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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
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カツ丼とサブマリン

 家に戻ると特訓が待っていた。悪戦苦闘、キッチンは爆撃の後の様になったが、なんとかジニーは作り終えた。


「どう?ママ」


 ジニーは恐る恐る聞いてみた。


「うん、お店の味よ」


 主人の的確なレシピのおかげで、味にもサラは合格点を出した。おまけにサラは丼ぶりや箸なども揃える入れ込み様だった。


 時間はもう夜中を過ぎ、さすがに二人共疲れを隠せなかった。


「久しぶりね、二人で遊んだの」


 キッチンの椅子に座り、サラは背伸びした。


「ありがとう……ママ」


 ジニーは微笑んだ。


「最愛の娘の一大事だからね。でも、ママも楽しかった」


 立ち上がったサラはジニーを抱き締めて、また呟いた。


「さあ、明日は本番よ」


「うん」


 ジニーも抱き締め返した。


_________________



「どう調子は?」


 次の日、心配そうにサラはフライパンの中を覗き込んだ。


「大丈夫、昨日より上手くいってる。卵の半熟のコツも掴んだみたい」


 自信が出たのか、ジニーは嬉しそうだった。だって眠れなくて、何度もシュミレーションしていたから。そして何より巧の笑顔を見たかったから。


「もうすぐ巧が来るわね」


 周囲をうろつき、なんだかサラの方が落ち着かないようだった。


「今晩は」


 やって来た巧は、丼ぶりのカツ丼に驚いた。


「さあ、どうぞ」


 ジニーもサラもドキドキした。


「いただきます」


 そっと箸を付けた巧は、一瞬止まった。そして無言のまま、箸は加速していった。


「……」


 巧は無言で食べていたが、サラの心配をよそにジニーは何故か落ち着いていた。そして食べ終わった巧は、満面の笑顔を見せた。


「あの、おかわりしていい? 最高だよ」


「うん……直ぐ作る。ほっぺた、ご飯粒……」


 ジニーは涙が出そうになった。嬉しくて嬉しくて、巧の笑顔が見れなかった。


「久しぶりだよ、こんな本格的なカツ丼は」


 おかわりも簡単に平らげた巧だった。


「よかった……」


 目を真っ赤にしたジニーの肩を、そっと笑顔のサラが抱いた。


_______________________



「元気ないぞ」


 授業の合間、ぼんやりしているジニーの肩を叩いたエミリーだった。


「そんなことないよ」


 ジニーの声には元気がなかった。


「何かさ、こんなジニー初めて見た」


 エミリーは心から心配していた。


「ごめんね……」


 自分だって、こんなになるなんて信じられないジニーだった。動かない体と飛べない心……まるで悲劇のヒロインみいたな自分が、とても嫌だった。


「松田、二週間もロードだもんね」


 からかったつもりのエミリーだったが、ジニーの悲しそうな顔に心が痛んだ。


「これ……」


 エミリーは本を取り上げた。それは日本の歴史の本で、余白には漢字で松田巧と数多く書かれていた。そしてその隅には……Jeannie・Matsudaという文字が擦れていた。


 いつも強気で元気なジニーが俯いてるなんて、エミリーの母性は堪らなく愛しいと感じさせた。


「ねえジニー……松田のこと、好き?」


「えっ?」


 ジニーの瞳に一瞬の煌きがあった。


「正直に答えて。気持ちじゃなく……心で」


 エミリーは顔を近付けた”心で”って言葉がジニーの胸に刺さった。


「……多分……好き」


 消えそうなぐらい小声で呟いたジニーだった。


「聞こえない」


 更に顔を近づけたエミリーは、はっきりとした口調で言った。


「好き……」


 ジニーは少し声を大きくした。


「まだ聞こえない!」


 エミリーも声を上げた。


「大好きっ!」


 ジニーは叫んだ。


「分った」


 そっとエミリーはジニーを抱き締めた、そして耳元で囁いた。


「サムのおじいちゃんが、高性能ラジオ持ってるんだって」


「えっ、何?」


 体を離したジニーは、笑顔のエミリーを見た。


「もう、それがあれば松田の試合が聞けるんだよ」


「……巧の試合……」


 エミリーの言葉は、曇っていたジニーの心に光を導いた。テレビなどで試合の結果は分かっても、ダイジェストさえ無いマイナーリーグの試合は、地元のラジオ局ぐらいでないと放送なんてしない。


「聞いたよ、エミリーから」


 ふいにやって来たサムが笑顔で立っていた。


「おじいちゃん、貸してくれるかな?」


 声を弱めたジニーだった。


「大丈夫だと思うよ、放課後行こう」


「ありがとう……」


 サムの言葉もジニーに希望を与えてくれた。


______________________


 

 夕方、三人は街外れにあるサムの祖父リチャードの家に行った。


「初めまして、ジニーです」「エミリーです、よろしく」


「ほう、サムが二人も女の子を連れてくるとは」


 優しそうなリチャードは、大きなソファーで笑っていた。


「おじいちゃん、ラジオ貸してくれない?」


 横に座ったサムは、リチャードの耳元で言った。


「どうするんじゃ?」


「ジニーの彼氏がプラネッツの選手なんだ、それで地方の試合が聞きたくて」


 サムの言葉に、ジニーの脈拍はロケットみたいに急上昇した。息が苦しくて、喉がカラカラに渇いた。頭の中で”彼氏”という言葉が激しく反復横跳びする。


「ほう、誰じゃ?」


「巧・松田、新人のピッチャーだよ」


 サムの答えに、リチャードは満面の笑みになる。


「そうか、あのイエロー・サブマリンか。特にライジングボールは最高じゃ」


「イエロー、サブマリン?」


 エミリーは不思議そうな顔をした。


「下手投げの投法は下に潜るという意味と、浮かび上がる投球からサブマリン《潜水艦》と呼ばれておるんじゃ……彼は東洋人じゃから例えてイエロー、じゃが悪い意味ではない。見ているだけで心を弾ませ楽しい気分にさせてくれる、単純に色としての意味でのイエローなのじゃ……そして、イエローと言う色は太陽を表す。まさに、明るく輝く彼にぴったりの色じゃな」


 リチャードはジニーとエミリーに優しく笑った。ジニーの心の中に、明るい太陽と巧の笑顔が重なって自然と笑顔になった。


「それで、ライジングボールって何ですか?」


 エミリーは更に聞いた。


「手元でホップするストレートじゃ。わしも、あんな球は初めて見た」


 その球筋を思い出し、リチャードは更に笑顔になった。


「それより、おじいちゃん」


 苦笑いのサムは催促した。


「日本製の高性能ラジオじゃ、しかしどれ位受信できるかは……そうじゃ、展望台ならなんとかなるかもしれん」


「貸してくれるんですか?」


 ジニーは目を輝かせた。


「勿論じゃ。彼はメジャーに行くぞ」


 リチャードはジニーにウインクした。

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