者モデルと天才少女。どう考えても、共通点はないように思える。でも、お互いが寄り添うようにしながら視線を交わしている二人をそばで見ていると、なぜかとても「しっくり」ときた気がした。


そこに、そうあるのが当たり前のような……うまく表現できないが、沙羅にはそう感じられたため、不思議と陽奈に嫉妬の感情を抱くことはなかった。


……ん? そう言えば、あのとき山里先生が青い顔してこっちをちらちら見ていた気がするけど、あれはいったい何だったんだろう? 咲良さん? と怖い顔したお兄さんを交互に見てた気がする。


咲良さんもジュリさんに負けず劣らず美人さんだったな。もしかして、咲良さんに気があるとか? だとしたら正直めちゃキモい。


「さて……宿題の続きやるか」


首を軽く左右に振った沙羅は、残りの宿題を片づけるべくベッドから腰をあげ学習机に向かった。



――たとえ旧いものであっても、いいものはいい。本当に魅力と価値がある「いいもの」は、いくら時代が移り変わろうが残り続ける。それは、日本の伝統文化を見ても明らかだ。


自宅のガレージで、愛車である旧型の日産スカイライン、通称「ハコスカ」のエンジンルームを見下ろしながら、風間マコトは「ふぅ」と小さく息を吐いた。


昭和四十年代にリリースされたハコスカは、今でも大勢の旧車マニアを熱狂させる人気車種である。手に入れること自体が難しく、市場では五百万円以上の価格で取り引きされるケースも珍しくない。


そんな旧い車を大金はたいて買うヤツの気が知れない、と誰もが思うだろう。それは正常な思考だ。旧車ゆえにエンジンやミッションは頻繁に不具合が発生し、街なかで突然エンジンが止まることもある。しかも、パワーステアリングではないためハンドルがクソ重く、何度も切り返さなくてはいけないときなどは最悪だ。


だが、ハコスカにはこうしたデメリットを帳消しにできるくらいの、圧倒的な存在感と魅力がある。独特の角ばった男らしいフォルム、L型エンジンならではの官能的なサウンド。乗り手の技術で大きく変わる乗り心地と走行性能。


きちんと手間暇かけてメンテナンスすれば、必ずハコスカはそれに応えてくれる。逆に、ぞんざいな扱いをすれば手痛いしっぺ返しを受け裏切られるだろう。いわば、気性が荒いじゃじゃ馬娘、といったところか。


胸ポケットから取りだしたタバコに火をつけたマコトは、工具箱の上へ置きっぱなしにしていた飲みかけの缶コーヒーへ手を伸ばした。


ホットを買ったはずの缶コーヒーはすっかり冷え、スチールの冷たい質感が手の平へ伝わってきた。飲みかけの冷めた缶コーヒーを喉へ流し込み、再びタバコを咥える。


紫煙をくゆらせるマコトの脳裏に、咲良の姿が浮かびあがる。あれほど、見た目と中身のギャップが激しい女はこれまで一度も見たことがない。


間違いなく「いい女」に分類される見た目に反し、気性は荒く口も悪い。しかも、何をしでかすかわからない怖さがある。あんな女とつきあい、仮に浮気でもした日には、間違いなくひっそりと殺されてしまうだろう。


とにかく気性が荒く扱いが難しいじゃじゃ馬娘。ぞんざいに扱えば手痛いしっぺ返しが待っている。なるほど、あいつはハコスカにそっくりじゃないか。そんなことを考えながら、マコトは思わず口元を綻ばせた。


作業用ツナギのポケットからスマホを取り出したマコトは、人気のSNS『glamorous』へログインし、タイムラインへざっと目を通し始めた。


基本的に自分から何かを投稿することはなく、もっぱら情報収集に使用している。仲間内でglamorousを日ごろから使っている者も多く、動向を把握するためにも必須のアイテムだ。


「ん?」


タイムラインで見つけた写真つきの投稿をタップする。アカウント名は『葉月☆限界突破ギャル』。


カラオケ店らしき店内でマイク片手に「イェーイ」と自撮りした葉月の写真が表示され、マコトは思わず苦笑した。


「変わんねぇな、あいつは」


地元では中学時代から有名なギャルで、かわいい後輩でもある。何度か誘われて、当時葉月と昌が所属していたロックバンドのライブへも足を運んだことがあるが、そのときの衝撃は今でも忘れていない。


あれだけの才能があるのに活かそうとせず、日々をいかに楽しくすごすかを考えているあたり、さすがは生粋のギャルといったところか。正直、もったいないとは思うが。


タイムラインをさらにさかのぼる。と、また一つ気になる投稿が目に飛び込んできた。何も写っていない、ただの真っ黒な写真を添えた投稿。どことなく不気味なものを覚え、投稿内容に目を通した。


『結局、何も守れなかった。己が不甲斐ないばかりに大切なものを守れず、むしろ傷つけることになってしまった。守ることはできた。助けることもできた。でも、結局守れず、助けられず、そこから目を背け何もしなかった。己のことばかり考え行動を起こせなかった。自分はいつから変わってしまったのだろう。己が情けない。消えたい』


悲痛……というか、ずいぶんとネガティブな投稿だなとマコトは感じた。


「助けられなかった……か」


丸いパイプ椅子に腰をおろしたマコトが口から紫煙を吐きだす。灰が足元に落ち、マコトは吸いさしのタバコをコーヒーの空き缶へとねじ込んだ。


助けられなかった……経験なら自分にもある。今でも、あのときのことを忘れたことはない。


中学にあがったばかりのころ。横断歩道で信号待ちをしていた俺の目の前で、小さな女の子が道路へ飛び出した。


あまりにも突然の出来事で、俺の体は硬直し何もできなかった。飛び出した女の子は間違いなく、猛スピードで迫る車に轢かれると確信した。


が、そうはならなかった。俺のすぐそばで同じように信号待ちをしていた女性が、女の子を助けようと道路へ飛び出した。


長く黒い髪が美しかったその人は、女の子の背中と後頭部をしっかりと抱きしめたまま、乗用車にはねられた。あとから知ったが、その女性がクッションになったおかげで、女の子は命を失わずに済んだそうだ。が、助けるために道路へ飛び出した黒い髪の女性は亡くなったらしい。


もし……あのとき自分が飛び出していれば、状況は変わったかもしれない。男の俺なら、女の子の手を掴んで間一髪引き戻せたのかもしれない。女の子を庇った女性の首根っこを掴んで引き戻せたかもしれない。


でも、それができなかったため、あの女性は亡くなった。そう、助けられなかったんだ。後悔するような人生を歩んできた覚えはない。が、唯一の後悔、心残りがあるとすればそれだ。


大きく息を吐いたマコトが再びポケットからタバコを取りだす。


もう、あんな思いはしたくない。目の前で助けられたかもしれない命を、みすみすと奪われるようなことは。


火をつけたタバコの煙を肺いっぱいに吸い込む。いつもと同じ銘柄のタバコなのに、今夜はやたらと苦く、きつく感じた。

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