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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
24/29

母親

家に戻ったジニーは、リビングのソファーに寝ころんでいた。コーヒーを入れて来たサラは、横に座って肩を抱いた。


「何か良いことあった?」


「……うん」


 ジニーは父親の事を話すかどうかと迷っていたが、今まで生活の全てをジニーの為だけに使って来たサラの事を考えると、話した方が良いと思った。


「あのね……パパに会った……マットが巧の事を話して、見に来たみたい」


「……で、元気だった?」


 サラはジョーと同じ事を聞いた。


「元気だった……ママも元気かって聞いてた」


「……そうなんだ」


 少し笑ったサラだっが、ジニーは何故かサラの心が揺れてる気がして話題を変えた。


「巧は本物だって、言ってた」


「あの人が言うなら本当よ……」


 優しく肩を抱いて、サラは言った。


「それにね、”流石俺の娘だ、男を見る目は確かだ”って」


「相変わらず、上から目線ね……」


 溜息交じりのサラは、言葉とは裏腹に優しく微笑んだ。だが、ジニーは暫くすると決意した様に呟いた。


「……私は、メジャーに行く巧を……見てるだけでいい」


「諦めるって事?」


 サラはジニーの横顔見ながら、優しい声で言った。


「……うん」


 小さく返事するジニーの声は、微かに震えていた。


「そっか……」


 それだけ言ったサラは、それ以上は何も言わなかった。本当は何か言って欲しかったジニーだったが、巧の笑顔を思い出すと、自然と涙が浮かんだ。


 黙ったままジニーの頭を撫ぜながら、サラはそっとジニーの肩を抱き締めた。


___________



「今日はここまでだ、上がれ」


「もう少し、感覚が掴めそうなんです」


 腕組みのルーが言うが、巧は食い下がった。


「ホップはするが、落ちる時と落ちない時があるな」


 ボールを投げ返したトムは、笑いながら言った。


「精度を高めないと、ゲームでは使えないんだ」


「何を焦ってるんだ?」


 マウンドを蹴りながら巧は深刻な顔をするが、トムは急に顔を顰めた。


「焦るさ……」


 巧は背中を向けて、小さく呟いた。トムは座って構えると、大きな声で叫んだ。


「相手バッターを想像しろ! 立ってるのはマットだ! ジニーを取られていいのか?!」


「おいおい……」


 ルーは苦笑いした。だが、振り向いた巧の表情は引き締まり、目に輝きを増した。振りかぶって放たれたボールは、低い弾道からベース手前でホップ! 次の瞬間! 急激な落差で落ちた! 丁度ベースの後方、トムはミットを上向きに返してどうにか捕球した。


「今のは良かった。だが、ミットが上向きじゃボールって判定されるぞ」


「こっちも、練習中なんだよ!」


 頷くルーに、トムは苦笑いで言い返した。


「……投げれた……」


 マウンドで巧は呟いた。確かにバッターボックスにマットの姿が浮かんだ……だが、その先にはジニーの笑顔があった。そして、確かに聞こえた”巧! 三振!”って言うジニーの明るい声が。


「……無理するのは、ジニーの為なんだろ?」


「……そうかも、しれない……」


 マウンドに来たトムは、ボールを巧のグラブに返しながら言った。巧は小さな声で、一言だけ呟いた。


___________



 サラはスタジアムの内野席で、練習を見ていた。眩い太陽と芝生の香りが、潮風に混ざって少し懐かしさに浸る。


「やあ、サラ。どうしたんですか?」


 投球練習を終え、ストレッチを始めようとグランドに戻った巧は、スタンドにサラを見付け近付いた。


「どう、調子は?」


「まあ、まあですね……」


 何故、サラが来たのか? 少し巧は胸がザワ付いた。


「あの……ジニーがボールを無くしたんだそうですね」


 巧は少し考えて、聞いた。


「あの娘、凄く取り乱して……大変だったのよ」


「そうみたいですね……レベッカに聞きました」


 上手く笑えず、巧の顔は強張った。


「どうして、あんなに取り乱したか分かるかしら?」


 穏やかにサラは聞いた。


「えっ?……いいえ」


「あなたがくれた、ボールだったから」


 サラの言葉は巧の胸を貫き、耳の奥でジニーの声が蘇る……”巧のウィニングボールだから”と。


「……まったく、親子ね……私の旦那はマイナー選手だったの。彼は目標に向かい輝いてた……私は、その他大勢のファンだったけど彼を射止めた……自分でも分からないけど、この人だって突っ走ったの……でも、ジニー誰に似たのかしら……私に遠慮して、自分の気持ちに素直になれない」


 前に聞いた、ジニーの話。父親の事を笑って話す姿が、目に浮かんだ。


「お願いがあるんだけど」


「はい……」


「その気が無いなら、ジニーを放っておいて……でも、好きになってくれるなら離さないで……」


「……」


 巧は直ぐに返答が出来なかった。


「ごめんなさい……私も子離れが出来ないわね……でも、私にとって、あの子は一番大切な宝物なの」


 呟いたサラは眩しい太陽に目を細めた。そして、一呼吸置いて続けた。


「ダメな母親でしょ……お節介で出しゃばりで……見守る事を我慢出来ない……私の方が子供みたい……本当にごめんなさい……忘れて、あなたに選択を迫る様に言った事……」


「……いいえ、サラが謝る事なんてありません……正直、ジニーが羨ましいです……貴方は素晴らしい母親です」


 背筋を伸ばして、巧はサラを見詰めた。


「……巧……ありがとう」


 小さく微笑んだサラは、ジニーの言葉がジョーの声で聞こえた ”流石俺の娘だ、男を見る目は確かだ”と。


「ジニーが傍に居たら……力が出るんです……球速も出るし、変化球もキレる、スタミナも持続するんです……何故なんでしょうか?」


 巧はサラを真っすぐに見た。


「……さあ、どうしてかしらね」


 サラは悪戯っぽく笑った。その笑顔は巧が遠に忘れていた、母親の笑顔だった。



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