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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
21/47

21.夏といえばこれだよね

「海、ですか?」


パソコンのキーボードを叩きながら陽奈が聞き返した。


『そうそう。やっぱ夏っていえば海だよねーって話になってさ。陽奈も一緒に行かないかなって』


スピーカーモードにしたスマホから、樹里の元気な声が流れる。


「うーん……海ですか……」


『海、嫌い?』


「眺めるのは好きですが……海水浴とかしたことないんで」


『あー、なるほどー。海楽しいよー? コムボートの上でぷかぷか浮いてるだけでも楽しいし。一緒に行こうよ〜』


エンターキーをパチンと叩いた陽奈は「ふぅ」と小さく息を吐くと、スマホのスピーカーモードを解除し耳へあてた。


「まあ、わかりました。でも、海までどうやって行くんですか?」


『やったー! えーと移動手段だけど、咲良の知り合いが車出してくれるみたい』


「そうなんですね」


『うん! 十時くらいに相生駅に集合しよかなと思ってるんだけど大丈夫そう?』


「大丈夫です」


『じゃあ、明日の十時にね! 着いたら電話かLIMEしてね!』


「わかりました」



電話を切った陽奈は椅子から立ち上がると、のろのろとクローゼットの前に移動した。


そう言えば、私スクール水着しか持ってないけどいいのかな? もしかしてめちゃくちゃ浮いちゃうとか。


樹里や咲良さんたちは絶対に華やかな水着を用意しているはずだ。そのなかにスクール水着で混ざるのか私?


