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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
16/47

16.よろしくお願いします

今日も暑いな──


自宅マンションを出た樹里は、スマホで時間を確かめると足早に駅を目指した。


自宅から最寄り駅まではわずかな距離なので、足早に歩けば数分で着く。のだが──


「……え?」


歩道を歩く樹里の視界に、背中を丸めてうずくまる人の姿が映り込んだ。平日とはいえ駅周辺ゆえに人の行き来はそれなりに多いのだが、誰もがちらちらと視線を投げかけるだけで声をかけない。


にわかに憤りを感じつつ、樹里はうずくまる人のもとへ駆け寄った。見ると、髪の大半が白くなった高齢女性が苦しそうに胸を押さえている。


「大丈夫ですか!?」


その場にしゃがみ込み顔を覗き込むと、痩せ我慢なのか「大丈夫よ」と笑顔を見せた。が、どう見ても大丈夫そうではない。


「救急車呼びますね!」


樹里はスマホを操作し消防署へ緊急通報を始めた。が──


「だ、大丈夫だから……ほんとに……」


「いや、絶対大丈夫じゃないですから! あ、すみません! 道に人がうずくまっていて……はい、はい……苦しそうに胸を押さえてるんです!」


こちらの居場所を伝えたうえでいくつか質問に答え、樹里は電話を切った。


そうしているあいだも、女性の顔色はどんどん悪くなっていく。意識があることだけが救いだった。


「すぐに救急車来ますから……! 大丈夫ですよ……大丈夫……!」


ふぅふぅと呼吸の荒い女性の背中を樹里はさすり続けた。そして約五分後。


「あ、来た!」


けたたましいサイレンの音が近くなる。ちょうど、前方の交差点を曲がろうとしているところだった。


樹里が道路側へ身を乗り出し、救急車へ向かって全力で手を振る。すぐに気づいてくれたらしく、スムーズに現地へ誘導できた。


救急車から降りた複数の隊員が、流れるような手際のよさで女性をタンカにのせる。樹里もすぐそばで女性の安否を気遣った。


「お……お嬢ちゃん……ありがとうね……」


タンカで運ばれる直前、女性が樹里に向かって感謝の言葉を述べた。


「あ、あの! あのお婆さん助かりますよね!?」


救急車の後部ドアを閉めた隊員に声をかける。


「ええ、大丈夫ですよ。おそらく心筋梗塞ですが、速やかに通報していただいたので。心筋梗塞は発症から一時間が生死を分けるんです。本当にありがとう!」


頭を下げた隊員が颯爽と救急車へ乗りこむと、再びけたたましいサイレンを響かせながら救急車は去っていった。


「よ……よかった……!」


樹里が「はぁ〜」と大きく息を吐いた。そのまま地面に座り込みたい気分だったが、ハッとしてスマホを取り出す。


「やばっ!」


もうこんな時間だ。待ちあわせに遅れてしまう。樹里は高齢女性の無事を祈りつつ、駅へ向かって全速力で走り始めた。


本来乗るはずだった電車はとっくに出ていたため、数本遅れで電車に飛び乗る。行き先は葛城駅。そこで葉月、晶と待ちあわせしているのだ。


普段から早め早めの行動を心がけているため、不慮の事態に遭遇したものの待ちあわせ時間には何とか間にあった。駅で無事二人と合流した樹里は、気持ちを切り替え目的地へと足を向けた。


そして十分後──



「よろしくお願いします!」


若い女性の元気いっぱいな声が閑静な住宅街に響く。自分たちへ向けられた声と勘違いしたのか、近くのゴミステーション付近で食糧を物色していたカラスたちが慌てて空へ飛び去った。


神木邸の玄関前で丁寧に腰を折る二人のギャル。樹里のクラスメイトであり友人、吉成葉月と鷹村晶である。その背後では樹里が苦笑いを浮かべていた。


「はあ……あの、とりあえず頭を上げてもらえますか?」


玄関先で二人に声をかけた陽奈が、樹里へじろりと視線を向ける。


「いやー、ごめんね陽奈。どうしても夏休みの宿題を手伝ってほしいってうるさくてさ」


そう、期末テストが終わり、全学生が待ち望んでいた一大イベント夏休みに突入した。その矢先の出来事である。


ウインクしながら、拝むように両手をあわせる樹里の様子に陽奈は「はぁ」と息を吐いた。


「まあ、樹里からお願いがあるって聞いたときから何となくそんな予感はしてました。とりあえず、こんなとこで立ち話もあれなんであがってください」


陽奈が玄関扉を開けて三人を招き入れる。


「ありがとう陽奈ちゃん!」


「ありがとうー!」


満面の笑みを浮かべた葉月と晶が陽奈のあとについて家へと上がる。樹里もあとへ続き、すっかり慣れ親しんだ神木邸の階段をのぼった。


「陽奈、お母様はお仕事?」


「はい、出張でアメリカへ。でも樹里たちが来ることは昨日伝えてます。冷蔵庫にスイカがあるのでおやつに食べてと言ってました」


「そうなんだ! じゃああとで私がカットするね」


そんなことを話しつつ一行は現役JSの部屋へ。葉月たちを連れて行くことを伝えていたからか、部屋の中央、ベッドの前には四角いローテーブルが配置されている。


「あー……涼しい……!」


エアコンの冷気に感謝するように、葉月と晶が声を漏らす。何せ今は夏真っ盛り。天気は快晴、と言えば聞こえはいいが、何のことはない空から容赦なく紫外線が降り注ぐ炎天下の灼熱地獄である。


