25.戦場には行きません
「やっぱり人多いね」
「日曜日だしねー。次、ファッションビル行ってみる?」
SNSで一躍人気を博したお店のクレープを食べ歩きしつつ、由美と桃香は次にどこへ行こうかと思案していた。
都内屈指のオシャレな街、若者が集まる街としても人気のエリアは、休日になると酷い混雑を見せる。
現に今も、二人の視界は人、人、人で埋め尽くされている。二人は手に持ったクレープが周りの人にぶつからないよう、うまく隙間を縫いながら歩いていた。
「沙羅ちゃんも来られたらよかったのにねー」
「夏休みに遊びすぎなんだよ沙羅ちゃんは」
由美な呆れたような表情を浮かべる。本当は沙羅も一緒に遊ぶはずだったのだが、夏休みに遊びすぎたこと、宿題の一部を終わらせていなかったことを理由に母親からストップがかかったらしい。まあ自業自得だ。
もっとも混雑する通りを抜けると視界が開け、かなり歩きやすくなった。
「そう言えばさ、最近の沙羅ちゃん神木さんの悪口あまり言わなくなったね?」
「あー……言われてみれば……」
「ウザ絡みもしなくなったとゆーか」
「あまりにも相手にされないから諦めたんじゃない?」
由美がメガネを中指でスッとあげながら、何気に酷いことを口走る。
「あー、そういうことなのかな。沙羅ちゃんもさ、神木さんと仲良くなりたいなら素直にそう言えばいいのに」
「それができりゃ苦労しないよ。思ってることと行動が正反対になっちゃう子だから」
「あはは、分かる〜」
ポニーテールを揺らしながら桃香が愉快げに声をあげる。
「沙羅ちゃんは神木さんに親近感を抱いてるんだよ。だから本音では仲良くなりたいのに、素直じゃないからまったく進展しないんだよ」
「親近感?」
「二人の共通点は?」
「んー、友達が少ない?」
「正解。でも、神木さんの場合はそもそも人との関わりに興味がなくて、友達も必要ないと思ってるからいないだけ。沙羅ちゃんは単純に敵を作りやすく周りからも嫌われてるから友達がいない」
「似ているようで全然違うってことね」
「うん。まあ何にしても、沙羅ちゃんが神木さんと仲良くなりたいなら自分を変えなきゃね。もしくは、神木さんのほうから歩み寄ってくれたら状況は変わると思うけど」
「それはないんじゃない?」
「多分ね……ん?」
由美が視線を向ける先には、大勢の人が集まっていた。
「あそこってライブハウスだよね。開場待ちかな?」
「そうみたい……こっちから周って行こうか」
大通りからは逸れるが、裏路地を通ったほうが明らかに歩きやすそうだ。
二人はビルとビルのあいだの細い路地へと足を踏み入れる。大通りとは違い人通りは少なく、建物に挟まれているため昼間でも薄暗い。
「あ、桃香。前から人が来てる。左に寄ろう」
「うん」
前方からは四人組の女子がこちらへ歩いてきていた。中高生だろうか。全員が派手な髪色と服装をしている。いわゆるギャルというやつか。
由美と桃香は目をあわさないよう、やや俯き加減ですれ違おうとした。が──
すれ違う瞬間、由美の体が集団の一人とぶつかった。途端に怒号が飛んでくる。
「おいガキっ! 何ぶつかってんだよ!」
「……す、すみません」
肩をびくっと跳ねさせた由美と桃香が、すぐさま頭を下げて謝罪した。が、四人組が許してくれるような気配はなく、むしろ囲まれてしまった。
「すみませんで済みゃ世話いらねぇんだよ。とりあえずお前ら、財布出せ」
「逃げようなんて思うなよ? そんなことしたらどうなるか……」
年上の派手な女子数人に囲まれたうえに凄まれた由美と桃香は、完全に萎縮してしまっていた。二人とも膝がガクガクと震えている。
