表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
27/29

全力

 八回は四番のランプキンからだった、巧は迷う事なく一球目からスクリューボールで空振りを取った。二球目のカーブのサインに首を振り、またスクリューボールで空振りさせた。


 一旦打席を外したランプキンは、スクリューボールの軌道に合わせる様にスイングを繰り返した。


「ここが、正念場だ……」


 呟いたトムが一球外そうとサインを出すが、巧は首を振った。


『続けるのか?……どう見ても待ってるぞ』


 心で呟いたトムは、もう一度外すサインを出した。だが、当然の様に巧は首を振った。


『強情な奴だ……』


 ニヤリと笑ったトムは、スクリューボールのサインを出した。当然、三球勝負だとランプキンに分かった様で、構えるバットに力が満ち溢れていた。



 すると、巧は急にセットポジションを取り、誰も居ない一塁を見た後、渾身のスクリューボールを投げ込んだ。


 瞬時にトムは肝を冷やす! セットポジションなら球威が落ちるのは必然、球のキレも劣ると、目を見開いた。


 それは即ちランプキンも同じ様に感じる事で、振り始めの始動を微妙に遅らせた。


『タイミングがっ!!』


 思わずトムが心で叫んだ! だが、巧の手から放たれたボールのスピードは、ワインドアップと遜色はなく、むしろ外角低めの絶妙なコントールを生んでいた。


 そして、ベース手前でホップしたボールは、急角度で落ちた! 何とかバットに当てようとしたランプキンだったが、バットは空を切った。必死に身体を寄せて前に落としたトムは、素早くボールを拾ってランプキンにタッチした。


「マジか……」


 言える言葉は、それしかなかった……巧は投球姿勢を変える事で、バッターを幻惑していた。だが、言い換えれば、それだけ追い込まれている事の証でもあった。



 続く五番と六番もワインドアップとセットポジションを使い分け、全部スクリューボールで責めた。しかも、遊び球はなく、全球違うコースに投げ分けて六球で三振二つを取った。


 だが、巧はふらつく脚でベンチに戻ると横になって目を閉じた。


「大丈夫か巧……」


トムは側に寄って覗き込んだ。


「少し、寝るよ」


 巧は小さな声で呟いた。


「本当に全力出してやがる……」


 気力と知力、体力など全てを尽くす巧の投球に、呆れた様にトムは呟くが、その横顔は笑ったいた。


「どうしてそこまでするんだ……」


 たが、ジムには分らなかった。確かにノーノーは特別だが、それ以上に必死なのは理解出来なかった。


「訳があるんだよ」


 フィルは巧の額に濡れタオルを乗せた。


「何だ、知ってるのか?」


 ジムはフィルの腕を取って、ベンチの隅に行った。


「言えねぇよ」


 フィルは目を逸らし、苦笑いした。


「訳を言わないなら巧は交代だ、これ以上は怪我のリスクもある」


 ジムは決心した様に、強い口調で言った。


「分ったよ。詳しくは言えねぇけど、女がらみだ」


「あんなになってまでの理由がかっ!?」


 ジムは大声を上げてフィルの胸ぐらを掴んだ。その時、泣き顔のジニーがベンチの巧の側に寄り添った。


「巧、もういいよ……もう止めようよ」


 ジニーは大粒の涙を拭おうとはしなかった。


「ジニー、大丈夫だから……それより当たったとこ、何ともないかい?」


 巧はタオルで顔を隠したまま、自分の事よりジニーを心配していた。


「私の事なんてどうでもいいよ」


 ジニーは泣き崩れた。


「ごめん、ジニー……あと少しだから」


 巧の声はとても優しかった。


 他の選手達も、二人の様子を黙って見守っていた。


「どうした?早くしろ」


 出てこない選手に、審判がベンチを覗いた。


「この回、ヒットを打てなんて言わん、とにかく粘って少しでも巧を休ませろっ!」


 大きく息を吐いた後、ジムの大声がベンチに響いた。


「よしっ、誰の打順だっ!?」


 トムは声を上げた。


「おめぇだよ」


 苦笑いのフィルは、バットとヘルメットを差し出した。


「ジニー……持ち場に帰れるな?」


 座り込むジニーにジムは優しく言った。


「でも、巧が……」


「巧の事は任せておけ、うちの重量打線が休ませるから……さあ、戻るんだ」


 ジムはジニーを立たせると、ベンチの外に送り出した。


「すみません……」


 巧は呟いた。


「一度くらい、女の為の試合があってもいいさ……だがな、ここまで来てダメだったは通用しないぞ……いいか、男を見せろ」


 ジムは自分の言葉に苦笑するが、最後は巧を見据えた。


「はい」


 起き上がっ巧は、強く返事した。


______________________



 トムも次の打者も粘りに粘り、かなりの時間巧を休ませることが出来た。


「出番だ。三振21個、取るぞ。完全試合のオマケ付きでな」


 チェンジになると、トムはそっと巧を起こした。


 九回の表レッドウッズは七番のミゲルに変わり、左のピンチヒッターを送って来た。


「当てるのが上手そうだな」


 マウンドにやって来たトムは、脚の速そうな打者を見て言った。


「当てさせないさ」


 巧はトムの目を真っ直ぐ見た。


「お前な……」


 トムは溜息を付いた。


「絶対に達成する」


 巧は呟いた。


「その意気だ。気合で行こうぜ」


「ああ」


 ニヤリと笑うとするトムに、巧は微笑んだ。


「一球目は高めに暴投しろ、取れないぐらいのな」


 一瞬考えて、トムはミットで口を隠して言った。


「えっ?」


「二球目は手前でワンバウンドだ。相手は相当疲れてると見て、ファーボールを狙って来る……まずは、パーフェクトを崩そうと考える」


「そう言うことか」


 巧は頷いた。


「ここからだ、三球目は外角低めいっぱいに渾身の速球を決めろ。そして四球目もワンバウンド、五球目は外角ボールゾーンから入ってくるカーブでストライクを取り、最後は渾身のスクリューボールだ……お前のコントロール信じてるぜ」


 トムは笑顔で言った。勿論、疲労のピークの巧にコントロールを要求するのは過酷だがトムは信じていた。


「分った」


 巧は頷くと、大きく深呼吸した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