衝動と憔悴
ジニーは夢中で走った、レべッカに対する怒りで我を忘れていた。
「レべッカ、出てきなさいっ!」
レべッカの家のドアを激しく叩き、叫んだジニーだった。
「あら、ジニーどうしたの?」
ドアを開けたレべッカの母親は、優しく笑った。
「あっ……こんばんわ……レべッカは?……」
その優しそうな雰囲気に、ジニーのテンションは下がった。もし、レべッカが犯人じゃなかったら……そんな気持ちが、ジニーを後悔に近い感情に包んだ。
「何? どうしたのよ」
ガウンを羽織ったレべッカは、濡れた髪をタオルで拭きながら出て来た。
「巧のボール」
ジニーはレべッカの目を見据えた。
「何言ってんの?」
レべッカは強い視線を外さなかった。
「返して」
そんな態度が、弱気になりかけたジニーを奮い立たせた。
「だから、何の事か分らない」
「返してっ!」
ジニーは声を上げた。
「ちょっと、ママが驚いてるじゃないの」
「お願いだから返して」
俯いたジニーの瞳からは、涙が零れた。
「何泣いてるのよ、知らないものは知らないし……それに彼氏からのプレゼントって訳じゃないでしょ」
その言葉は胸に刺さった、確かに電話で元気は出たがジニーの望む結果になった訳ではなかったから。
「大体、巧を好きなのはアンタだけじゃないのよ。私はね、遠征の試合は殆ど見てきたのよ。可愛いくてグラマーな女の子達が巧に群がっていた……巧はプロで、スターなの。私だってサインボールも色紙も持ってるわ」
俯くジニーに、レべッカは続けざまに言葉を浴びせた。
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ジニーはトボトボと歩いていた。晴れていた夜空は曇り空に変わり、ポツポツと雨が降り出した。それはまるでジニーの心みたいに、悲しく濡れていた。
レべッカの言った事は真実であり、自分でも思っていた事を他人から言われて初めて夢から醒めた。
雨は涙を流してくれたが、濡れた服や髪は気持ちの奥まで冷たく染み込んだ。俯いたまま、少し前の地面を見ながら歩いていた。
雨で光るアスファルト……潰れた空き缶……スナックの包み紙……小石に落ち葉……それをただぼんやり見ながら歩いていた……そして気付くと自分の家の前だった。
「こんなに濡れて……シャワー浴びてらっしゃい」
サラは立ち竦むジニーをバスルームに連れて行った。
雨と同じはずの液体なのに、暖かいシャワーは冷めた体を温めた。自然と膝は折れ、座り込んだジニーはシャワーの音に紛れてシクシクと泣いた。
「今日は早く寝なさい……」
ドアの外からサラは優しく言った。
長い間、シャワーにうたれてた。何も考えてなかったはずなのに、ふいに巧の笑顔が頭に浮かんだ。投球フォーム、かつ丼を頬張る笑顔……そして、鼻の頭を拭いてくれた時の顔。ジニーの胸は、温まってるはずなのに何故か冷たく感じた。
腕を伸ばしてシャワーを止め、トボトボとバスルームを出た。パジャマに着替えて髪を乾かし、水を一杯飲んで部屋に戻り、ベッドにうつ伏せに倒れた。そして、そのまま眠りに落ちた。
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「もう夜中の一時よ……」
気が付くとサラの顔が近くにあった。
「ママ……」
一瞬の記憶の混乱の後、サラの笑顔を見るとジニーの瞳に薄っすらと涙が滲んだ。
「エミリーが何度も電話くれたのよ」
「……」
ジニーは何も答えずに、涙を溜めた大きな瞳で悲しそうに天井を見ていた。
「私の娘は、こんなに泣き虫だったかしら?」
サラはジニーの頬にそっとキスをした。
「……どうしたら……いいか……分らないの」
ジニーは瞳に溜まった涙を一気に零し、消えそうな声で呟いた。
「ねえ、ジニー……あなた、まだ何もしてないでしょ」
枕元で腕枕をしたサラは優しく呟いた。
「……」
痛みがジニーの胸で弾けた。
「巧に言ったの?……好きって?」
サラは悪戯っぽく笑った。
「……えっ……そんなこと」
ジニーは涙を拭った。
「泣いたり落ち込んだりするのは、その後でもいいと思うけどな」
「……私……」
そっと目を閉じたジニーの瞳から、また一筋の涙が零れた。
「確立はフィフティ・フィフティ……本当に好きなら何度でもアタックするの……立って」
ジニーを立たせたサラは鏡の前に連れて行き、後ろに付いて髪を梳いた。
「ほら、こんなに可愛い……ママは確立高いと思うな……それに自分から動かないと何にも始まらないのよ」
「ママ……」
振り向いたジニーは強くサラを抱き締めた、サラも優しく抱き返して言った。
「バス、スタジアムに二時に着くわ……用意しなさい」
「……うん」
ジニーは何度も頷いた。