似た者同士
海辺のカフェでは、不機嫌そうにレベッカが頬杖を付いていた。パットもリタも揃ってアイスコーヒーのカップを、眉を潜めて掻き回していた。
「何とかならないの?」
ふいにレベッカが、顔を上げた。
「どっちが本命なのよ?」
面倒そうにパットが聞くと、レベッカは少し俯き頬を赤らめて消えそうな声だった。
「どっちって……その……えっと……巧」
「えっ? マットの方が背も高くてハンサムだよ」
「そうだよ。既にスターだし、ドラフト一巡目候補だよ?」
驚いたパットが聞き返し、リタも唖然と呟いた。
「……だって、巧の方がキュートだもん」
レベッカは並んだ時に、同じ位の背丈だった巧の事を思い出した。そして、その優しい笑顔は、レベッカにド真ん中のストレートを投げ込んだのだった。
「……こりゃ、重症だね」
呆れる様に溜息を付くパットだっが、以前のレベッカとは違う雰囲気に驚いていた。
「……しかし、これ程までとはね」
リタも同感だった。美人でグラマラス、派手で高慢で自信の塊だっのに、今のレベッカは化粧も薄く、服装も清楚になっていた……何より、強気が服を着ている様な性格でさえ、巧の事となると乙女の様に内気になっていた。
「作戦が無い事もないんだけど」
「何かあるの?」
パットの言葉に、レベッカは身を乗り出した。
「そうね、巧は真面目で大人しい、それを利用する」
「それしかないわね」
腕組みのパットに、リタも同意した。
「何なの、教えてよ」
レベッカは真剣だった。
「巧に相談するのよ……例えば、ジニーが巧のウィニングボールを無くして落ち込んでるってね」
「何よそれ?」
パットの作戦に、少し眉を潜めたレベッカだった。そして、今度はリタが補足する。
「その落ち込んでるジニーを心配している所を、巧にアピールする」
「すると?」
またレベッカが身を乗り出す。そして、パットが作戦の要を説明した。
「自分の事より友達を心配する優しい女の子……ここが大事よ、それで巧の心はレベッカの物」
「そうだよ、巧はきっと清楚で心優しい女の子が好き。きっと、成功する」
「……やる」
レベッカの脳内では、成功の文字がファンファーレと共にスポットライトを浴びていた。
___________
「今日はマットが練習に参加する」
「よろしくお願いします」
グラウンドでコーチに紹介され、マット挨拶をした。ハイスクール界でも知れ渡ったスーパースターの登場に、サムやテッドだけでなくチームの全員が緊張した。
だが、マットは礼儀正しく控えめで、チーム全員をリスペクトしていた。
「スーパースターなんだから、もっと生意気で上から目線の奴だと思ってた」
「そうだね。爽やかだし、嫌味が無いよ」
唖然とテッドが呟き、サムも頷いた。だが、テッドの投球を受ける姿は、チーム全員を直立不動にさせた。
「レベルが違い過ぎる……メジャーのキャッチャーを見てる様だ……それに……」
目を見開くサムは、キャッチングの上手さは言うに及ばず、セカンドへ投げた送球に口をポカンと開けた。
矢のような剛速球は、テッドの全力投球より遥かに速く、そのコントロールは精密で、セカンドベース付近、しかもファーストベース側のランナーの足元に寸分の狂いも無く収まった。
「盗塁なんて、絶対不可能だ……」
唖然と呟くテッドだっが、バッティングに移ると更に目を見張った。その打球は快音を残し、センターを中心に左右のスタンド遥か彼方に消えた。
しかも、プロを前提とした木製バットを使って……チーム全員は、あまりのレベルの違いに固まるしかなかった。
だが、練習を終えると雰囲気は一変した。マットは誰にも気軽に声を掛け、道具の片付けや、グランドの整備にも積極的に参加した。
「何か、イメージと違う」
テッドが呟くが、それは全員同じだった。
「サム、松田の球を受けた事あるんだって?」
「ああ、受けたよ……あの浮き上がるストートは捕れなかったけど」
気軽に話しかけて来るマットに、サムも笑顔で答えた。
「確かに、良いピッチャーだよね。僕もあんな球は初めてだった」
「でも、捕ったんだろ」
「いや、カットボールは捕れなかっったよ」
頭を掻きながらの笑顔は、サムを始め周囲を笑顔にした。マットは質問や技術的な相談など、どれも真摯に丁寧に答え、その人柄はその場の全員をファンにさせた。
「俺は代々の自慢にするんだ。あのマット・ハミルトンに球を受けてもらったって」
上機嫌のテッド、ほかのチームメイトも口々にマットとの出会いを喜んだ。
「……マット。巧は本当に良い人なんだよ」
帰り際、サムは背中を向けるマットに言った。
「そうだね……メジャーの舞台での対戦を望むよ……いや、バッテリーを組みたいな」
振り返ったマットは、笑顔で答えた。
___________
「らしくないぞ」
練習が終わり、ロッカールームでトムが巧に話し掛けた。
「……カットボールがコントロール出来るようになれば……」
ユニフォームを脱ぎながら、巧は小さな声で言った。
「そんなことぁ分かってる。言いたいのは、今の時期に怪我のリスクを負ってまで、やる事なのかって事だ」
トムの声は少し荒かったが、巧には届いていた。
「そうだね……」
「ジニーと何かあったのか?」
「別に、何もないよ」
「全く……お前ら、似た者同士だな」
「えっ?」
「そんな蚊トンボみたいなメンタルじゃ、メジャーに行けてたとしても通用しないぜ」
背中を向けたトムは、少し強い声で言った。
「……ああ」
俯く巧の声は、消えそうだった。
「相手のことばかり気にして、少しは自分に正直になったらどうなんだ?」
「正直?」
顔を上げた巧は、トムを見た。
「ベースボールに女は必要ないなんて、現場を知らないバカな解説者の言葉だ……見てみろ」
トムはスコアブックを出した。ホームとビジターでは、巧の防御率、被打率などは顕著に差があった。当然、ホームの方が良く、投球回数などは断然ホームの方が長かった。
「確かにホームの方が良いな、僕は内弁慶なのかな」
スコアブックを見た巧は、小さく呟いた。
「ウチベン……? 何じゃそりゃ?。それより、よく見ろ。同じホームの登板でも差が出てる……打ち込まれている日もある」
「そりゃ、相手チームの相性もあるし、その日のコンディションもあるから」
「違うな……」
「え?」
「ホームで打たれた日には、ある特徴がある」
「本当? 気付かなかった」
それは正直な感想で、巧は心当たりを考えた……。
「本当は分かってるはずだ……ホームで打たれた日、ジニーは居ない。多分、試験か何かで来ていないんだ。当然、ビジターにはジニーは居ないからな」
「……」
トムの指摘は、巧の胸を貫いた……”本当は分かってるはずだ”……その言葉が、何度も頭の中でリフレインした。