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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
9/29

疑惑

「おはよう!」


「……おはよう!」


 ジニーの明るい挨拶は、エミリーにまで伝染した。


「いつものジニーに戻ったね」


 エミリーはジニーの肩を抱いた。


「巧ね、もうすぐ帰って来るの」


 ジニーは小声で呟いた。


「そうなんだ」


「うん」


 エミリーはジニーを抱き締めた。


「よかった」


 側にいたサムも、自分の事みたいに嬉しく思った。


「面白くないわね……」


 その様子を遠くから腕組みで見ていたレべッカは、苛立つ声で呟いた。そして、横にいるテッドに薄笑みを漏らした。


「ねえ、テッド。私とデートしたかったんでしょ?」


「えっ?」


 急に言われたテッドは、ニヤけながら鼻の下を伸ばした。


「条件があるの……」


 レべッカは怪しく笑った。


_________________



「これじゃあ本当の泥棒だよな……」


 庭の木を伝い、二階のジニーの部屋に忍び込んだテッドは呟いた。ジニーが早退して、エミリー達と何処かに行くのも確認した。昼間だし、周囲に見つかって騒ぎになったら退学だし、運が悪けりゃ警察沙汰の可能性もある。


 頭の中では警官隊に囲まれ、両手を上げた自分が鮮明に映る。冷や汗と胸の鼓動で、息が苦しい。野球部のコーチに”お前はチキンだ”って言われた事が、何度もリフレインする。


「でも……いい匂いがして……」


 しかし、周囲を見回したテッドは、ジニーの女の子らしい整頓された部屋に苦笑いした。初めての女の子の部屋、それはいつのまにかレベッカの部屋と重なり、思わずニヤけてしまった。


 テッドはコホンと小さく咳をすると、枕元のボールを一つポケットに入れた。


_____________________



 展望台から戻ったジニーは、夕日に目を細めながらリビングでコーヒーを飲んでいた。


「まいったな巧め、今日はコントロール悪すぎ……まっ、いいか勝ったし……夜中には帰って来るから」


 独り言を呟いたジニーは、一人でニヤニヤしていた。


「あら今日は早いのね?」


 帰った来たサラはコーヒーを入れ、テーブルに座った。


「えぇ……たまには」


 ジニーは口篭もった。


「ねえ、ジニー。ママに隠し事してない?」


 サラは穏やかに言うが、ジニーは胸の奥が熱くて痛かった。


「……」


 無言で俯くジニーに、サラは優しく言った。


「学校から連絡があったのよ、お体は大丈夫ですか? ってね。それに、エミリーやサムまで……」


 ジニーは早退する理由の為に、サラを病人に仕立て上げていた。勘のいいサラは直ぐに気づいて、学校にそれとなく他に早退者が居ないかと問い合わせていた。


 直ぐにエミリーとサムが、母や祖父の病気でジニーと同じ日に早退している事が分かったのだった。だが、サラは学校に話を合わせて、エミリーやサムの口実に口添えも忘れなかった。


 ほんの少しの躊躇いの後、ジニーは正直に話した。


「ごめんなさい……展望台に行ってたの」


 更に俯いたジニーだった。


「どうして展望台なの?」


「巧の試合……あそこじゃなきゃ……ラジオの受信が出来ないの」


 ジニーは消えそうな声だった。


「で、今日はどうだったの?」


「勝った……」


「そう、よかったわね」


 サラは微笑んで、ジニーを撫ぜた。


「ごめんなさい」


 抱き付いて来たジニーを、サラは強く抱き締めた。


「今度はママも行こうかしら」


「うん」


 更に強くジニーは抱き締め返した。


________________________ 



 夕食を済ませ、ジニーが部屋に行くと変な感覚に包まれた。


「……あれ?」


 呟いたジニーは、ふと視線をベッドに移した。しかし、そこにあるべき大切な物が無かった。一瞬固まったジニーは、コンマ数秒後に我に返った。


「……無い……」


 ジニーはベッドの周囲を探した。凄い勢いでシーツを捲り、枕や縫いぐるみを投げ捨てた。そして床を這い、クローゼットの中をかき混ぜた。


「ジニー、どうしたの?」


 あまりの騒がしさに、サラが部屋にやって来た。


「ママ、巧のボールが無いの……」


 見上げたジニーは泣きそうだった。


「どこに置いたの?」


 サラも一緒に探し始めた。


「今日出る時、確かにここにあったの……」


 ジニーは更にシーツを捲り上げた。


「落ち着いてジニー、誰も部屋には入ってないのよ」


 なだめる様に、サラは言った。


「だって……無いの……」


 ジニーは床に座り込んだ。


「ボールぐらいの大きさなら、この狭い部屋で無くなる訳ないし……」


 もう一度サラは部屋を見回した。


「窓……」


 ジニーは窓が開きっ放しなっているのに気付いた。そして窓から顔を出すと、庭の木が屋根に近くて登れそうだった。


「……ママ、屋根から入ったのよ」


「そんな……」


 確認したサラも身を凍らせた。


「他に無くなってるものは? 落ち着いて考えるのよ」


 サラの言葉にジニーはラジカセや腕時計、そしてタンスの下着なども確認した。


「全部……ある」


 数分後、ジニーは呟いた。


「確かなの?」


「うん……」


「変ね、ボールだけなんて」


 サラの言葉がジニーに嫌な予感を走らせて、レべッカの言葉が脳裏を過ぎった。

 

”どうしてあんたが巧のウィニングボール持ってんのよ”


 ジニーはサラの制止も聞かず、外に飛び出した。


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