四人はローテーブルを囲むように床へ腰をおろした。フローリングのひんやりとした質感が気持ちいい。


と、陽奈が葉月へ目を向けたかと思うと、そのままじろりと晶へ視線を巡らせた。


「な、何? 陽奈ちゃん?」


能面のように無表情な顔でじろりと見られたことに葉月が慄く。


「……いえ。何でもありません」


二人からふいっと視線を外す陽奈の様子を見て、樹里が思わず笑みを漏らした。


「陽奈、葉月たちの服装が気になるんだよね?」


「……! まあ、そんな感じです」


樹里たちのやり取りに、葉月と晶が顔を見あわせる。二人とも上はキャミソール一枚、下は葉月がミニスカート、晶がショーパンだ。肌の露出が激しくかなり際どい。


「え、え。何か変?」


「いや、陽奈ちゃんもこーゆー格好したいと見た」


晶がニヒヒと白い歯を見せる。


「いや、反対だって。陽奈、そーゆー格好嫌いだから」


樹里の言葉に「え! 何で!?」と目をぱちくりとさせるギャル二人。


「陽奈は露出多い服苦手だから。てか、私なんて初めて会ったとき肩出しワンピ着てるだけなのに『だらしない格好』って言われたからね」


初めて白河自然公園で陽奈と遭遇した日のことを思い出し、樹里は少し懐かしい気持ちになった。それほど月日は経っていないのだが。


「……そんなこと言いましたっけ?」


「いやいや、さすがに忘れるには早すぎるって」


「まあ、でも……最近は樹里にガルガルも読ませてもらってますし、そういうファッションにも以前ほどは偏見もってないですよ」


「おお! 陽奈が……あの陽奈が……!」


よよよ、と涙を拭くフリをする樹里に、陽奈が冷ややかな目を向ける。


「てかさ、陽奈ってアメリカで暮らしてたんでしょ? 向こうの人のほうが露出激しいイメージなんだけど」


「あー、あたしもそれ思ったー」


「あーしもー」


樹里の言葉に葉月と晶も「うんうん」と賛同する。


「んー……たしかに、そう言われるとそうですね」


視線を上に向けた陽奈が思案し始める。


「もしかすると、服そのものよりも、そういう服を着てた人たちが苦手だったのかもしれません。露出の多い服着てた人たちって、だいたいやたらと騒がしくてデリカシーがない人ばかりだったので」


