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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
19/29

似た者同士

 海辺のカフェでは、不機嫌そうにレベッカが頬杖を付いていた。パットもリタも揃ってアイスコーヒーのカップを、眉を潜めて掻き回していた。


「何とかならないの?」


 ふいにレベッカが、顔を上げた。


「どっちが本命なのよ?」


 面倒そうにパットが聞くと、レベッカは少し俯き頬を赤らめて消えそうな声だった。


「どっちって……その……えっと……巧」


「えっ? マットの方が背も高くてハンサムだよ」


「そうだよ。既にスターだし、ドラフト一巡目候補だよ?」


 驚いたパットが聞き返し、リタも唖然と呟いた。


「……だって、巧の方がキュートだもん」


 レベッカは並んだ時に、同じ位の背丈だった巧の事を思い出した。そして、その優しい笑顔は、レベッカにド真ん中のストレートを投げ込んだのだった。


「……こりゃ、重症だね」


 呆れる様に溜息を付くパットだっが、以前のレベッカとは違う雰囲気に驚いていた。


「……しかし、これ程までとはね」


 リタも同感だった。美人でグラマラス、派手で高慢で自信の塊だっのに、今のレベッカは化粧も薄く、服装も清楚になっていた……何より、強気が服を着ている様な性格でさえ、巧の事となると乙女の様に内気になっていた。


「作戦が無い事もないんだけど」


「何かあるの?」


 パットの言葉に、レベッカは身を乗り出した。


「そうね、巧は真面目で大人しい、それを利用する」


「それしかないわね」


 腕組みのパットに、リタも同意した。


「何なの、教えてよ」


 レベッカは真剣だった。


「巧に相談するのよ……例えば、ジニーが巧のウィニングボールを無くして落ち込んでるってね」


「何よそれ?」


 パットの作戦に、少し眉を潜めたレベッカだった。そして、今度はリタが補足する。


「その落ち込んでるジニーを心配している所を、巧にアピールする」


「すると?」


 またレベッカが身を乗り出す。そして、パットが作戦の要を説明した。


「自分の事より友達を心配する優しい女の子……ここが大事よ、それで巧の心はレベッカの物」


「そうだよ、巧はきっと清楚で心優しい女の子が好き。きっと、成功する」


「……やる」


 レベッカの脳内では、成功の文字がファンファーレと共にスポットライトを浴びていた。


___________



「今日はマットが練習に参加する」


「よろしくお願いします」


 グラウンドでコーチに紹介され、マット挨拶をした。ハイスクール界でも知れ渡ったスーパースターの登場に、サムやテッドだけでなくチームの全員が緊張した。


 だが、マットは礼儀正しく控えめで、チーム全員をリスペクトしていた。


「スーパースターなんだから、もっと生意気で上から目線の奴だと思ってた」


「そうだね。爽やかだし、嫌味が無いよ」


 唖然とテッドが呟き、サムも頷いた。だが、テッドの投球を受ける姿は、チーム全員を直立不動にさせた。


「レベルが違い過ぎる……メジャーのキャッチャーを見てる様だ……それに……」


 目を見開くサムは、キャッチングの上手さは言うに及ばず、セカンドへ投げた送球に口をポカンと開けた。


 矢のような剛速球は、テッドの全力投球より遥かに速く、そのコントロールは精密で、セカンドベース付近、しかもファーストベース側のランナーの足元に寸分の狂いも無く収まった。


「盗塁なんて、絶対不可能だ……」


 唖然と呟くテッドだっが、バッティングに移ると更に目を見張った。その打球は快音を残し、センターを中心に左右のスタンド遥か彼方に消えた。


 しかも、プロを前提とした木製バットを使って……チーム全員は、あまりのレベルの違いに固まるしかなかった。


 だが、練習を終えると雰囲気は一変した。マットは誰にも気軽に声を掛け、道具の片付けや、グランドの整備にも積極的に参加した。


「何か、イメージと違う」


 テッドが呟くが、それは全員同じだった。


「サム、松田の球を受けた事あるんだって?」


「ああ、受けたよ……あの浮き上がるストートは捕れなかったけど」


 気軽に話しかけて来るマットに、サムも笑顔で答えた。


「確かに、良いピッチャーだよね。僕もあんな球は初めてだった」


「でも、捕ったんだろ」


「いや、カットボールは捕れなかっったよ」


 頭を掻きながらの笑顔は、サムを始め周囲を笑顔にした。マットは質問や技術的な相談など、どれも真摯に丁寧に答え、その人柄はその場の全員をファンにさせた。


「俺は代々の自慢にするんだ。あのマット・ハミルトンに球を受けてもらったって」


 上機嫌のテッド、ほかのチームメイトも口々にマットとの出会いを喜んだ。


「……マット。巧は本当に良い人なんだよ」


 帰り際、サムは背中を向けるマットに言った。


「そうだね……メジャーの舞台での対戦を望むよ……いや、バッテリーを組みたいな」


 振り返ったマットは、笑顔で答えた。


___________



「らしくないぞ」


 練習が終わり、ロッカールームでトムが巧に話し掛けた。


「……カットボールがコントロール出来るようになれば……」


 ユニフォームを脱ぎながら、巧は小さな声で言った。


「そんなことぁ分かってる。言いたいのは、今の時期に怪我のリスクを負ってまで、やる事なのかって事だ」


 トムの声は少し荒かったが、巧には届いていた。


「そうだね……」


「ジニーと何かあったのか?」


「別に、何もないよ」


「全く……お前ら、似た者同士だな」


「えっ?」


「そんな蚊トンボみたいなメンタルじゃ、メジャーに行けてたとしても通用しないぜ」


 背中を向けたトムは、少し強い声で言った。


「……ああ」


 俯く巧の声は、消えそうだった。


「相手のことばかり気にして、少しは自分に正直になったらどうなんだ?」


「正直?」


 顔を上げた巧は、トムを見た。


「ベースボールに女は必要ないなんて、現場を知らないバカな解説者の言葉だ……見てみろ」


 トムはスコアブックを出した。ホームとビジターでは、巧の防御率、被打率などは顕著に差があった。当然、ホームの方が良く、投球回数などは断然ホームの方が長かった。


「確かにホームの方が良いな、僕は内弁慶なのかな」


 スコアブックを見た巧は、小さく呟いた。


「ウチベン……? 何じゃそりゃ?。それより、よく見ろ。同じホームの登板でも差が出てる……打ち込まれている日もある」


「そりゃ、相手チームの相性もあるし、その日のコンディションもあるから」


「違うな……」


「え?」


「ホームで打たれた日には、ある特徴がある」


「本当? 気付かなかった」


 それは正直な感想で、巧は心当たりを考えた……。


「本当は分かってるはずだ……ホームで打たれた日、ジニーは居ない。多分、試験か何かで来ていないんだ。当然、ビジターにはジニーは居ないからな」


「……」


 トムの指摘は、巧の胸を貫いた……”本当は分かってるはずだ”……その言葉が、何度も頭の中でリフレインした。

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