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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
17/47

17.ゆりゆりしてほしい

「んー! 瑞々しくて美味しい〜!」


カットされたスイカにかぶりついた葉月が、頬に片手を添えて歓喜の声をあげる。


「やっぱり夏はスイカだねー。控えめに言って最の高!」


晶もご満悦の表情を浮かべてスイカを堪能している。ぶっ続けで三時間ほど宿題を進めていたので今はささやかな休憩時間だ。


「樹里のほうは読書進んだん?」


「んー、まだ半分くらい。読めない漢字を調べながら読んでるからなかなかね」


樹里が電子書籍リーダーの画面を葉月へ向けた。画面の右下には、小さく四十九パーセントと表示されている。読書の進捗度合いを示す数字だ。


「でも、これ買ってよかったよ。そのまま辞書で漢字調べられるし、わからないこともネットにつないで調べられるからめちゃ便利」


「そうですね。でも、そのページ数で三時間かけてまだ半分しか読めてないとは……」


隣に座る陽奈から呆れたような目を向けられ、樹里は「うっ」と言葉に詰まった。


「これを機会に樹里も普段から読書してみては? 自然に漢字も覚えますし見識も広がりますよ?」


「あ、それは私も思った。何回も出てくる漢字もあるし、すでにいくつか覚えたし」


「国語の成績もあがるかもしれませんね」


そんな二人のやり取りを眺めつつスイカを貪っていた葉月が、ちらりと陽奈の膝の上に置かれている本に目を止めた。


「陽奈ちゃんが読んでるのは何?」


「これですか? これはアメリカで莫大な富を得た金融王の生涯を記した伝記です」


「おおう……それは難しそう……」


頬を引き攣らせる葉月に、三センチほどの厚みがある本を手渡す。受け取った本のページをペラペラとめくる葉月の顔色は悪い。


「んー、ダメだ。あたしなんかじゃこれを最後まで読める気がしない」


隣の晶にパスするも、晶も冒頭のニ、三ページでギブアップしてしまった。


「やー、マジ凄いわ陽奈ちゃん。まあ、天才なんだから当然なのか……」


「本読むのに天才とか関係ないですから」


「それもそうか。てか、うちらの周りでこーゆー本読めるのって、咲良くらいか……」


晶から差し出された本を受け取った陽奈が瞬時に思考を巡らせる。咲良?


「咲良さん……って、あの黒髪で清楚な美人さんですか?」


少し首を傾げながら発した陽奈の言葉に、樹里と葉月、晶の三人が同時にゲホゲホと咽せかえった。


「ど、どうしたんですか? 違いました?」


陽奈が樹里の顔を見やると、苦笑いを浮かべながら「あはは」と乾いた笑みを漏らした。


「咲良は……うん。黒髪の和風美人であることには間違いない……うん」


樹里の様子はどこか歯切れが悪い。


「いやいや、陽奈ちゃん。咲良はぜんっぜん清楚なんかじゃないから!」


「そうそう! 頭はまあいいけど、あたしらのなかじゃ一番めちゃくちゃだし性格もクッソ悪いし、絶対に清楚ではないよ!」


全力で、というより全身全霊での全否定。陽奈は、駅前のショッピングモールでの買い物に同行していた咲良の姿を思い返した。


「そうなんですか? とても落ち着いていて大人な感じがしたのですが」


怪訝な表情を浮かべながら、あのときの咲良を記憶から呼び起こす。たしかに言葉遣いは少し乱暴だったような気はする。でも、そこまで言われるほどのものなのだろうか。


「うーん、咲良は見た目と中身がまったく合ってないとゆーか……美人で清楚に見えるし成績も優秀だからめちゃくちゃモテるんだけど、何せ気性が荒いとゆーか……」


樹里の言葉に、葉月と晶がうんうんと頷く。


「前世はきっと男だと思う。てゆーか、異世界から転生してきた魔王なんじゃないかと思う」


「だね。極悪非道な大魔王」


めちゃくちゃなディスられようである。小学生時代からの幼馴染である樹里も思わず苦笑いするしかなかった。


「何か意外でした。全然そんなふうに見えませんでしたし」


「あはは。咲良のヤンチャなエピソードなんかめっちゃあるよ? 頭いいし要領もいいから今まで問題になったことないけど」


「たとえば?」


表情はほとんど変わらないものの、興味津々といった様子で樹里の顔を窺う陽奈。


「うーん、小学生のとき私に意地悪した男子をほうきの柄でボッコボコに殴ったり、電車で私に痴漢したサラリーマンを捕まえて散々殴ってから警察に突き出したり、私の悪口言ってた女子のグループと大げんかしたりとか」