にわかに焦り始めた陽奈は、再びスマホを手に取り樹里へLIMEでメッセージを打ち始めた。



陽奈『樹里。私、スクール水着しか持ってないけど問題ないですか?』


画面をそのまま見続けていると、すぐに既読のマークがついた。


樹里『問題ないよー! 小学生くらいの子なら、スクール水着で遊んでる子もたくさんいるし!』


陽奈『ならよかったです。じゃあまた明日』



やり取りを終えた陽奈はほっと息を吐くと、クローゼットの衣装ケースを漁り、去年使っていたスクール水着を取り出した。


五年生になってから体育の授業にはほぼ出なくなった。そのため水着も新調していない。


サイズは大丈夫かな……? 身長も体重もそれほど変わってないし、多分問題ないと思うけど。


若干不安になった陽奈はおもむろに服を脱ぐと、取り出したばかりのスクール水着に足を通した。結果、驚くほどジャストフィットだった。


……これって、何も成長してないってこと? それはそれで複雑な気分だ。そっと胸元に手をやった陽奈は一つ大きくため息をつくと、のろのろと水着を脱いで着替え始めた。



──翌日。


待ちあわせの駅に着き改札を出ると、壁にもたれかかってスマホを眺めている樹里を発見した。


「樹里」


「あ、陽奈! おはよー」


「待っててくれたんですか?」


「うん。ここで待ってたらすぐに合流できると思って」


陽奈と手を繋いだ樹里が「じゃあ行こっか」と手を引く。すでにほかのみんなは着いているらしい。


中央出口から外に出てロータリーのほうへ歩いていく。客待ちをしているタクシーに挟まれるような形で、一台の大きな黒いワンボックスカーが停まっていた。


車の外には、黒髪の女の人に派手な金髪と茶髪のギャルが二人立っている。咲良と葉月、晶だ。


「あ、樹里たち来たー!」


葉月がウェーブのかかった金髪を揺らしながら手を振る。樹里と陽奈も軽く手を振り応えた。


「いやー、今日も暑いわー。こんだけ暑いと海も人多いかも」


咲良たちのもとへ歩み寄った樹里が、胸元をパタパタとしながら空を見上げる。


「だな。まあ車のなかは涼しいし快適だぞ」


「あ、そういや咲良。車運転してくれる知り合いの人は?」


樹里が疑問を口にしたのと同時に、車の運転席が開きなかから男性が降りてきた。


「お、ベストタイミング。こちら、今日運転手してくれる山里君。よろしくね」


咲良の紹介を受けて男性がぺこりと頭をさげる。


「や、山里です。よろしくお願い……しま……す」


言葉が尻すぼみになり山里が固まった。と思ったら、恐ろしいものでも見たように顔が青ざめ口をぱくぱくとし始めた。


「し、し、師匠!?」


陽奈の姿を視界に捉えた山里の口から、裏返ったような声が発せられた。


「や、山里先生……何してるんですか……?」


一方の陽奈も固まっていた。まさか、学校の教師とこんなところで顔をあわせるなど思ってもいないので当然である。


「ど、どうして師匠がここに……?」


「それを聞きたいのはむしろ私のほうなんですが」


二人のやり取りを見ていた樹里たちも一様に困惑していた。咲良の知り合いと陽奈が顔見知りなのは間違いないようだが、関係性がよくわからない。


「ち、ちょいストップ。あの、いったん話を整理したいんだけど」


樹里の言葉に、咲良がいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「あー……やっぱ陽奈ちゃんは知ってるよな。えーと、こちらの山里君は私立聖蘭学院の英語教師なんだよ」


咲良の説明に樹里たちが「はぁ!?」と声をあげる。


「や、何で咲良が聖蘭の教師と知り合いなん?」


葉月が目をくるくるとさせながら疑問を口にした。


「やー、ちょい前に本屋でさ。一冊しかなかった本を私に譲ってくれてね。そのうちお礼するよってことで連絡先交換したわけよ」


「お礼も何もアッシーにしてんじゃん」


横から口を挟む晶に、咲良がニヤッとした笑みを向ける。


「何言ってんだ。現役JKと海行けんだぞ? ギャルの水着姿も見放題じゃん。こんな素晴らしいお礼ないだろ? なあ、山里君?」


「や、その……あはは……そうですね」


頰をやや赤らめながら言葉を紡ぐ山里。誰の目にも、咲良に骨抜きにされているのは明らかだった。


「ま、まあそれはわかったけど、師匠って何?」


成り行きを黙って見ていた樹里が口を開く。


「あ、えーと。私英語の教師ではあるんですが、神木さんのほうが遥かに英語力高いので、個人レッスンしてもらっているんです」


「えー! 陽奈ちゃん凄い! そんなこともしてたんだ!」


葉月が感嘆する隣では晶も「すげー!」を連発している。


「あ、あの……それで師匠と皆さんはいったいどういう……?」


山里が陽奈と樹里たちの顔を交互に見やる。


「友達です」


「うん友達」


「友達ー」


「友達だね」


全員が口々に友達と口にしたことに、山里はにわかに驚いた。何せ、陽奈は学校でもクラスメイトとほとんど口をきかないのだ。まさか、学校外でこのような交友関係を築いているとは思いもよらなかった。


「そ、そうなんですね……いや、驚きました。師匠にこんな交友関係があるとは……」


「……私としては先生と咲良さんが知り合いだったことのほうが驚きなんですけど?」


陽奈がジトッとした目を山里に向ける。そして気づいた。


「もしかして……この前のレッスンで言ってた気になる人って──」


「ああああっと! し、師匠! それはコレです!」


胸の前で腕を交差させ、首を激しく振る山里に樹里たちが訝しげな目を向ける。


一方、陽奈は心のなかで「ええ……」と引いていた。いや、咲良さん女子高生よ? 未成年者よ? しかも教師なのにいいの?


まあ、咲良さんの態度を見る限り完全に先生の片想いっぽいけど……。何というか……うん、キモい。


精神的にどっと疲れた陽奈が大きくため息をつく。


「まあ、ここで話し続けるのもアレだし、とりあえず出発しようぜ。暑いし」


「そ、そうですね!」


咲良の提案にすぐさま返事した山里がそそくさと運転席へと乗り込む。樹里たちも苦笑いを浮かべながらあとに続いた。



──都内から高速道路を走って約一時間半。無事に目的地へと着いた樹里たちは、水着に着替えるべく海の家に併設されている更衣室へと向かった。


着替えているあいだ、山里は陣地の確保だ。ビーチに敷くビニールシートとそれを固定するペグ、パラソル、アウトドアチェアなどを抱えビーチへと向かう。


相変わらず太陽が容赦なく照りつけるが、周りに遮蔽物がないからか風の通りがよく、ふだんより暑さを感じなかった。


夏休みではあるものの平日なので、ビーチはそこまで混雑していない。これなら問題なく陣地も確保できそうだ。


半袖シャツにハーフパンツ姿の山里は、なるべく更衣室から離れすぎない場所に荷物を置くと、額の汗を腕で殴ってから陣地を作り始めた。


趣味の一つがアウトドアということもあり、山里の手際はかなりいい。パラソルやチェアなどもすべて山里の私物だ。


咲良はLIMEのやり取りでそれを把握していたため、今回同伴させたのである。十分程度で陣地、休憩スペースを確保でき、山里はビニールシートの上に腰をおろした。と、そこへ──


