ホールド・ミー・タイト
夕食を食べながら、サラは何気なく聞いた。
「どうしたの?」
「ううん、別に……」
ジニーはスープを掻き混ぜながら、気のない返事だった。
「巧と何かあったの?」
サラの優しい声は、ジニーの揺れるココロに穏やかに触れた。
「あのね……付き合ってって言われた」
「良かったじゃない」
サラは微笑むが、ジニーは目を伏せた。
「違う人から……」
「ふーん、そうなんだ……」
また微笑んだサラだっが、それ以上は言わなかった。その行為はジニーを尊重し、信じている事の証だった。そんな、中度良い距離感がジニーを素直にさせた。
「転校生でね、初めて会ったのに……積極的なの」
「あれ、ジニーも巧に一目惚れじゃなかったかしら?」
「……そうだけど」
悪戯っぽく笑うサラに、ジニーは赤面した。
「大事な事よ、自分の心に素直な事は……」
サラは優しく言うと、ゆっくりと昔の話を始めた。
「パパと知り合ったのは、マイナーの試合を初めて見た日だった……メチャクチャ打たれて、ベンチに帰ると暴れてた……その夜、私がバイトしてたレストランにパパが来たの……最初は、短気で気難しい人だと思ってたけど……何度か店に来て、分かったの……本当は気の小さい、優しい人だった……」
ジニーを見詰めながら、サラは話を続けた。
「周囲からは猛反対……将来性の無いマイナーピッチャーだったから……でも、ママは付いて行こうと思った……はは、今は違うけど」
最後は笑うサラだった。
「最初はどっちだったの?」
「勿論、パパからよ」
胸を張るサラが可愛く見えたジニーだったが、父親との馴れ初めを聞くのは初めてだったので、多少の驚きと戸惑いはあった。
だが、ジニーが落ち込んだり悩んだりした時は、何時も気付いて話し相手になってくれるサラの優しさが大好きだった。そして、驚く位に気持ちが軽くなるのに気付いた。
「ふーん、そうなんだ……で、パパの何処が良かったの?」
「そうね……あの時は、キラキラ輝いてた……だがら、支えたいって思った」
「何となく分かる」
「でもね。給料は安いし、家には居ないし、シーズンが終わってもウィンターリーグに出かけちゃって……すれ違いが多くなって……」
「……」
幼かったジニーも、家に居ない父親の事が……次第に好きではなくなっていった事を思い出した。
「まあ、考えてみれば感謝してる」
「えっ?」
「だって、こんなに愛しい娘を授けてくれたから」
サラは近付いてジニーを抱き締め、ジニーもサラを強く抱き締め返した。だが、その温盛はジニーの心の深い場所に、そっと触れた。気付かないうちに、ジニーの頬を涙が伝った。
「巧はメジャーに行くかもしれない……私は……普通の高校生……」
涙に掠れる声……サラはゆっくりと体を離すと、ジニーを見詰めた。
「そうね……本当なら、メジャーリーガーになる人と普通の高校生が出会って、恋人になるなんて映画か小説の話だもんね」
「……」
真実を言われたジニーの胸が、凍りそうになった瞬間……サラは満面の笑顔を向けて弾んだ声で言った。
「でも、今、巧は離れに住んでて、デートで海にも行って、食事も作ってあげた、遠征先のお土産にネックレスも貰った……これはもう、スタートラインを越えてる」
その弾んだ言葉はジニーの胸を貫いて、全身を稲妻みたいは振動が駆け抜けた。
「私……」
「大丈夫……ママ付いてる」
ジニーはサラに抱き付いた……さっきより強く激しく。
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「どうだった? 彼は?」
「そうですね。良いピッチャーですね」
ゴードンの問いに、マットは着替えながら答えた。
「上から目線だな。同じ場所に立てた分けでもないのに」
腕組みのジムが、少し強い視線で見た。
「直ぐに立ちますよ」
振り返ったマットの顔には、自身が満ちていた。
「何故、巧だったんだ?」
ジムは一番気になっていた事を聞いた。
「好きな娘がいて、その娘が彼の事を好きなので」
振り向いたマットは真顔で言った。
「何だって?……」
意味の分からないジムは唖然と聞き返すが、ジェニーは平然と説明した。
「ですから、好きな娘の好きな人を見に来ただけなんです」
「正気か?……それで、自分の立場を利用して、上の了承も取って……」
「はい。多少の嘘は、つきましたが」
マットは真面目な顔で言った。
「まったく……」
呆れたジムだっが、同じく真顔で続けた。
「約束通り、指名されればウチに来るんだろうな」
「そのつもりです。彼にもっと球威とスタミナが加われば、メジャーを代表するピッチャーになりますから」
笑顔を向けるマットに、ジムは溜息を付いた。
「だから、上からなんだよ」
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何時もの夜間練習を陰から見ていたジニーは、意を決して出て行った。
「あれ、ジニーどうしたの?」
投球動作を中断して、巧は笑顔を向けた。
「ごめんなさい練習中に……」
「ああ、大丈夫。今、七回のインターバルに入ったから」
「えっ?」
意味が分からないジニーが首を捻った。
「あっ、この練習は試合のシュミレーションなんだ。一応、完投すると言う感じで」
「試合を想定してるの?」
「そうだね。一球ごと、何処に投げるかとか、球種とか色々と」
「打たれる事もシミュレーションに入ってるの?」
「ああ、最近はよく打たれるから、時間が掛かるんだ」
汗を拭いながら、巧は笑った。
「でも、どうしてこんなに近くなの?」
近いネットに、ジニーは首を傾げた。
「あっ、これ。遠くだと、球拾いが面倒だから」
「あっ、確かに」
ジニーは笑顔で頷いた。
「あっそうだ、今日ドラフトの目玉選手が急に来たんだ」
話題を変えた巧の言葉に、ジニーの胸が締め付けられた。
「……何しに?」
少し、声が震えた。
「僕の球を受けただけだよ……でも直ぐに帰った」
「そう……で、どうだったの?」
気持ちを抑えながら、ジニーは聞いた。
「凄い素質だよ。正にスーパーキャッチャーだね。とても高校生とは思えなかった」
うれしそうな笑顔の巧みだったが、ジニーの胸の中は複雑に揺れていた。