疑惑
「おはよう!」
「……おはよう!」
ジニーの明るい挨拶は、エミリーにまで伝染した。
「いつものジニーに戻ったね」
エミリーはジニーの肩を抱いた。
「巧ね、もうすぐ帰って来るの」
ジニーは小声で呟いた。
「そうなんだ」
「うん」
エミリーはジニーを抱き締めた。
「よかった」
側にいたサムも、自分の事みたいに嬉しく思った。
「面白くないわね……」
その様子を遠くから腕組みで見ていたレべッカは、苛立つ声で呟いた。そして、横にいるテッドに薄笑みを漏らした。
「ねえ、テッド。私とデートしたかったんでしょ?」
「えっ?」
急に言われたテッドは、ニヤけながら鼻の下を伸ばした。
「条件があるの……」
レべッカは怪しく笑った。
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「これじゃあ本当の泥棒だよな……」
庭の木を伝い、二階のジニーの部屋に忍び込んだテッドは呟いた。ジニーが早退して、エミリー達と何処かに行くのも確認した。昼間だし、周囲に見つかって騒ぎになったら退学だし、運が悪けりゃ警察沙汰の可能性もある。
頭の中では警官隊に囲まれ、両手を上げた自分が鮮明に映る。冷や汗と胸の鼓動で、息が苦しい。野球部のコーチに”お前はチキンだ”って言われた事が、何度もリフレインする。
「でも……いい匂いがして……」
しかし、周囲を見回したテッドは、ジニーの女の子らしい整頓された部屋に苦笑いした。初めての女の子の部屋、それはいつのまにかレベッカの部屋と重なり、思わずニヤけてしまった。
テッドはコホンと小さく咳をすると、枕元のボールを一つポケットに入れた。
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展望台から戻ったジニーは、夕日に目を細めながらリビングでコーヒーを飲んでいた。
「まいったな巧め、今日はコントロール悪すぎ……まっ、いいか勝ったし……夜中には帰って来るから」
独り言を呟いたジニーは、一人でニヤニヤしていた。
「あら今日は早いのね?」
帰った来たサラはコーヒーを入れ、テーブルに座った。
「えぇ……たまには」
ジニーは口篭もった。
「ねえ、ジニー。ママに隠し事してない?」
サラは穏やかに言うが、ジニーは胸の奥が熱くて痛かった。
「……」
無言で俯くジニーに、サラは優しく言った。
「学校から連絡があったのよ、お体は大丈夫ですか? ってね。それに、エミリーやサムまで……」
ジニーは早退する理由の為に、サラを病人に仕立て上げていた。勘のいいサラは直ぐに気づいて、学校にそれとなく他に早退者が居ないかと問い合わせていた。
直ぐにエミリーとサムが、母や祖父の病気でジニーと同じ日に早退している事が分かったのだった。だが、サラは学校に話を合わせて、エミリーやサムの口実に口添えも忘れなかった。
ほんの少しの躊躇いの後、ジニーは正直に話した。
「ごめんなさい……展望台に行ってたの」
更に俯いたジニーだった。
「どうして展望台なの?」
「巧の試合……あそこじゃなきゃ……ラジオの受信が出来ないの」
ジニーは消えそうな声だった。
「で、今日はどうだったの?」
「勝った……」
「そう、よかったわね」
サラは微笑んで、ジニーを撫ぜた。
「ごめんなさい」
抱き付いて来たジニーを、サラは強く抱き締めた。
「今度はママも行こうかしら」
「うん」
更に強くジニーは抱き締め返した。
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夕食を済ませ、ジニーが部屋に行くと変な感覚に包まれた。
「……あれ?」
呟いたジニーは、ふと視線をベッドに移した。しかし、そこにあるべき大切な物が無かった。一瞬固まったジニーは、コンマ数秒後に我に返った。
「……無い……」
ジニーはベッドの周囲を探した。凄い勢いでシーツを捲り、枕や縫いぐるみを投げ捨てた。そして床を這い、クローゼットの中をかき混ぜた。
「ジニー、どうしたの?」
あまりの騒がしさに、サラが部屋にやって来た。
「ママ、巧のボールが無いの……」
見上げたジニーは泣きそうだった。
「どこに置いたの?」
サラも一緒に探し始めた。
「今日出る時、確かにここにあったの……」
ジニーは更にシーツを捲り上げた。
「落ち着いてジニー、誰も部屋には入ってないのよ」
なだめる様に、サラは言った。
「だって……無いの……」
ジニーは床に座り込んだ。
「ボールぐらいの大きさなら、この狭い部屋で無くなる訳ないし……」
もう一度サラは部屋を見回した。
「窓……」
ジニーは窓が開きっ放しなっているのに気付いた。そして窓から顔を出すと、庭の木が屋根に近くて登れそうだった。
「……ママ、屋根から入ったのよ」
「そんな……」
確認したサラも身を凍らせた。
「他に無くなってるものは? 落ち着いて考えるのよ」
サラの言葉にジニーはラジカセや腕時計、そしてタンスの下着なども確認した。
「全部……ある」
数分後、ジニーは呟いた。
「確かなの?」
「うん……」
「変ね、ボールだけなんて」
サラの言葉がジニーに嫌な予感を走らせて、レべッカの言葉が脳裏を過ぎった。
”どうしてあんたが巧のウィニングボール持ってんのよ”
ジニーはサラの制止も聞かず、外に飛び出した。