「海だあああああっ!!」


「青い海だあああああっ!」


のんびり海を眺めていた山里の横を、金髪と茶髪のギャル二人が叫びながら駆け抜けていった。一人は脇にビーチボールを抱えている。葉月と晶だ。


ピンク&ホワイトをベースにした、ホルターネックの柄ものビキニ。おそろいの水着を着た二人が勢いよく海へと突撃した。


「おー、元気だなー」


背後から声が聞こえ山里が振り返ると、咲良が眩しそうに目を細めながら海辺で戯れる二人を眺めていた。


「お。山里君、ご苦労様。暑いなかごめんね」


山里へ視線を向けた咲良がニコリと微笑む。たちまち山里の頰が紅潮した。


「い、いえ! これくらいどうってことないので」


「ふーん。頼りになるんだね、山里君」


黒のパレオつきビキニを着用した咲良の姿がただただ眩しい。山里の心臓がさらに激しく波打つ。


と、咲良を追いかけるように樹里と陽奈もやってきた。樹里は赤とピンクの花柄模様をあしらったフリルつきのビキニ、陽奈はスクール水着を着用している。


「休憩場所できてる! 山里さん、ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げる樹里に、山里が照れたような笑いで返す。相変わらず陽奈は山里へジトッとした目を向けていた。


