高校生VSチョコレート売りの少女 〜ハッピーバレンタイン! チョコを挟んだ二人の戦い〜
売木「Gellogg’s!! Corn Fromighty!!」
どうも、皆さんこんにちは。売木という名の男子高校生といえばこの辺りでは俺のことを指すのが殆どなのだが、そんな俺といえば今日はバレンタインデーということでとてもウキウキしている。
今日この日は全く心落ち着かず、自室の中一人でソワソワとしている様は側から見たらサルのルーティンそのものだろう。恥ずかしいお話なのだがそれ程に今日は俺にとって特別な日なのだ。
なぜかと言うと、俺の大好きな米国製シリアル食品、『コーンフロマイティ』のバレンタインデー限定『ガーナチョコ味』が俺の元に届けられる日だからである。
いやぁ、半年も前から予約していたもんだから、本当に待ちきれないぞ〜 あの、『ガーナチョコ味』は大変人気な上、数量にも限りがあったから予約開始から3秒で売切れになってしまった商品だ。俺も予約日当日学校を休んでPCの前に張り込んで正解だった。
そんな苦労が報われてから半年、ようやくあの伝説の『ガーナチョコ味』を賞味できる。昨日なんて楽しみ過ぎて全然寝れなかったぞ。
早く来てくれないかなあ、待ちきれなさすぎて今日も学校休んでしまったから遅滞なく手元に届いて欲しいものだ。
布団の中でゴロゴロしながらしばらくしていると『ピンポーン』とインターホンが鳴った。
「おっ、ついに来たか!」
宅配業者だな、思ったより来るの早かったな。
若干小躍りも含んだ駆け足で玄関に向かい扉を開ける。
「ういっすご苦労様」
「はーい」
俺が扉を開けながら軽く労を労うと、髪を二つ結びにした若い女の子が返事をしながら軽い足取りでそのまま入ってきた。
片手には大きな紙袋、肩にバッグがさげられており服装はどこぞの学校の制服っぽいが……
ん? なんだこの格好。宅配業者にしては随分とけったいな格好しているな。黒猫マークもねえし……
最近の宅配業者もラフな格好が主流なのか? まぁ、目的物である荷物さえ届けば俺は問題ないから別にいいけど。
それにしてもスペシャルフロマイティが予定より早く届いたことに関してはとても嬉しいことだ。この女の子を褒め称えたいと思うところで……
「待ってたぜ。んじゃ、荷物を頼む」
俺が案内すると、女の宅配業者はきょとんとした表情を浮かべ始めた。
ん?? どうしたんだ? 右手の紙袋は俺の荷物なんだろう?
「あ、あれ? 荷物…… そこに下ろしてくれればいいぞ」
もう一度確認するも、彼女は依然として小首を傾げたままだ。
んん〜〜??? そんな困ったような顔されても今一番俺が困ってるんだけどなァ……
もしかしてさぁ……
「あのぉ…… 荷物ってなんでしょうか?」
あ、あれ? その右手の紙袋は俺のフロマイティじゃねえってことか!?
マジかよ!!
「宅配業者じゃねえんか? 今日荷物届ける……?」
「違いますよ……」
「えっ……」
「えっ……」
待って、怖い怖い。んじゃこいつ何者なんだよ。何食わぬ顔で『はーい』とか言いながら玄関入ってきたんだけど、何しにきたんだ?
こんな奴、俺のクラスメイトにも知り合いにもいねえし、ちょっと待てよマジで…… 俺は何か忘れているのか……? 親戚でもこんな奴いねえし……
見た目はかなり童顔で俺好みの可愛らしい顔だから、中々忘れることはねえと思うんだけどなあ……
「誰だよ!」
やっぱり思い当たらねえ! コイツ知らねえぞ! なんで俺ん家入ってきてるんだ! なんでお前は黙ってるんだ!?
「あ、私、葉漣 心愛って言います!」
テヘッというお茶目ボイスが聞こえてきそうな可愛らしいポーズを浮かべて自己紹──
「だから誰だよ!!」
知らねえよ、こんな奴! 名を名乗る前に、まずは所属名乗れよ!! そんな格好だとどこぞの生徒かと思うけど、まず所属を名乗ってくれ!! わかんねえよ! あと目的も答えろよ!!
「だから葉漣──」
「名前はさっき聞いた! なんで俺ん家来てるの?」
「え、来ちゃダメですか!?」
来ちゃだめだ。何も知らない余所者を俺の家に入れるワケにはいかねえし、なんで俺が悪い奴みたいな扱いになってるんだよ!!
