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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
22/47

22.警察から呼び出しきたんだが?

長い夏休みが終わり新学期が始まった。毎年始まる前は長いと思うけど、始まったらあっという間に過ぎちゃうんだよな。


退屈な始業式を終えた樹里は、一人電車に揺られながらスマホの写真フォルダを整理していた。


あ、この陽奈かわいいな。お気に入りに入れて……っと。スマホのなかでは、スクール水着姿の陽奈がカキ氷を片手にこちらを見ていた。


あー、夏休み楽しかったなぁ。陽奈とお祭りや海にも行けたし。私の陽奈コレクションもだいぶ充実してきたな。思わず顔がニヤけるわ。


てか、小学生女児の写真見てニヤけるって、私かなりヤバくない? や、同性だしJKだし問題ないよね?


と、そんなことを考えていると──


「……ん? LIME届いてる」


メッセージの主は、ガルガル副編集長の明日香だった。えーと……何々?


メッセージを読み進める樹里の顔が次第に紅潮し始める。スマホをもつ手も小刻みに震え始めた。


マ……マ……マ……


「マ!!!??」


電車のなかだということを忘れて、思わず大声を出してしまう樹里。周りにいたサラリーマン風の男性や制服姿の学生たちが、ぎょっとしたように樹里へ一斉に視線を向けた。が──


今の樹里にはそんなことどうでもいいことだった。



──早く秋になればいいのに。そんなことを思いつつ、自室に入った陽奈はエアコンの電源を入れた。


冷たい麦茶を入れたグラスをローテーブルへコトンと置くと、ランドセルを学習机の横にかけ、そのままベッドへボスッとダイブする。ああ……明日からまた退屈な授業が始まるのか。ベッドの上でゴロリと仰向けになり目を閉じる。


闇夜を鮮やかに染めた大輪の花火。チョコとバナナの絶妙なハーモニー。初めての海水浴とボール遊び。


目を閉じると、楽しかった夏の思い出が鮮やかに蘇ってきた。大切な友達とすごす初めての夏休みは、とにかく刺激的で楽しかった。


その夏休みが終わりを迎えた。ベッドから降りようと半身を起こした際のギギッ、という軋み音がなぜかやたらと神経を逆撫でする。


麦茶を飲もうとグラスに手を伸ばした。グラスの表面に浮きあがった水滴が、目の前でスーッと流れ落ちる。まるで、グラスが泣いているように見えた。


「はぁ……」


一つため息をついたまさにそのとき。ポケットに入れたままのスマホが着信を知らせるメロディーを奏でた。取り出したスマホの画面には樹里と表示されている。


「はい」


『もしもし、陽奈?』


「この電話に私以外が出たことあります?』


『もー、嫌味な言い方しないでよ。今、大丈夫?』


「いいですよ。何かありました?」


『あった! てか、んもう絶対の絶対に、まず陽奈に言わなきゃって思って電話した!』


「どうしたんですか?」


『何とね……『Lady ann』に掲載してもらえることになったんだよ! しかも表紙!!』


「レディー……アン? ファッション誌ですか?」


『うん! ガルガルの姉妹誌なんだけど、今まで表紙はプロのモデルさんとかタレントしか起用されなかったんだよ!』


「そうなんですか?」


『そうなの! 凄くない!?』


「凄いですね」


『や、リアクション薄っ! これってほんとに凄いことなんだよ?』


「樹里が凄いことはもともと知ってますから」


『……! そんな言い方ずるいよ〜』


一瞬沈黙した樹里が、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。声のトーンから喜んでいるのは間違いない。


「で、いつ発売されるんですか?」


『あ、えーと……何か急遽決まったみたいでさ。撮影は三日後、発売は二十日だね!』


「慌ただしいですね。とりあえず覚えときます」


その後、夏休みの思い出などを少し振り返りながら三十分ほど雑談し電話を切った陽奈は、スマホで学校からもっとも近い場所にある書店のウェブサイトへアクセスした。


月末の二十日は平日。できることなら、発売されたらできるだけ早く手に取りたい。


「ええと……オンライン予約は……ん?」


何と、このインターネット全盛の時代にオンライン予約ができないとか。仕方ない。学校帰りに寄って予約するか。


ベッドに腰かけたまま、ローテーブルのグラスへ手を伸ばす。エアコンの風を浴びたからか、グラスの表面はすっかり乾いている。どうやら涙は止まったようだ。



──はらわたが煮えくりかえる、なんて表現大袈裟だとずっと思ってた。それっていったいどんな状況だよって。でも、いざ自分がそういう状況に陥ったとき、はらわたが煮えくりかえるのを私はたしかに感じた。


「……いったい、どういうことですか?」


ガルガルの出版元、冬島出版のオフィス一角にあるミーティングスペースで、綾辻桐絵は絞り出すように言葉を発した。


「うーん……桐絵ちゃんには申し訳ないんだけど、向こうの編集長の意向でね……」


四角いテーブルを挟み向かいに座る副編集長、明日香が困ったような表情を浮かべた。


「……納得できません。そもそも、Lady annはプロのモデルかタレントしか起用しない方針だったじゃないですか」


「うん、そうなんだけどね。樹里ちゃんがガルガルに登場し始めてから、売上部数が相当伸びてるの。今やすっかりカリスマ読者モデルだし、レディーアンの編集部も彼女ならプロのモデルやタレントと十分わたりあえるって思ったんじゃないかなあ」