「よし、じゃあ陽奈、行こうか。海、絶対気持ちいいよ!」


「そうですね」


樹里と陽奈が手を繋いだまま海辺へと歩いてゆく。


「山里君は遊ばないのかい?」


「いや、私は荷物も見ていなきゃなのでいいですよ。ここでのんびりしてるので、楽しんできてください」


「そっか。じゃあお言葉に甘えようかな」


そう口にすると、咲良は持参していたビーチマットを地面に広げ、足踏みポンプを使って膨らませ始めた。


「あ、やりましょうか?」


「大丈夫大丈夫。ゆっくりしててよ山里君」


さらなるポイントアップのチャンスと見た山里が申し出るが、断られひっそりと肩を落とす。


「よし、できた。じゃあ行ってくるね」


そう口にすると、咲良は膨らませたビーチマットを抱え、艶やかな黒髪を揺らしながら海のほうへ歩いていった。



──放物線を描くように目の前へ飛んできたビーチボールを、葉月は晶へ向かって全力で打ち返した。油断していた晶の顔面にビーチボールが直撃する。


「いったあああっ! ちょっと葉月! 痛いじゃん!」


「わははー! 油断大敵だっての!」


晶の顔に当たって跳ね返ったボールが樹里の前にパチャッと落ちた。


「よーし、陽奈いくよー」


樹里がバレーボールの要領でポンッと陽奈に目がけトスをあげる。


「わ……わ……!」


見よう見まねでボールをトスしようとした陽奈だが、膝のあたりまで水に浸かっているため思うように動けず、後方へボチャンと尻もちをついてしまった。


「ありゃー! 陽奈、大丈夫ー!?」


「だ、大丈夫です」


むくりと起きあがり、ボールを晶に向かって投げる。晶が両手でレシーブし、跳ね返ったボールを葉月が再び陽奈へと戻した。


「わ……!」


おたおたとしながらも、今度は両手でのトスに成功した。ボールがふわりと樹里のほうへ飛んでゆく。


「おー! 陽奈いいよ! 上手!」


「「陽奈ちゃんナイス!」」


「うまいよ陽奈ちゃん」


一斉に全員から褒められ、陽奈の頰がかすかに紅潮した。なお、咲良はボール遊びに参加しておらず、ビーチマットの上でぷかぷかと海面に浮いている。


「よっ……と。私ちょっと飲み物買ってくるわ。少ししたら休憩にあがってきなよ。陽奈ちゃん、これ乗る?」


マットを降りた咲良が陽奈のもとへ近づく。


「いいんですか?」


「もちろん。うつ伏せになって寝転がってれば大丈夫だからさ」


「で、では……」


陽奈が慎重な動きでマットにのる。ひっくり返るんじゃないかと心配した樹里だったが、問題なさそうだ。


咲良は「沖に流されないように気をつけてあげて」と樹里に耳打ちすると、海水に濡れた髪を両手で絞りながら離れていった。



──青い空と海、白い砂浜。絶妙なコントラストだと山里は感じた。


目を閉じると、楽しげにはしゃぐ海水浴客の声に混じり、押し寄せては引いてゆく波の音が鮮明に耳へと届いた。


波打ち際では、先ほどまで水に浸かってボール遊びをしていた少女たちが中腰になって何かを拾っている。おそらく貝殻だろう。


栗色の髪の少女が、スクール水着の女の子と手を繋ぎ移動を始める。二人で足元に視線を巡らせながら、今度はしゃがみ込んで探索を始めた。


「やーまざーと君」


「わっ!」


突然背後から話しかけられた山里の肩がビクッと跳ねた。


「さ、咲良さん……」


「どうしたの、ぼーっと樹里のこと眺めちゃって。もしかして狙ってる?」


ストンと山里の隣へ腰をおろした咲良が、いたずらっぽい笑みを向ける。


「ち、違いますよ」


「樹里は同性から見てもめちゃいい女だから。隠さなくてもいいよ」


「だ、だから本当に違いますから。ただ……」


山里が再び樹里と陽奈のほうへ目を向ける。


「あの二人が何となく気になって、目が離せなかったというか……」


「ああ……仲いいよね。もともと、陽奈ちゃんと最初に友達になったのは樹里なんだ」


「そうなんですね。でも、それだけじゃなく、何ていうか……」


歯切れの悪そうな山里に、咲良が怪訝な目を向ける。


「あの二人、ずっと手を繋いでるんですよね」


「ちょっと百合っぽい?」


咲良がクスリと微笑む。


「ではなくて……お互いが離れるのを怖がっているような……常にそばにいたがっているような……そんなふうに見えます」


山里の言葉に、咲良がやや目を見開く。それは、咲良自身も思っていたことだった。


「そう……だね。そうかもしれないね」


こちらに気づき手を振る樹里に、咲良が手を振り返す。山里も小さく手を振った。


普段、学校で誰とも関わろうとしない陽奈も、どこか楽しそうだと山里は感じた。


「……咲良さん。僕は以前……師匠に対して過ちを犯してしまったんです」


「は!? ま、まさか山里君、教師の立場を利用して陽奈ちゃんを手篭めに……!? 完全に犯罪だよ、それ?」


弾けるように山里を見た咲良が、思わず後ずさる。まるで虫を見るような目を向けられた山里は、盛大に誤解されていると気づき途端に慌て始めた。


「ちちち、違います! そういうんじゃなくて……その、帰国子女で天才少女と言われる師匠を侮って、貶したり、挑発的な態度をとったりしてしまったんです……」


「あ、そうなんだ……」


「はい……まあ、とんでもない逆襲に遭いましたけど……。僕は過ちを犯したにも関わらず、師匠は私を許してくれて、英語の個人レッスンまでしてくれるようになって……」


山里が大きくため息をつき目を伏せる。その様子は、過去の過ちを悔いているように見えた。


「まあ……過ちは誰にでもあるさ、山里君。それを帳消しにできるかどうかは、今後の行動次第なんじゃない?」


「そう……ですね」


再び山里が海辺へと目を向ける。まるで姉妹のように仲睦まじい樹里と陽奈の様子に、山里の口元がかすかに綻んだ。


「それにしても、師匠に樹里さんや咲良さんのようなお友達ができたのは、教師として嬉しいです。師匠は学校でクラスメイトともほとんど口をききませんから」


「そっか……」


珍しい貝殻でも見つけたのか、樹里が指に挟んだ貝殻らしきものを太陽にかざしていた。それをそっと陽奈に手渡す。受け取った陽奈が大事そうに両手で包み込んでいたのがとても印象的だった。


そんな二人の微笑ましい様子を、咲良と山里は並んで座ったまま眺め続けた。

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