「全部樹里絡みじゃないですか」


「ほかにもあるんだけどね。まあでも、めちゃ気性荒くて男の子みたいだけど、正義感も強いから子どものころはよく庇ってもらったりしたかな」


「……そうですか」


どこか懐かしそうに、嬉しそうに話す樹里を見て、陽奈の胸にちくりとした痛みが走った。


「あたしら咲良からそんなふうに扱ってもらったことないんだが?」


「同じく。いつも酷い扱い受けてるのだが?」


ぶーぶーと不満を漏らす葉月と晶に、樹里が「いや知らんし」と返す。


「まあ、咲良の話はもういいでしょ。あの子、勘も鋭いから陰口言ってるとバレるかもよ。さあ、宿題の続き続き」


「じゃあ私、お皿とコップ下げてきます」


「あ、陽奈。私が持っていくよ」


立ち上がる陽奈に樹里が声をかける。


「いえ、大丈夫です。樹里も早く読書の続きしてください」


「う、うん。わかった」


陽奈がお盆の上にお皿を重ね、その周りへ空になったコップを載せてゆく。樹里はちらりと陽奈の横顔を見やった。いつもと何ら変わらぬ表情だが、どことなく曇っているようにも見えた。



──同じ夏なのにどうしてこれほど日本と違うのか。


高層ビルが建ち並ぶマンハッタン、ミッドタウンイーストを歩きながら、神木葉子は日本との気候の違いに思わずため息をついた。


夏だけに関して言えば、やはりアメリカのほうが暮らしやすい。まあ、今さらこちらで暮らす気は毛頭ないが。


取引先の企業がオフィスを構えるビルへと足を踏み入れ、エレベーター前の行列へと並ぶ。エレベーターは広く設計されているものの、並んでいたビジネスマンが多かったため、葉子はもみくちゃにされてしまった。


「ハーイ、葉子。お久しぶり」


エレベーターを降りてすぐに、取引先の担当者であり古い友人でもあるキャシーが手を振りながら近寄ってきた。


「ハイ、キャシー。元気だった?」


「ええ。久々に会えて嬉しいわ」


再会の握手を交わした二人は並んでオフィスへと向かう。広々としたオープンスタイルのオフィスに入り、ミーティングコーナーへと移動した。


「聞かれちゃまずい商談でもないし、ここでもいい?」


「ええ、問題ないわ」


オフィスのほぼ中央に設けられたミーティングスペースは、パーティションもなく周りから丸見えだ。が、キャシーの言う通り今日は誰かに聞かれて困る話はしないので問題ない。


背もたれがないスクエア型のソファベンチへ腰を下ろし、周りへ視線を巡らせる。多くの移民が暮らすアメリカでは、一つの企業にさまざまな人種の社員が在籍していることも珍しくない。


グローバル化が進む昨今であればなおさらだ。が、葉子が商談で訪れたこの会社は、以前からアメリカ人以外の採用に積極的ではない。おそらく組織のトップがそのような方針なのだろう。