怖い……! どうしよう……いったいどうしたら……。
涙目になる二人に対し、四人組がさらに怒声を浴びせる。
「早く出せっつってゆだろうが! 痛い目に遭いてぇの?」
「あう……う……」
諦めた由美と桃香は、バッグのなかに手を入れ財布を取り出そうとした。そのとき──
静かな路地裏に、バタバタと激しい足音が響きわたった。騒がしい足音と、賑やかな話し声がどんどん近づいてくる。
「んもーー!! 何で電車の方向間違うんだよー!!」
「ごめんってー! あの駅乗り換えがめんどいんだよー!」
四人組のギャルたちが歩いてきた方向から、バタバタと足音をたてながら二人の女性が走ってきた。一人はウェーブがかかった長い金髪、もう一人は茶髪をハーフアップにしている。二人とも、四人組に輪をかけてさらにギャルだった。
異変に気づいたのか、二人組のギャルが足を止める。
「おいおい、こんな狭いとこで何やってんのよ。とりあえず邪魔だからどいてくんね?」
由美と桃香を囲んでいた四人組に、金髪ギャルが虫でも追い払うように「しっしっ」と手を振る。
「ああ!? 誰に口きいてんだてめぇ!」
四人組の一人が勢いよく噛みつき返す。
「いや、お前らに言ってんだよ。邪魔っつってんだろ?」
前髪をゴムで縛ってでこ尻尾にしたギャルの顔が怒りからか赤く染まる。今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。
「さけんなっ! ぶっ潰してやる!」
「お、おい! やめろ!」
四人組のうち三人が、でこ尻尾のギャルを制止した。なぜか三人とも顔色が悪い。
「ああ? 何で止めんだよっ」
「バカっ! おめぇ知らねえのか。あの二人、葉月さんと晶さんだぞ」
耳打ちされたでこ尻尾ギャルの顔がみるみる青くなる。
「は、葉月さんと晶さんって……あの、加賀美二中で伝説のヤリマ……じゃなくてギャルと言われた……?」
「ああ……あの二人か声かけてみろ。このあたりのギャルというギャルが集まるぞ……!」
完全に戦意喪失したでこ尻尾ギャルの足がガクガクと震える。そして、四人は一列に並ぶと「すみませんでした!」と頭を下げ、一目散に逃げ去ってしまった。
一方、一連の出来事を眺めていた由美と桃香は呆然とした表情を浮かべている。安堵したからか、二人の目からは涙がこぼれた。
「ったく……何だったんだあいつら……って、どうしたん? まさかあいつらに何かされたん!?」
「マジか! 今から追いかけて殴るか?」
泣き始めた二人を見てあたふたし始める葉月と晶。
「ち、違うんです……! 安心して……」
「そ、そっか。それならいいけど」
「あ、あの。助けていただいてありがとうございました」
由美と桃香がていねいに腰を折る。
「ああ、気にしなくていいよ。ここらにはあーゆー頭の悪いギャルも多いから気をつけなよ?」
「はい。ありがとうございました」
「うんうん……って晶、ヤバい! もうこんな時間!」
スマホを見た葉月が青い顔で叫ぶ。
「マ!? はよ行かんと! 樹里と陽奈ちゃん待ってるぞ!」
「だな! じゃあ二人とも、気をつけてね!」
肩越しに手を振ると、ギャル二人は再び慌ただしくバタバタとその場を立ち去った。そして、嵐が去ったかのように路地裏は静寂を取り戻した。
由美と桃香が顔を見あわせ、同時に大きく息を吐く。
「よかった……てか怖かった……」
「だね……」
膝はまだかすかに震え、胸のドキドキも止まらない。由美はギャル二人が走り去った方向へ目を向けた。
「ねえ、あの助けてくれた人たち、ジュリとヒナって言ってなかった?」
