涙
ゲームが終わり、ジニーは更衣室で着替えていた。巧が登板を飛ばしていたので違うピッチャーだったが、何故か安心してゲームに集中出来た。
時折、ベンチの巧を見るが目を合わせずに、巧がこちらを見てない時にそっと見ているだけだった。
「帰り、何処かに寄ってく?」
「そうね、カフェでも行こうか」
エミリーの問い掛けに、ジニーは笑顔で答えた。ふと視線をずらしレベッカを見る、薄化粧で服装も地味になってる事に首を捻るが、スタッフなどの対応が依然と比べ横柄ではなく、優しくなってる事には気付いていた。
「昨日、松田とデートだったの?」
ロッカールームに入って来た売店のおばさんが、笑顔でレベッカに聞いた。その言葉はジニーの心臓を締め付けた。身体は震え、心拍は壊れそうな位に上昇した。
「見てたんですかぁ?」
笑顔で答えるレベッカは、チラッとジニーを見た。直ぐに察したエミリーが、間に入るがジニーは固まって声すら出なかった。
「ジニー……」
振り向いたエミリーは、見た事のないジニーの様子に動揺した。そして、目を見開いたジニーの大きな瞳からは、涙が溢れ出した。
「あれっ……あれっ……」
真っ白になった頭の中で、ジニーは景色が歪んでるのを……ただ、泣きながら見ていた。
「どうしたのよっ?」
肩を揺らすエミリーは、子供みたいに泣くジニーを揺らした。そして、自分も泣きそうになり、慌ててジニーの肩を抱いて外に出た。
泣きじゃくるジニーを抱き締めながら、エミリーもまた泣きながらジニーの家にフラフラと歩き出した。
「あら、どうしたの二人とも?」
ドアを開けたサラは二人の様子に驚いたが、直ぐにジニーを自分の部屋に連れて行った。
「ごめんさいね。迷惑かけて」
玄関で泣いていたエミリーを居間に通すと、タオルを渡してお茶を出した。
「私……ジニーに何もしてあげられなくて……」
「いいえ、エミリーは色々してくれたじゃない」
俯くエミリーに、サラは微笑んだ。
「でも……」
「ジニーは自分で決めないといけないの。立ち止まるのも、進むのも……」
「私は……」
「こんな良い子が傍に居てくれるなんて、ジニーは幸せ者……」
サラはエミリーを抱き締めた。
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サラはエミリーを車で送ると、ジニーの部屋をノックした。ジニーはベッドに伏せたまま、シクシクと泣いていた。
「……エミリーに聞いたわよ?」
「……」
泣いてたジニーが一瞬止まった。
「泣くだけじゃ、何も解決しないんだけどなぁ」
ベッドに座ったサラは微笑むが、ジニーにも分かっていた……分かり過ぎていた。でも、巧がレベッカとデートしている所を想像するだけで、涙が溢れ思考は停止した。
「一つ分かったわね」
ふいのサラの言葉、ジニーには意味が分からなかった。
「えっ?」
枕から顔を上げたジニーに、サラは頬にキスをした。
「これだけ泣いて、悩むんだもん……ジニーは巧の事が本当に好きなのよ」
自分でも分からなかった心の中のモヤモヤが、小さな音と共に胸の中で弾けた。
「私……」
起き上がったジニーは、サラの顔を見た。優しい笑顔は、いつもジニーの傍に居た。
「がんばれ……」
抱き締めたサラは、それだけ言った。
「……うん」
その言葉は、魔法の様にジニーの心と身体を軽くした。
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全体練習が終わると、巧は何時もの様にランニングを始めた。眩い太陽と芝生の香りが潮風に混ざって、心地良い汗に変わる。
身体は軽く体調も良かったが、何故か心は霞んでいた。そいて、グランドを何周かするとベンチに見知らぬ人を見掛けた。
ジムと気軽に話している様子を見ると、関係者だとは思ったが刺す様な鋭い視線には違和感があった。
40前半、金髪で瘦せ型で雰囲気には強い意志が現れていた。ジムに呼ばれてベンチに行った巧は、帽子を取って挨拶した。
「巧・松田です」
「指を見せろ」
挨拶も返さず、男は巧の指を見て表情を変えずに続けた。
「投げて見ろ」
「ジム?」
巧は訝し気にジムを見た。
「こいつは昔からの知り合いで、ジョー・……」
「マットから聞いた。お前の球を見てみたい」
ジムが紹介しようとするが、ジョーと呼ばれた男は途中で遮り巧に強い視線を向けた。
「まあ、いい。投げれるか?」
「はい」
一応ジムの許可は出たので、巧は頷いた。そして、マットの知り合いだとは分かったが、強い命令口調に少し嫌な感じがした。
巧はブルペンに行こうとするが、ジョーはマウンドを促した。トムも呼ばれ、マウンド付近で軽く打ち合わせをした。
「知ってる? マットと関係あるみたいだけど」
「さあな、ジムとも知り合いの様だが、マットのコーチってとこか」
「何か、凄く見てるんだけど」
「知るか……まあ、今のお前の成績じゃ、メジャーの視察とかじゃないから安心しろ」
確かに三勝二敗、防御率3.47は悪くはない数字だっが、メジャーに昇格出来る数字でもなかった。
ジョーは腕組みしたまま、トムの後ろで巧の投球を見ていた。別に指示やアドバイスも無く、ただ見ているだけだった。
20球程、変化球を織り交ぜながら投げると、ジョーは巧に聞いた……低い声で。
「メジャーに行きたいか?」
「行くつもりです」
真っすぐにジョーを見て、巧はしっかりした口調で言った。
「……そうか……練習を続けろ」
ジョーは背中で言うと、ジムと一緒に戻って行った。
「何だったんだ?」
「さあね……」
マウンドに来たトムは唖然と言うが、巧はジョーの背中に残る違和感を拭えずにいた。