実際、広々としたオフィスでは大勢の社員が業務に取り組んでいるものの、視界に入るのはアメリカ人ぽい社員ばかりだ。と、思ったのだが──


「……ん?」


葉子が視線を向ける先で、一人の男性社員が女性社員へタブレット端末片手に何やら説明していた。男性の年齢は四十後半から五十代。日本人だった。


「葉子、どうしたの?」


一方向へ視線を向けたまま動かない葉子を不思議に思ったのか、キャシーが声をかける。


「ん、ああ。ここで日本人を見るなんて珍しいと思ってね。あの男性もここの社員?」


キャシーが葉子の視線を追うように顔を向ける。


「ああ……影浦ね。彼はグループ会社からの出向よ」


「へえ。優秀なの?」


「まあ……優秀ね。ただ……」


「ただ?」


「息子さんが以前日本で問題を起こしたらしくてね。強引にこっちへ連れてきたらしいけど、こっちでもいろいろと問題を起こしてるみたい。まあ、最近はそういう話も聞かないから、日本へ戻したのかもしれないけど」


「それは何というかまた……」


「彼自身には問題ないんだけどね。ただ、子どもも満足に制御できない者がうちの仕事できるのか? って疑問を呈する社員もいるのよね」


「ふーん……」


葉子が再び影浦へと視線を投げる。白いものが混じった髪と目の下のクマ。疲労感、というより悲壮感すら漂う影浦の横顔が印象的だった。



──時間の経過を知らせるアラームが鳴り響き、樹里は慌ててスマホを操作した。


フローリングの上でゆっくりと半身を起こし、周りの様子を窺う。陽奈の部屋のフローリングでは、葉月と晶が大の字になって静かに寝息をたてている。


そっと後ろを振り返ると、ベッドの上では陽奈もスースーと寝息をたてていた。


「ふぁ……」


あくびをしながら大きく伸びをする。あー、ぐっすり寝た。どうしてお腹いっぱいになったら眠くなるんだろ。


宿題がひと段落ついたタイミングで、食事にしようと宅配ピザを注文したのが一時間半前。そのままなし崩し的にお昼寝タイムへ突入してしまった。


樹里は立ち上がると、仰向けになりお腹の上で手を組んで眠っている陽奈の顔を窺った。


熟睡……してるかな? 起こしちゃ悪いような……いや、でも起こさなきゃダメか。


ベッドに両膝と両手をつき、そっと陽奈の顔を覗き込む。ギシッ、とベッドが大きく軋んだが、陽奈が起きる様子はない。


うーん、やっぱりまつ毛長い。唇もぷっくりしててかわいいなぁ。肌もツヤッツヤだ。


そう言えば、さっきはどうしたんだろう。午前の休憩後、食器を片づけていた陽奈の表情がどこか暗かった気がしたのを樹里は思い出した。


「陽奈〜……お昼寝はもう終わりですよ〜……陽奈ちゃ〜ん……」


小声で呼びかけるものの陽奈に変化はない。樹里がもう少し顔を近づける。かわいらしい口から漏れる寝息がはっきりと聞こえた。


どうしよう。かわいいんだけど。おでこにチューとかしたら怒られるかな? いや、熟睡してるみたいだしバレないかも。


ゴクリと喉を鳴らした樹里の顔が、ゆっくりと陽奈の顔へと近づいてゆく。いいの? ほんとにいいの? 起きないならチューしちゃうよ? ほんとにしちゃうよ?