「あー、それはこの二人も同じだわ」


樹里からニヤリとした笑みを向けられ、「はぁっ!?」と憤る葉月と晶。


「んなことないし!」


「ないし!」


ぷんぷんと抗議する二人だが、樹里から「ほら、そーゆーとこ」と言われ渋々口をつぐんだ。


「まあその話は置いておいて。そろそろ始めませんか?」


「あ、そうだね!」


陽奈に言われ、二人は慌てて手さげバッグからプリントとペンケースを取り出した。


「わかっていると思いますが、宿題は自分の力でやらないと意味がありません。わからないところは教えるので、とりあえず自分たちの力で進めてくださいね」


「うん、もちろんそのつもり!」


「もちのろーん!」


底抜けに明るく返事した二人は、さっそくそれぞれの宿題に取り組み始めた。


「樹里は宿題大丈夫なんですか?」


陽奈に声をかけられた樹里がVサインを突き出す。


「私は大丈夫。計画的に進めるつもりだし、普段から陽奈に教えてもらってるし。だから今日は……」


ゴソゴソとバッグのなかをまさぐり、タブレット端末のようなものを取り出す。


「あ、電子書籍リーダー。買ったんですか?」


「うん。陽奈に教えてもらったときから気になってたんだ」


樹里が取り出したのは最新型の電子書籍リーダー。軽量で目も疲れにくいと評価の高い製品だ。


「夏休みの宿題に読書感想文があるからさ。今日はこれで読書して時間があれば感想文も書こうかなって」


「なるほど」


電子書籍リーダーを起動した樹里が、白っぽい画面に目を落とす。どのような本を読むのか気になった陽奈が隣からそっと画面を覗き込んだ。


リーダーの画面上部に表示されている本のタイトルを確認する。どうやら、海外ミステリーの日本語訳版のようだ。


ミステリーなんて読むのか、と少し意外に感じながら立ち上がった陽奈は本棚の前に立ち、一冊の本を取り出すと再び樹里の隣へと腰をおろした。


かすかに聞こえるエアコンの稼働音とペンを走らせる音。騒がしいギャルが三人もいるとは思えないほど、静かに静かに時間はすぎていった。



──自動ドアの反応が悪い。町内で一番大きな書店の入り口。自動ドアの前に立った白鳥沙羅は露骨に顔を顰めた。


「ちょっと……センサー壊れてんじゃないの!?」


自動ドアの前で感情を爆発させる沙羅の背後では、取り巻きの盛川由美と原田桃華が顔を見あわせて苦笑いを浮かべている。


自動ドアが左右へスーッと開いても、なお沙羅の顰めっ面は変わらない。由美と桃香を引き連れ、肩を怒らせながらズンズンと店の奥へと歩いてゆく。


「ねぇ、何で沙羅ちゃんこんなに不機嫌なの?」


隣を歩く桃香に由美が上半身を寄せるようにして小声で囁く。


「朝からお母さんに宿題しろってめちゃ怒られたらしいよ」


「ああ……」


背後でコソコソと話す声が聞こえたのか、突然沙羅が勢いよく振り返る。


「何? 二人で何コソコソ話してんのよ?」


「や、何でもないよ」


笑って誤魔化そうとする二人をじろりと睨んだ沙羅は、「ふん」と鼻を鳴らし再び歩き始める。さっきより足早になったため、二人は慌ててあとを追った。


イライラする──


沙羅は思わず舌打ちしそうになった。朝からお母さんに怒られるわ自動ドアの反応は悪いわ。


仲良しの由美と桃香が人の顔色を窺うように接してくるのも、何から何までイライラする。


夏休みだからか、平日にもかかわらず店内には同年代の子どもたちもちらほら見受けられる。


沙羅は目だけを動かして周りを確認しつつ、慣れた様子で目的のコーナーを目指した。


沙羅が足を止めたのは、ファッション誌コーナー。華やかなデザインが施された雑誌がいくつも積まれている。


沙羅が一冊の雑誌を手に取った。表紙には満面の笑みを浮かべてポーズを決める人気モデルの写真があしらわれ、ポップな書体で『Girl & Girl』とデザインされている。


「沙羅ちゃん、ガルガル買いに来たの?」


隣から覗き込む由美を横目でちらりと見た沙羅が小さく頷く。


そう、ガルガルは毎月買っている。特に最近は、推しの読者モデルがよく登場するので楽しみにしているのだ。


ペラペラとページをめくっていき、お目当ての推しを見つける。あった。やっぱりキレイだなー……それにスタイル凄い。


誌面のなかで圧倒的な存在感を放つ一人の読モに沙羅が釘づけになる。


「あ、ジュリだ」


沙羅を挟むように立っていた桃香が誌面を覗き込み口を開く。


「……ちょっと桃香。何呼び捨てしてんのよ。ジュリさん、でしょ?」


ギロッと睨まれた桃香が「あ、ごめん」と肩をすくめた。沙羅がジュリ推しなのは桃香も由美も知っている。


「はぁ……ほんっとジュリさん素敵だわ〜……見てるだけでイライラも薄れていく……」


恍惚の表情を浮かべ、閉じたガルガルを大事そうに胸へ抱く。と、──


「あ、『Cuteeeen(キューティーン)』もまだあるね」


サラッと口にした桃香に対し、由美が「余計なことを」と言わんばかりに迷惑そうな目を向ける。ちらりと沙羅を見やると、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべていた。


小さな扱いとはいえキューティーンに掲載され、クラスのヒーローになるはずが神木陽奈のおかげで台無しにされたことは、沙羅にとって忘れたい過去である。


あのときの屈辱と怒りを思い出し、沙羅のこめかみに浮かんだ青筋がピクピクと脈打った。


あー……思い出したらほんと腹立つ。どうしてあの神木が……! ムカつくムカつくムカつく!


「あー……っと。あたしちょっと漫画のコーナー行ってくる」


「じ、じゃあ私も」


不穏な空気を感じ取った桃香と由美がそそくさとその場を離れてゆく。沙羅は目を閉じて大きく息を吐いた。


とりあえず会計してこよう。そう思いその場を離れようとした沙羅だったが、先ほどまで桃香が立っていた場所のすぐ隣で、男性がファッション誌に目を通している様子が目に入った。


パーカーのフードをかぶっているため顔は見えないが、食い入るようにキューティーンを読んでいることだけはわかる。男は読んでいたキューティーンを戻すと、今度はガルガルを手に取り誌面へ視線を這わせ始めた。


その様子に、何となく不気味なものを感じた沙羅が思わず後ずさる。え、ガルガルって男の人も読むもんなの? 女子向けのファッション誌よね? てか、あの人めっちゃ真剣な顔して読んでない? 何かキモっ。


訝しげにちらちらと男を見ていると、その視線に気づいたのか男が沙羅のほうへ顔を向けた。じっとりと舐めるような視線を向けられ、沙羅の全身に悪寒が走る。


ヤバっ。キモっ。こいつ絶対ヤバい奴だ。直感的にそう感じた沙羅は、ガルガルを胸に抱えたまま一目散にレジへと駆けだした。


慌てて走り去る沙羅を生気の感じられないガラスのような瞳で眺めていた男は、再びガルガルの誌面へと目を落とし、栗色の髪が印象的な一人の読者モデルが掲載されたページへじっとりと視線を這わせ始めた。

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