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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
23/29

父親

「久しぶりだな」


 ジニーの止まった時間は、聞き覚えのある聞きたくはない声に押されて動き出した。振り向いたジニーは、ジョーを睨み付ける。


 白髪が混じり、目元の皺も目立つ顔は大嫌いな父親の姿としてジニーの目に映るが、何より優しかった時の笑顔が記憶に蘇った事が嫌だった。


「どうして来たの?」


 強く睨むが、ジョーは穏やかな表情だった。


「サラは元気か?」


「関係ない……それより、目的を聞かせて」


 ジョーの問いには答えず、ジニーは視線と語尾を強めた。


「マットにお前の事を話し過ぎた……奴には言った。メジャーで最高の選手じゃないと、お前はやらないと」


「やらない? 勝手に決めないで」


 苛立ちがジニーを包むが、ジョーは表情を変えなかった。


「忠告を破り、マットはお前に会いに言った……だが、お前には……」


「やめて!!」


 ジニーはジョーの言葉を遮り、大声で叫んだ。その声は残響を残し、青空の彼方に消えた。暫くの沈黙の後、ジョーは静かに言った。


「あの男……後は勲章さえあれば、メジャーに行けるだろう……流石、俺の娘だ……男を見る目は確かだ……」


「えっ?……」


「じゃあな……サラに宜しく」


 ジョーはそう言って背中を向けた。そして、ジニーはまた、その場に立ち竦む……遠ざかるジョーの背中は、何故がとても小さく見えた。


___________



 ジョーが去って取り残されたジニーの脳裏には、ある言葉が浮かんでいた……”流石、俺の娘だ……男を見る目は確かだな”。


 ふいにジニーは走り出した、もう我慢なんて出来なかった。スタジアムに向かって走る今のジニーに迷いなんて……もう無かった。


 緑の芝生の上で、巧はストレッチをしていた。駆け寄るジニーは巧の頭付近で立ち止まるが、何も言えなかった。


 見ていたトムは、他の者を遠くへ追いやり大声で言った。


「巧! 話を聞いてやれよ!」


「あれ、どうしたの?」


 寝ころんだまま、巧は笑顔で言った。急に力が抜け、ジニーは傍に座り込んだ。だが、言葉は思うように出てこない……風が運ぶ潮の香りだけが、芝生の上を通り過ぎて行った。


 暫くして、巧が話し出した。


「ボール、無くしたんだって? ……物凄く泣いたって聞いたよ……」


「泣いて、ないもん……」


 恥ずかしさで、ジニーは赤くなった。


「大切にして、くれたんだね……」


「巧のウィニングボールだから……」


 優しい巧の声に、涙を必死で堪えたジニーだった。そして、また沈黙が広がるが、今度はジニーから話し出した。


「マットを三振に押さえたんだよね?」


「えっ、そうだね」


「凄い球だって言ってた……スクリューボールなんて、投げれたの?」


「……まだ、数回しか投げた事なかったんだ。他の球は何とかコントロール出来る様になったけど、マイナーとは言っても強打者には通用しないからね……やっぱり、ウィニングショットが必要なんだ」


「浮かんで落ちるんでしょ? それなら凄いウィニングショットになるね」


 座ったまま、ジニーの脳裏には球筋が見えた。


「でも、マットの時は完全にまぐれだったよ……今は落ちないかも」


「まぐれ何かじゃないよ、巧なら出来るから」


 弱気を見せる巧に、ジニーは必死で言った。


「ありがと……でも、マットは絶対に三振に仕留めたかった……だから、投げれた」


「どうして?」


「それは、その……」


 巧は口籠った。もしかして、私の為? 想像するだけで、ジニーの心拍は上昇して、息が苦しくなった。そしてまた,暫くの沈黙が続く……そして、またジョーの言葉が脳裏に浮かぶと、ジニーは素直に言葉が出た。 


「あのね、マットの事なんだけど……」


 ジニーは正直に全て話した。父親が自分の事を褒めて、マットが興味を持ち、メジャーに行かないと認めない事など……全てを。


 黙って聞いた巧の表情が、みるみる笑顔になる事をジニーは不思議な感じで見ていた。


「えっ、もしかしてマットと一緒に来た人、お父さん?」


「多分、そう……」


 急に飛び上がり、巧は驚いた様に言った。


「だから、凄く睨んでたんだ……」


 巧は娘を心配して来た父親だからこそ、睨んだと言う事に合点がいった。


「でもね、言ってた……後は勲章があれば、巧はメジャーに行けるって」


「会えたんだね」


 メジャーに行けるって言われた事より、巧はジニーが父親に会えた事を喜んだ。


「……あまり、会いたくはなかったけど」


「……よかったね、お父さんと話せて」


 また、寝ころんだ巧は嬉しそうに言った。


「でも、口喧嘩みたいになって……」


「いいと思うよ……喧嘩出来るんだから」


「……ごめんなさい」


 巧には両親が居ない事を思い出し、ジニーは俯いた。


「気にしないで……さてと、もう少しがんばろうかな。それじゃあ、またね」


 笑顔を向け立ち上がった巧は、遠くで見てるトムの方に走って行った。


 巧の何気ない言葉は、何故がジニーの心を安寧に導いた。そして、この温かな安心感に触れられるだけでいい……そんな、弱気な気持ちさえ愛しく感じた。


___________



「色男、話は終わったのか?」


 ニヤニヤしながら、トムは冷やかした。


「確かルーはサイドスローだったから、スクリューボールは投げられたよね」


「そうだけど昔の事だぞ、覚えてるかな?」


 やる気を出す巧を見てトムはジニーとの話を想像するが、敢えて触れなかった。


「誰が年寄りだ? スクリューボールは得意球だったぜ」


 腕組みすりトムの横で、ルーは苦笑いした。


「この前は、見よう見真似だったんです。教えて下さい」


 巧はルーに頭を下げた。


「あれが、見よう見真似? 俺に教えるトコあるのかぁ?」


 笑いながらルーは言うが、その脳裏には巧の投げたスクリューボールの軌道が焼き付いていた。


「モノに出来れば怖いもの無しだ。練習はスクリューボール中心にやれ」


 今度はジムが横から言った。


「分かりました。お願いします」


 巧は元気よく言うと、ルーと一緒にブルペンに向かった。ジムはトムを呼び止めると、肩を叩いた。


「ジョーも言ってた。巧は本物だってな……それに、スクリューボールが加わればメジャー行きは確定路線だ……頼むぞ」


「言われなくて分かってるさ……でもさ、あいつは最初から本物だよ」


 巧の背中を見ながら、トムはニヤリと笑った。

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