「あ、それは私も何となく気になった。どっちも沙羅ちゃんの推しだね」
「うん……偶然かな?」
「偶然でしょ。ジュリさんはともかく、神木さんに年上のギャル友達がいるとは到底思えないもん」
「そう……だよね」
由美は胸のなかでもう一度ギャル二人にお礼を述べると、「行こ」と桃香の手を取って走り始めた。
──敵は……五人。でも、一人ずつなら排除できる。
スコープの向こう側に敵兵の姿を確認した陽奈は、そっと銃のトリガーへ指をかけた。
まだだ……もっと引きつけないと。先に撃てばカウンタースナイプを喰らうおそれがある。
「陽奈……来るよ。いける?」
「ええ……」
樹里と呼吸をあわせた刹那、敵兵がこちらへ向かって突撃してきた。よし、今だ。陽奈が敵兵に照準をあわせトリガーを引いた。突進してきた兵士が膝から崩れ落ちる。
「樹里、そちらはお願いします」
「任せて!」
樹里がマシンガンで敵兵を一掃した。よし、道が開けた。
「私が突入します。樹里は援護を」
「オッケー……あ、陽奈!」
「……!?」
建物の陰から数人の兵士が現れ、何かを投げてきた。
「ヤバい陽奈、手榴弾だ!」
「く……! まだ……まだ終わらんよ……!」
「名言キタコレ!」
が、手榴弾に気を取られているあいだに、陽奈はスナイパーの射程距離に足を踏み入れていた。乾いた銃声が響き、陽奈が銃弾に倒れる。
「ひ、陽奈ああああ!!」
「……樹里、私はもうここまでです。グッドラック」
戦場に一人取り残された樹里は、限られた装備を最大限活かし孤軍奮闘の戦いぶりを見せた。が、衆寡敵せず。
最後には四方八方からの砲撃と銃撃を受け、戦場の土を舐めることになった。そして、モニターに表示されるゲームオーバーの文字。哀愁漂うBGMが何となく癇に障った。
樹里たちがいるのは都内有数の規模を誇るゲームセンター。二人が遊んでいたのは、兵士となってミッションをクリアするタイプのシューティングゲームだ。二人協力プレーもできることから大人気のゲームである。
「ああーーーー! 悔しい! もう少しでこのステージはクリアだったのに……!」
ブースに座ったまま樹里がワナワナと全身を震わせる。本当に悔しそうだ。
「いや、そもそもこのゲーム設定がおかしいですよ。何で敵は一個中隊規模なのにこっちは二人なんですか。無理がありすぎます」
表情こそほとんど変わらないが、その声色には悔しさが滲んでいた。
「あはは……まあたしかにね。どう、楽しかった?」
「ええ。でも、私には戦闘のセンスはないようです。だから戦争になっても絶対戦場へは行きません」
陽奈の言葉に、ブースへ座ったままの樹里と、そばで見学していた咲良が声をあげて笑った。
「まあ、どちらかというと陽奈ちゃんは軍師とか参謀だよね」
「そうそう。天才軍師神木陽奈」
楽しそうな二人へ陽奈がジト目を向ける。と、そこへ──
「ごめんごめん、遅くなっちゃった!」
「ごめーん!」
賑やかなギャル二人がやってきた。走ってきたのか、二人とも肩で息をしている。
「遅かったじゃん。何かあったん?」
「ごめんごめん樹里。あたしが電車乗り間違えちゃってさ」
ゲームブースから出てきた樹里に葉月が両手をあわせる。
「とりあえずガンダして疲れた……あ、もうプリ撮った?」
「まだ。お前らがくんの待ってたんだよ」
バッグから鏡を取り出してメイクをチェックしている晶の横腹を、咲良が指の先でズビシッと突く。
「ひゃっ! やめろし咲良! もう……。よし、じゃあプリ撮り行こうよ!」
「だね。さっきはまあまあ混んでたけど、今どうだろ?」
「最新の機種はどうしても混むからな。とりあえず行ってみるか」