桐絵は膝の上で両拳を強く握りしめた。


「……で、私のレディーアン掲載はお流れですか」


「ごめんね。編集部としては、やっぱり勢いのある子を使いたいのよ。桐絵ちゃんは限りなくプロに近い女子高生モデルだし、タレントの卵としてメディアにも出てる。でも、レディーアンの編集部はそんな桐絵ちゃんより、樹里ちゃんに大きな可能性を見出したんだと思う」


あまりもの屈辱に桐絵の顔がぐにゃりと歪んだ。今すぐ大声をあげて叫びたかった。テーブルの上に置かれてるガルガルをビリビリに破いてやりたかった。


「ほんとにごめんね。桐絵ちゃんの家庭のことは知ってるし、何とか協力したいんだけど……。でも、必ずこの埋めあわせはするから。今回は納得してくれないかな?」


明日香に頭まで下げられ、桐絵は口をつむぐしかなかった。


「わかり……ました」


立ち上がり一礼した桐絵は、ツカツカとミーティングスペースを出て行き、真っ直ぐエレベーターへと向かった。


下唇を噛みすぎて痛い。今、私はどんな顔をしてる? 醜く歪んだままじゃないだろうか。


桐絵の頭のなかに、先ほど明日香から言われた言葉が何度もこだましていた。


『桐絵ちゃんより樹里ちゃんに大きな可能性を見出したんだと思う』


悔しい。悔しい。悔しい。


ジュリのことは知っている。中学生で読モデビューし、一時期表に出なくなったのにここ最近また露出が増え始めた読モだ。


栗色の髪、高校生離れしたスタイル、整った顔立ち。そして見る者を惹きつけてやまない独特の雰囲気。


カリスマ読者モデルと呼ばれるのも無理はない。が、あいつがやってるのはただの遊びだ。遊びの延長のお小遣い稼ぎだ。


たまたま容姿に恵まれて生まれてきただけで、何の努力もせずにチヤホヤされているだけだ。


私はあいつとは違う。モデルとして、タレントとして血の滲むような努力をしてきた。


遊びじゃないんだ。私はこの仕事で稼がなければならない確固たる理由がある。


レディーアンへの掲載が決まっていれば、ギャラもさらに上がったはずだった。本格的にプロのモデルへ、タレントへの道が開かれるはずだった。


それを、ジュリに台無しにされた。あの女は今ごろ笑っているだろうか。


落ち目の綾辻桐絵からレディーアンの表紙を奪ってやったと。いい気味だと。あの澄ました顔で、性格の悪さが滲み出た顔で高笑いしているだろうか。


気がつくと、桐絵の目からとめどなく涙がこぼれ落ちていた。エレベーターが地上へ降り扉が開くと、桐絵は胸のなかで悲痛な叫び声をあげながらビルの出口へ向けて駆け出した。



