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108. 数字が1上がることに感じるエクスタシー

「……虚無だ」


 今私は感情を殺し、虚無の沼へとその身を沈めている。……そう、つまり私は今スキル上げをしているのだ。


「あんなに苦労したフロッグスターも、攻撃モーションやパターンを覚えてしまえば作業でしかない」


 私が今いるのはフロッグスターダンジョン。爆速で突っ込んでくるフロッグスターを事前に数歩右へズレて避けるだけの簡単なお仕事。簡単過ぎてどんどん独り言が増えている。

 そして今もまた、私に狙いを定めたフロッグスターが突撃のモーションをとっている。私はいつもと同じように右へと立ち位置をずらして射線から出る。そして射線ギリギリの位置に短剣を置き、突っ込んで来たフロッグスターに短剣の刃を滑らせた。

 フロッグスターは機動力と攻撃力に特化したレアモンスターのため、機動力と回避だけでなく攻撃を当てれば戦闘系スキル上げにもなるのだ。勿論蹴りスキル上げにも使えるのだが、前にちょっと試してみたら蹴った私が逆に吹っ飛ばされたので今では短剣スキル上げにだけ使っている。


「……虚無だ」


 そして本日何度目か分からない言葉を独りごちる。

 延々と数歩横に歩いては短剣を滑らせる、そしてまた数歩横に歩いては短剣を滑らせる。話し相手にレキ達を呼び出そうかとも思ったのだが、もし何かのアクシデントでフロッグスターの攻撃が当たってしまえばモカさんはともかくレキとパルは1撃でロストしてしまう。そう考えるとやはり1人でこの虚無の沼に沈んでいくしかないのだ。


 そんな虚無の時間だが、1つだけ楽しみがある。私は重むろにシステムウィンドウを開き、スキル欄を見る。


「……ふふ、1上がってる」


 最近ではこの瞬間がたまらなく楽しい。延々と続く作業ゲーの苦労がこの数字の上昇で全て報われた気持ちになる。……そして私はまた数字を1上げる為に虚無の沼へと沈んでいく。


 ……


 …………


 ………………


「あははははっ! ナツちゃん、やってるねぇ~♪ ナツちゃんはもう立派なガチ勢だよ!」

「えぇ~、私ぐらいじゃガチ勢とまでは呼べませんよ。ロコさんやギンジさんと比べると、まだまだ深淵を覗けていない気がします」

「ナツちゃん、あの2人と比べるのがそもそも間違ってるよ。あの2人はもう既にこの世界の住人だからね?」


 ダンジョンでスキル上げ訓練を終えたあと、ミシャさんから「ちょっと相談したいことがあるんだけど少し時間貰えない?」と連絡を受け、今は城にある私の部屋でお茶会を開いている。


「そもそも数字を1上げる為だけに延々と作業を繰り返せるのは十分にガチ勢だよ」

「そうですか? スキル上げって楽しいじゃないですか。前よりも成長出来たって実感が湧きますし、今の私の環境が恵まれてるっているのもあるので、この快感を味わったら皆頑張れると思うんですけど」

「いやいや、成長と言っても結局はゲームだからね。オフラインゲームと比べてオンラインゲームのレベル上げは正にマゾゲーだから、1レベル上げる快感の為に頑張れる人は限られるんだよ。大体の人はサクサクレベルが上がる間は楽しめて、レベル上げがマゾくなってきたら簡単に辞めちゃうから。ナツちゃんのそれは十分に才能だよ」


 本当にそうなのだろうか?

 私の場合は数々の成長促進バフによって一般プレイヤーと比べてかなり成長が速くなっている。そういったバフがあっても成長が遅くなってきた時に私のガチ勢気質が試されるのかもしれない。


「あの、それでミシャさんの相談って何でしょうか? 今まで凄くお世話になっているので、私に出来ることであれば力になりたいとは思っていますが……」

「うんうん、私を慕ってくれる可愛い弟子が居て私は感無量だよ。……えっとね、私の相談って言うのは一言で言うと『ここに住まわせて欲しい』ってことだよ♪」

「『ここに住まわせて欲しい』ですか? それってつまり、ここの一室をミシャさんのプライベートエリアにしたいってことですか?」

「そうそう! 実は私、お城に住むのが子供の頃からのドリームでね♪ 昔、広い土地を借りて大きなお城を立てられないかと考えて運営にも問い合わせしたんだけど、ユーザーに貸し出せるリソース的に無理って言われちゃってさぁ。このお城で暮らせるナツちゃんが凄く羨ましいわけよ!」


 ――お城で暮すことが夢だという女性が本当に居たなんて! ……運営の感覚がズレている訳じゃなかったんだ。


 少し運営に失礼な事を考えてしまったが、私の周りにそんな夢を持っている人はいなかったので仕方がないと思う。


「私としては特に問題は無いですよ? ただ、部屋は沢山あるんですけど、内装とかは何もない殺風景な状態なので、家具とかは1から買い揃えないといけないです」

「全然大丈夫! と言うか1から弄れるのは私的に利点でしかないね! よぉ~し、すっごいメルヘンちっくなお姫様ルームを作っちゃうぞ♪」

「一応私に割り振られてる部屋が一番広いんですけど、ミシャさんの部屋の方が圧倒的に豪華な部屋になりそうですね……」

「あ、なんなら明日一緒に家具探しに行く? 私の知り合いのお店とか紹介出来るから、ナツちゃんの理想の家具をオーダーメイドすることも出来るよ♪」


 現在私の部屋には大きな部屋にベッドが1つあるだけの状態だ。今まで必要性を感じていなかったので家具の専門店も知らないし、ルビィさん以外に知り合いの生産職も居ない。

 家具のオーダーメイドがどれくらいの価格相場なのか分からないが、これは渡りに船かもしれない。


「えっと、お願いしていいですか? 私も新しいプライベートエリアの内装を整えたいと思ってたんですけど、なかなか手を付けられてなかったので」

「オッケー♪ 明日は私が訓練担当になってるんだけど、その時間を使って家具探しに行こう! ……いや、これはナツちゃんのセンスを磨く為の訓練ということにしよう!」


 センスを磨く訓練というのが言い訳になるのか分からないが、明日はミシャさんとショッピングに行くことで決定した。

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