と、そのとき──


「……何してるんですか?」


「ひゃっ!?」


突如覚醒した陽奈と目があい、樹里は小さく悲鳴をあげる。


「通報しましょうか?」


「ご、ごめん……」


じろりと樹里を睨んだ陽奈がゆっくりと半身を起こす。すごすごと引き下がった樹里は、足を床へおろしベッドの際へ腰かけた。


「何しようとしたんですか?」


「や、そろそろ起こそうかな〜って」


「本当ですか?」


疑いの眼差しを向けられ、樹里は言葉に詰まった。


「う、うん」


「……そうですか」


小さく息を吐いた陽奈の表情はいつもとさして変わらない。が──


「ね、陽奈。何か、気に障ることでもあった?」


「……? 何のことですか?」


「や、午前中にさ、ちょい陽奈の表情が暗かったかなーって……」


わずかに陽奈の肩が跳ねたのを樹里は見逃さなかった。


「もしかして、何か気に障ることしちゃったかな?」


「……違います。咲良さんの話を聞いて、ちょっと……」


「咲良の?」


一瞬黙り込んだあと、陽奈はゴソゴソとベッドの上を移動し樹里の隣へ腰かけた。


「樹里が……咲良さんのことを話している樹里が嬉しそうというか……そんな気がして。何か、このあたりがチクッてしたんです」


そう言いながら、陽奈は心臓のあたりに両手を添えた。


「何でしょう、自分でもよく分からない感情なんです」


まさかの告白に一瞬驚いた樹里だが、その顔にやわらかな笑みが浮かんだ。腰を浮かせて陽奈のほうへ近づき、そっとその細い腰へ手を回す。


「咲良は……小学生のころからずっと一緒だった幼馴染だからね」


「……そうですね」


「もしかして、私が陽奈より咲良のことを大事に思ってる、なんて考えてる?」


「そ、そんなことは……!」


樹里が陽奈の細い体をそっと抱き締める。予想していない行動に、思わず陽奈の体が硬直した。


「夏休み前にさ、陽奈が私の学校に乗り込んで先生に抗議してくれたとき、私めちゃくちゃ嬉しかったよ。私なんかのためにわざわざ学校早退して、あんなふうに怒ってくれて」


「…………」


「私ね、こう見えて友達少ないんだよ。ありがたいことに読モとして人気が出て、たくさんの人が応援してくれてるけど、やっぱりどこかに壁があるんだよね」


思わぬ言葉に、陽奈は内心驚いてしまった。自分とは正反対の、友達がたくさんいる人だと思っていた。


「でも、陽奈は最初から私と対等に接してくれたよね。まあ、初対面の印象は最悪だったけど」


樹里がクスリと笑みを漏らす。


「バカな私に勉強も教えてくれて、理不尽な目に遭ったことも自分のことのように怒ってくれて。私にとって陽奈は、ただの友達以上の存在って思ってるよ。大袈裟に言えば体の一部、的な」


「体の……一部……」


「うん。だから陽奈。これからもずっと私のそばにいてね?」


樹里に抱きしめられたまま、陽奈はそっと目を伏せた。アメリカで受けてきた差別、ギフテッドというだけで好奇の目で見られる日々。離れてゆく同級生たち。


生まれて初めてできた、心から友達と言える存在。今、自分を抱きしめている相手が、まさか自分と同じような思いをしていたとは思ってもみなかった。


「樹里……以前、私が言ったことを覚えていますか?」


「……どれのこと?」


「樹里と私はパラレルライン、平行線だと言ったことです」


「ああ……公園のベンチで」


「はい。その考えは今も変わっていません。何もかも正反対な樹里と私は、どこまでいっても平行線なんです」


「……そっか」


落胆したのか、樹里の声は少し掠れていた。


「……平行線は決して交わることはありません。でも、平行線はお互いがいつもそばにあり続けるんですよ」


ハッとした樹里が、抱き締めていた陽奈の体をそっと離す。二人の視線が交錯した。


「この前、職員室で言ったことに嘘偽りはありません。樹里は……私の大切な友達です。もちろん、ずっとそばにいますよ」


「陽奈ぁ……」


再び陽奈を抱き締める。強く、強く。陽奈もまた、両手をそっと樹里の背中に回した。何とも言えない幸福感に包まれた二人は、このときがいつまでも続けばいいのにと願った。が──


何やら視線を感じた二人が、同時にそーっと首を巡らせる。二人の視界に映ったのは、フローリングへ寝転んだままニヨニヨとした笑みを浮かべてこちらを見ている葉月と晶の様子だった。


驚き慌てて離れる樹里と陽奈。


「ち、ちょっと! 起きてるなら言ってよ!」


頰を赤らめ照れ隠しのように声を荒げる樹里に、「よっ」と上半身を起こした二人が変わらずニヨニヨとした笑みを向ける。


「いやー、JKとJSの百合シーンとか滅多に見られないし」


「てかもっとゆりゆりしてほしかったー!」


好き勝手口走る二人を「ぐぬぬ」と睨みつける樹里。一方の陽奈はいつもの無表情ではあるものの、その口元がうっすらと微笑んでいるように見えた。

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