ぞろぞろとプリクラコーナーへ移動する樹里たち一行。カリスマ読モに将来性抜群の美少女、和風美人、ゴリゴリのギャルの組みあわせは嫌でも目立つ。
ちらほらと投げかけられる視線を何とかかいくぐりながら、プリクラコーナーへとたどり着いた。
「お。空いてんじゃん」
「じゃん」
時間の関係なのか、先ほどとは打って変わり人はまばらだ。
「とりま全員で撮る?」
「うん。私と陽奈は二人でも撮りたい」
提案する晶に樹里がVサインを突き出す。
「や、あたしらも陽奈ちゃんとツーショ撮りたいし」
「あーしもー」
「私も撮るぞ」
そんなこんなで、まずは五人で撮ってそれからツーショットで撮ることにした。
初めて入るプリクラのブースが珍しいのか、陽奈がきょろきょろと視線を巡らせている。
何度か撮り直ししたデータを、葉月と晶のギャルコンビがモニター上で装飾し始める。さすがに慣れたものだ。
「おっし。盛れた!」
満足いく出来栄えだったのか、葉月が小さくガッツポーズした。完成しプリントアウトされたものをみんなで確認する。
「いんじゃね」
「だね」
「あとで切り分けようか。んじゃツーショ撮ろうぜ。樹里、先に陽奈ちゃんと撮ってきなよ」
「オッケー。行こ、陽奈」
「はい」
再び樹里と陽奈がブースに入る。
「どう? 初めてのプリクラ」
「そうですね、スマホとアプリで同じようなことはできそうですが……これはこれで面白いです」
「でしょ? えーと、モードを設定して……っと。よし」
いくつかポーズを変えつつ撮影しデータを確認する。
「……さっきも思ったんですけど、ずいぶん違った感じに撮れるんですね」
「最近のプリってかなり盛れるからねー。盛りすぎて「誰!?」ってなることもよくあるよ」
タッチパネルを操作しながら樹里が笑い声をあげる。
「よし……どう、陽奈?」
「目が大きい……肌も白い……してないのにメイクしてるみたいですね」
「だね。文字も入れちゃおう」
タッチペンで「ジュリ」「ヒナ」と書いた樹里が陽奈に目を向ける。
「ほかに何か書く?」
「普通はどういうこと書くんですか?」
「いろいろだと思うよー。学校名とか部活名入れる子もいるし、好きな子の名前とか「○○ラブ!」とか」
「最後のはかなり恥ずかしいですね」
「あはは。たしかに……じゃあ、こんなんどう?」
樹里が再びタッチペンをパネル上に這わせ始める。陽奈が見守るなかで樹里が書いた文字。
『ずっと一緒』
パネルを見ていた陽奈の頰が、ほんのわずか紅潮した。
「これでいい? 陽奈」
「……はい」
「あれ? もしかして照れてる?」
「照れてないです」
口元をにやけさせた樹里を、陽奈がジロリと見上げる。
「うっそだー。照れちゃってもう、かわいいなぁ陽奈は」
「そんなこと言う人にはお仕置きです」
陽奈が樹里の脇腹を手でさわさわと触った。
「ひゃっ!? んもーっ! やったなあー?」
体をビクンと跳ねさせた樹里は、陽奈の両脇に手をやりくすぐり始めた。
「や、ちょっと! 樹里、や、やめてください! ああーっ!」
「ほれほれ。ここがええんやろ?」
ニヤニヤとしながら陽奈をくすぐり続ける樹里。
「こ、この変質者! やめっ……あう……あはははは!」
遂に我慢できなくなり陽奈が声をあげて笑い転げ始める。と、そこへ──
「おーい。いつまで二人でイチャついてんだー?」
いつのまにかブースのカーテンが開けられ、咲良や葉月、晶がニヨニヨとしながら二人を見ていた。
「「あ……」」
恥ずかしさで頰を赤く染めてゆく樹里と陽奈を、咲良たちは飽きることなく眺め続けるのであった。