──またいつもの日常が始まる。夏休みがあけ、始業式の翌日からはいつも通りの日々だ。


ただ、今回は今までと違い、いつもの日常に戻る憂鬱さは少ない。理由は明解。昨日、明日香からもたらされた朗報だ。


「おおおおお! マ!? マ!? 樹里それマ!?」


葉月の賑やかな声が教室中に響きわたる。次の授業へ向けて予習していた真面目な生徒数名が、葉月へ迷惑そうな目を向けた。


「ちょっと葉月、声大きいって」


「あ、ごめん。でも凄いじゃん! レディーアンってプロのモデルとか芸能人しか表紙やったことないんじゃね!?」


葉月の隣で晶が「そうそう!」と合いの手を入れる。


「うん。今回もプロのモデル? タレントさんが決まりかけてたみたいなんだけど、レディーアンの編集長が私を推してくれたみたい」


「まあ、樹里ならそのへんのモデルとかタレントよりずっと華あるしな。やっと世間が追いついてきたか……」


なぜか得意げに語る咲良へ、葉月と晶がジト目を向けた。


「いや、何で咲良が偉そうなん?」


「なん?」


「私は昔から樹里の魅力をよーく知ってっからな。ぽっと出のお前らとは違うのさ」


ふふん、と鼻を鳴らす咲良に、ギャルコンビが「はぁっ!?」といきりたつ。そんな三人の様子に樹里は苦笑いを浮かべた。


「樹里、陽菜ちゃんには教えたん?」


ぷんすかと怒る葉月と昌を無視した咲良が樹里へと向き直る。


「うん、もちろん。『とりあえず覚えておきます』って」


「あ~……陽菜ちゃんらしいな」


「そうでしょ?」


先ほど樹里が口にしたセリフを、無表情のまま口にする陽菜の様子を全員が頭に思い浮かべ苦笑いした。



――どこから話が広まったのか、授業間の休み時間や昼休みにはよそのクラスから樹里を一目見ようと考える者が多く訪れた。


と言っても、直接話しかけるわけではなく、教室の出入り口や廊下側の窓からこっそり姿を見るだけである。


まるで動物園のパンダになった気がして、樹里はげんなりしてしまった。



「はぁ……誰よ、よそのクラスまで言いふらしたの……まあ聞くまでもないけど……」


下校途中、樹里からじろりと視線を向けられた葉月と昌の目が泳ぐ。樹里は内心「やっぱりか」と毒づいた。


「あはは……ごめんごめん。つい嬉しくってさ」


「まあいいけど……」


はぁ、と小さく息を吐いた樹里は、ポケットからスマホを取り出し時間を確認した。


「どうする? どこか寄って帰る?」


隣を歩く咲良が「いいね」と答え、葉月と昌も「さんせーい」と手を挙げた。


「じゃあ駅前の『Mag』でも行く? 何か新しいメニュー出たって」


Magは全国に店舗を展開しているハンバーガーチェーンだ。


「おっけー。ちょうどスマホ充電したかったし」


「葉月と昌は?」


「あたしらもおっけー!」


寄り道先も決まり、きゃいきゃいと姦しくしながら四人が歩道を歩いてゆく。と、そのとき――


スマホの着信音らしきメロディーが流れ始めた。全員が一斉にポケットへ手を突っ込みスマホを取り出す。


「あ。私だ……って、誰これ?」


樹里がスマホの画面を凝視しながら眉根を寄せる。表示されているのはまったく知らない電話番号。しかも固定電話の番号だ。


「レディーアンの編集部、とか?」


咲良の言葉に樹里が「そうかな?」と首を傾げる。不安になりつつも、樹里は通話ボタンをタップした。


「……もしもし?」


『もしもし。私、白河南警察署の香取と申します。こちら、佐々本樹里さんのお電話でよろしかったでしょうか?』


まさかの警察からの電話。樹里の全身に緊張が走った。いや、警察のお世話になることなんて何もしていないのだが?


「は、はい。佐々本樹里は私ですが……いったい何でしょうか?」


樹里は恐る恐る尋ねた。


『えーと、今こちらで神木陽菜さんを保護しているのですが』


ごおっと突風が吹き抜け、全員の長い髪が激しく暴れた。


「……は?」



――ややパニックになる樹里を咲良が落ち着かせ、とりあえず全員で白河南警察署へと向かった。


受付で事情を説明し、陽菜が保護されているという部屋へと案内してもらう。


「陽菜!」


簡素な部屋のなか、陽菜は椅子にちょこんと腰かけて座っていた。そばには、制服を着た四十代くらいの男性警察官と、おそらく二十代前半の女性警察官が控えている。


「佐々本さんですか? 私、お電話した香取です」


女性警察官がにこやかな笑顔で話しかけてきた。


「あ、はい。あの、これはいったい……? 電話では詳しいことは話せないと聞いたんですが……」


ちらりと見やった陽菜の顔は、どことなく不機嫌そうに見える。


「ええと、実はですね。神木さんがちょっと騒動を起こしてしまいまして……保護者の方にもお電話したんですが、仕事中でつながらず……神木さんが身元引受人に佐々本さんの名を挙げたのでお電話したんです」


「騒動……? 陽菜が何かしたんですか……?」


「はい。一時間半ほど前に、二丁目にある『ジャンク屋書店』で、高校生の女の子とトラブルになりまして……」


「トラブル……?」


「トラブルというか、神木さんから一方的に暴力を振るったとのことです」


樹里の顔が驚愕に染まる。背後に控える咲良や葉月たちも同様に驚き顔を見あわせた。


「な……何かの間違いじゃないんですか? 陽菜がそんなことするなんて……」


「いえ、それについてはご本人も認めています。通報した店長もそう証言していますし……」


樹里がよろよろと陽菜のもとへ歩みを寄せる。


「ひ、陽菜……ほんとに、ほんとにそんなことしたの……?」


かすかに震える声で陽菜に話しかけるが、ふいッと顔を背けてしまった。それは、都合が悪いときや図星をつかれたときに陽菜がよくとる行動だった。


「ただ、暴力を振るったことは認めているんですが、なぜそうしたのか理由をまったく説明してくれないんです」


やや困り顔で説明する女性警察官の言葉を聞き、樹里はなおさら困惑した。


「ねぇ、陽菜……どうしてそんなことしたの……?」


「……」


「陽菜、どうして……?」


「…………」


陽菜は何も言わない。ただ黙って明後日の方向を凝視し続けた。


「黙ってちゃ分からないよ、陽菜!」


堪らず樹里が叫ぶ。血相を変えた樹里の様子に、咲良たちが慌てて「樹里落ち着け!」となだめる。


と、陽菜がゆっくりと樹里たちのほうへ顔を向けた。そして、言葉少なめにこう口にした。


「バカにされたからです」


「……え?」


陽菜はそっと目を伏せると、再度口を開いた。


「バカにされて頭にきたんです」

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