展望台
昼休みに、ジニーは担任の所に言った。母が仕事場で怪我して、帰りたいと告げると直ぐに許可が降りた。
「サム、エミリー」
校門を出ると、オンボロトラックの二人に声を掛けたジニーだった。
「ジニー早く乗って」
助手席から乗り出したエミリーは、大きなジェスチャーとは反対に声を潜めた。
「付き合ってくれて、ありがとう」
車の中で、ジニーは二人に礼を言った。
「親友の悩みだし。いつも助けられてるのは私だもん。心配しないで」
エミリーは微笑みながら言った。サムは、その大柄な体を少し縮めて笑った。
「でも、二人に授業をサボらせて……」
ジニーは俯き、小さな声で呟いた。
「オーディションの時、付き合ってくれたからね」
エミリーは笑顔で言うが、サムは苦笑いしていた。品行方正、真面目が服を着ている様なサムは初めてのサボりに緊張していた。
「ごめんね、サム。皆勤賞がダメになっちゃったね」
ジニーは済まなそうに謝るが、サムは笑顔を向けた。
「一度やってみたかったんだ」
その笑顔は、ジニーを救った。
「ところで、二人はいつからなの?」
ジニーは二人に微笑んだ。
「えっ?……ジニーが落ち込んでたからサムに相談して……それで、その……」
言葉を詰まらせたエミリーは俯いた、運転席のサムもロボットみたいな動きになって、引きつった顔で笑った。
「お似合いだよ」
ジニーの言葉に、エミリーもサムも耳たぶまで赤くなっていた。
展望台は人影もなく静まり返っていた。空には雲一つ無く、見下ろした街は太陽の下に輝いて眼下に広がり、ひんやりとした風が心地よかった。
「サム、どう?」
ジニーの心配そうな声を受け、サムは必死でチューニングしていたが中々受信出来ないでいた。エミリーも心配顔で見守り、時間だけが過ぎて行った。
「まって……今」
諦め掛けていた時、サムが声を発した。耳を澄ませると、微かに実況だった。
「……五回の裏……ピッチャー……松田……これは内野ゴロ……」
ジニーはその声に集中した。途切れる放送から、少しでも巧のことを引き出そうと全神経を耳に集めた。
エミリーはそっとサムの手を取り、その場を離れた。そして、少し距離を置いて見守っていた。
「ありがとう」
一時間後、ジニーはゆっくり二人に近付いて来た。
「どうだった?」
「今日は負けちゃった。二点に押さえたけど、援護がなくて」
ジニーは笑顔で言った。
「そんな時もあるよ」
エミリーはジニーの手を取った。
「そうだね」
ジニーーもエミリーの手を強く握り返した。
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中五日で登板する巧の試合の為、何度か展望台にやって来た三人だったが、巧が勝ってもジニーの元気は次第に少なくなっていった。
「ジニー、お願いがあるんだけど」
展望台からの帰り、サムがふいに言った。
「何?……」
「松田が帰って来たらさ、球、受けさせてくれないかな」
「えっ?」
「キャッチャーとしては凄く興味あるんだ。勿論、規則で教えてはいけないのは知ってるけど……」
「分った、聞いてみる」
笑顔で返事したが、ジニーは胸の奥を締め付けられた。本当は気付かないフリをしていた……巧は自分の恋人じゃない事を。
「ジニー……また元気なくなってる」
ジニーを下ろした後、エミリーは俯いた。
「エミリー、新しい情報があるんだ」
サムは嬉しそうに言った。
「何よ」
「妹のジョディ、キャッチャーのトムの娘と友達なんだ」
「何でそういうこと早く言わないの!」
エミリーにも光明が見えた。
「明日、トムに連絡してさっ」
「そうね、それしかない」
嬉しそうに呟いたエミリーは、サムの頬にキスをした。
「えっ……」
オンボロトラックは夕暮れの街をユラユラと蛇行した。
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ジニーはベッドにうつ伏せになり、クッションを被っていた。自己嫌悪はサムが勘違いしてるかもしれない事に集中していた。
「勝手に誤解したんだもん……」
呟いたけど、すぐに否定出来なかった自分が一番悪いのは分っていた。サムやエミリーの思いやりにも心から感謝していた。でも。心は重くて、切なかった。
「ジニー、電話よ」
ふいに、サラが電話を持って部屋に来た。
「こんな時間に?」
時計は深夜を指していた。
「男の子よ」
サラは笑った。サムか……ジニーは心で呟いた。
「はい」
「ジニー?」
その声にジニーの胸は押し潰されそうになった。
「……巧……どうして?」
受話器を持つリンジーの手は、小刻みに震えていた。
「寝てた?」
「ううん寝てない」
「そうか……」
「……調子は、どう?」
「まあまあ」
「……よかった」
「もうすぐ帰るから」
「うん……巧、お願いがあるの」
「何?」
「……帰ってから話す」
「分った。こっちもお願いがある」
「えっ?」
「帰ったらさ、カツ丼。ジニーのカツ丼が食べたい」
「分った」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
電話が切れると、涙が止め処なく溢れた。声を上げて泣いた、その涙はと叫びは全身からの喜びが爆発した証拠だった。取り留めのない会話だったのに、ジニーには宝物みたいに感じられた。
「どうしたのジニー!?」
ドアの向こうで心配してたサラが、その泣き声に部屋に飛び込んで来た。
「ママ……」
ジニーはサラに抱き付き、声を上げて泣いた。
「そう……よかったわね……」
何も聞かなくても、サラには分った。抱き締めた震えるジニーの背中が物語る……愛しい娘の涙が、嬉し泣きだという事が。