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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
26/29

タクティクス

 回が進むにつれ、ジニーの心配は次第に大きくなっていった。巧のフォームは躍動感を失ってなかったが、時折り肩を気にする仕草や汗を拭う事が回を増す毎に多くなっていた。


「ジニーっ!!」


 突然、巧の声が聞こえた。その瞬間、視野に打球か映り反応する間もなく左肩に当たった。激痛で意識が飛びそうになった、でもジニーの目にはトレーナーを追い越し走って来る巧の姿が見えた。


「ジニー!! 怪我はっ!?」


 ジニーを抱き起こした巧は泣きそうな顔で叫んだ。


「泣きそうな顔して……当たったのは私だよ」


 その泣きそうな顔が切なくて、ジニーは胸が締め付けられ、ぎこちなく笑った。


「ここは動くかジニー? これは痛くないか?」


 トレーナーのボウマンは、ジニーの腕や肩をを診断していた。


「大丈夫……そんなに速い打球じゃなかったから」


 ジニーは本当は痛いけど、無理して笑った……この試合だけは、絶対に側にいたかったから。


「ごめんジニー……もう打たせないから」


 マウンドに戻りながら、巧は擦れる声で言った。


 その言葉は、ジニーの全身に鳥肌を立てさせた。


___________



 巧の投球は変わった。何度もトムのサインに首を振って、強引に三振を取りに行った。


「強気なのはいいが、一本打たれたら計画は終わりなんだぜ」


 ベンチに戻りながら、トムは諭すように言った。ジニーの事で、巧が熱くなってる事が手に取るように分かっていたから。


「大丈夫、冷静だよ」


 だが、落ち着いた声の巧は少し笑った。


「どこがだよ……」


 呆れた様にトムは笑うが、今までに無かった闘志を前面に出す巧の投球には確かに未来を感じていた。そして、投手の闘志は味方の士気を上げ、チームの勝利を促す……そんな簡単な事も忘れていたんだな、と心で呟いた。


 そして百球近くなると、ジムが交代を促したが巧は強い意志で続投を懇願した。ノーヒットを続けている最中で、ジムは仕方なく続投を許可した。


「まだ、ランナー出てないな」


「三振の数も15だぜ」


 七回表が終わると、ジニーの横の観客席からヒソヒソ話があちこちで聞かれ、スタジアムの雰囲気はピリピリとした緊張感に包まれていた。


 そして相手のアイスマンもリーグを代表するピッチャーだけの事はあり、ヒットは打たれるものの要所を締め試合は依然0対0のままだった。


ジニーは痛みも忘れ、勝敗もどうでもいい、ただ巧が無事にと祈り続けた。


「トム……ごめん、あと六人……全部三振に捕る」


 ベンチに戻った巧は肩で息をしながら言った。


「そうだな、もう後がない。それには追い込んでスクリューボールしかない。もう百球を越えたが、コントロール出来るか?」


 巧の様子にトムは顔を曇らせるが、その横では腕組みのジムが更に顔を曇らせていた。


「大丈夫です……ジム、やらせて下さい」


 トムに微笑んだ後、巧は監督のジムを見据えた。


「後、全員三振だと? この試合はお前のものじゃない……それに……」


 ジムがその先を言おうとした時、フィルが進み出た。


「ジム、巧に任せろよ」


「この回必ず点を取る……ダメなら巧を降ろせばいいさ」


 四番のリッキーもジムの前に立った。


「この回は俺からだ、必ず塁に出る」


 一番のカイルもジムの前に来た、そして全選手はジムを取り囲んだ。


「何だ? 俺だけ悪者か?……」


 ジムは皆を見回した。


「ジム……お願いだ」


 トムはいつの間にか、ジムの側にいて腕を強く掴んだ。


「好きにしろ……その代わり必ず点を取れ。それと、巧……打たれたら即交代だからな」


 ジムはトムの腕を振り解くと激を飛ばし、巧を見据えた。


「はい……皆、ありがとう」


 巧はジムに深く頭を下げた後、皆にも礼をした。


「礼は点を取ってからだ」


 打席に向かうカイルは、ウィンクした。


_____________________



「あいつ、左に立ったぞ」


 右打者のカイルが左打席に立つ事にフィルは驚いたが、トムはニヤリと笑った。


「左の方が一塁ベースに、二歩近いからな」


カイルは二球目を絶妙なバントで三塁線に転がした、しかしダッシュしたサードは素手で捕り、矢のような送球をした。カイルは一塁にヘッドスライディングした……一瞬遅れて一塁審判は両手を横に広げた。


 ベンチは勝ったみたいに大騒ぎした。カイルは一塁ベースで何度もガッツポーズをして、観客も大声援で称えた。


 続く二番のダニーは確実に送り、なんと三番のトーマスも三塁線に送りバントを決め、2アウト三塁になった。


「リッキー一発放り込め!」


「巧を楽にしてやれ!」


 ベンチやスタンドから、大声援が巻き起こった。


「待て、リッキー」


 ジムはリッキーを呼び耳打ちした、そしてまた右打者のリッキーも左打席に入った。


「おい……」


 ピッチャーのアイスマンは、キャッチャーのベンを呼んだ。


「どうせ、スクイズだ」


 アイスマンは、豪快に素振りするリッキーを横目で見た。


「2アウトだぜ?」


 ベンはミットで口を隠しながら言った。


「あいつ見かけより足が速いからな、それで左に立ったのさ。全く……さっきと同じ作戦だぜ、見え見えだ」


 アイスマンも口を隠して苦笑いした。


「で、どうする?」


「やらせるさ……一球目からファーストとサードをダッシュさせろ、ドまん中のストレートはバントやりにくいもんさ、しかも慣れない左打席だからな」


「OK、サインを出す」


 アイスマンは相手の作戦を完全に読んだ自信があった、ベンもすぐに同意した。


 打席のリッキーは大きく構えた、エミリーやレべッカも観客と一体になって祈っていが……ジニーだけは、まだ思っていた……巧の為に早く試合が終われと。


 アイスマンはストレートをまん中に投げ込んだ、同時にファーストとサードはダッシュした! カイルはホームに突っ込む! リッキーは一瞬のバントの構えを引いて、まん中のストレートに軽くバットを振った。

 

 渇いた音がした、ふわりとした打球はセンター前に落ちた。


「一点だっ!!」


 ホームインしたカイルは叫び、ナインの手荒い祝福を受けた。リッキーは隙を付いて二塁を狙ったが、タッチアウトになった。


 しかし、ベンチに戻ったリッキーにも手荒い祝福が待っていた。


「いい作戦だったな……2アウトでスクイズと思わせれば、やらせる為に甘いストレートが来る、慣れない左でもリッキーなら当てるのは簡単だ」


 トムはジムの横顔に言った。


「一応監督だからな」


 ジムは苦笑いした。


 そして、皆が喜ぶ輪の中で、巧は経験した事のない力が溢れる事を肌で感じた。


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