「誰だよお前〜〜!! もう俺ヤだよォ!! 変な奴の相手するの!!」
いやさぁ、完全に宅配業者だと思って油断していた俺が悪いのかも知れねえけど、このタイミングでワケのわからない人間が入って来るなんて思わねえだろ普通……
「ちょ、ちょっと売木さん! バレンタインデーにチョコが一つも貰えないからってそんなに落ち込まないで下さい」
「んな理由で落ち込んでねえぞ! 全く、家間違えたんだろ、用がないなら帰ってくれ!」
失敬な! 確かに今日はバレンタインデーだけど俺にとって一番大切なプレゼントが手に入る日なんだ。誤解してもらっては困る。
「ちょっとぉ、さっきから冷たくないですか? それに、私は家を間違えていませんからね!」
「間違えているだろ絶対! なんでそんなに自信満々で言い張ってくるんだよ、家の住人である俺が困惑している時点で違和感察しろよ。察して帰ってくれよ」
「イヤです!!」
あ〜 きつい。暖簾に腕押すようなこの感触が一番きつい。玄関の床が抜けるようなトラップが発動してコイツを奈落の底へ落とせねえかな。
「んじゃさっきから聞いてるけど、なんなら何しに来たんだって話だよ。世間話なら他所かスマホのAIに向かってやってくれよ」
呆れ口調で物申すと向こうは「あ、そうそう……」と何かを思い出したように肩に下げた鞄をゴソゴソ探り出した。一瞬でも忘れるくらいなんだから重大な用件ではなさそうだな……
そしてカバンから取り出されたのは3本のクラッカー??
「はっぴぃ〜 バレンタイ〜ン!!」
制服姿の女の子が楽しそうに唱えながら3本のクラッカーのヒモを一気に引き抜いた。
パンッという勢いのある音と同時に大量の紙吹雪が玄関中に舞い始めて──
「おい! 玄関でバカみたいな量の紙吹雪出すなよ! すげえ散らかったじゃねえかっ! あとで片付けてくれねえと困るぞ」
「はいは〜い、ちゅーもーく!!」
俺の言葉を一切に無視して話を始め出すツインテール女子。人の家なのにフリーダムすぎるだろ……
「売木さん! 今日はなんの日か知っていますか!?」
急に振られた俺は「ふんどしの日」と適当に答える。
「そう、バレンタインデー!!」
「無視するなら俺に質問するなよ! その答えを引き出そうとする意図は伝わってるけど雑すぎるだろォ!!」
「バレンタインデーといえば! 何する日ですか!?」
全く俺の言葉に耳を貸さない辺り拘泥すら感じる。こんなん誘導尋問に他ならねえだろ。この質問になんの意味があるっていうんだ。
けれど、コイツの期待に沿った解答をするのだけは癪なのでまたしても適当に「犬の散歩をストライキする日」と答えてやる。捻くれてねえぞ、向こうが悪いだけだ。
「そう!! 女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日!!!」
「何一つカスってねえじゃねえか。まだ『間違いだ』と指摘してくれた方がマシだったぞ……」
展開の持ち込みがお粗末すぎる。そもそもコイツは何しに来たのかいまだにわからねえぞ。
「そして私はそんな愛のチョコレートをお届けするために売木さんの家にやってきたぁ〜、心愛ちゃんです!!」
パァーン! ともう一発クラッカーを鳴らされた。うるせえし、散らかるしやめてほしい。玄関の床紙だらけだぞ。
「は?」
「ふぅ〜 決まった!」
さも満足気な表情を目の前でされてもかなわん。意味不明なパフォーマンスを見せつけられた俺は困惑の一途だ。一体全体俺はコイツをどうしたらいいんだ……
「売木さん、好きな子にチョコをあげるチャンスです!! さぁ、我が社のチョコはいかがですかー?」
我が社の…… チョコ……??
はっ、まさか…… いや、それ以前になんとなく悪い予感はしていたけど、やっぱり…… 間違いねえ!
「お前セールスだったのか!? なんか変だと思ってたけどチョコレート業者だったのか!?」
明らかにその格好が業者風ではなかったからその確率は低いとも考えていたけど、俺が甘かった。制服姿のチョコレート業者がいただなんて…… あれか、バレンタインデーだからラブコメさながら学園の風でも醸し出していたつもりだったんだろう。いろんな営業手法があると変なタイミングで舌を巻いてしまった。
「ちょっと! チョコレートセールスだなんてそんな無機質な存在じゃありませーん。チョコ売りの少女、ココアちゃんでーす!」
「似たようなもんだろ。チョコレート販売営業の名前を最もらしくこねくり回しただけじゃねえか」
「ぜんっぜん違いますぅ!!」
チョコレート業者ってことは社会人だよな。俺よりも年上のいい歳した姉ちゃんがコスプレしてるだけじゃねーか。コスプレはまだしもその痛々しいキャラはなんなのか問いたいところでもある。
「とにかく、私は売木さんに愛のチョコレートを届けにきたの!」
「ただ単にチョコを売りにきただけのくせに、何が愛のチョコレートだ。アホくせえ、買わねえからとっとと帰れ帰れ」
俺はこれからコーンフロマイティを迎える準備をしないといかんのだ。こんな頭のネジが数箇所緩んでいる人間と話す暇なんてない。
「むぅ、まだ商品の説明を聞いていないのに買わないだなんて、ちょっと腑に落ちないなぁ」
口をへの字に曲げてついでに臍も曲げる営業担当。俺なんてお前がきてから何一つとして五臓六腑に落ちてねえぞ。勝手に人の家に上がり込んで傲慢も甚だしい。
「とりあえず、私のチョコレートについて話を聞きましょう! どうせ君は暇なんだから!」
「暇じゃねえよ! 少なくともお前にかまってられるほど暇じゃねえ!」
「はいはーい! 我が社のチョコレートのラインナップになりまぁす」
勢いよくチラシを投げつけられた。一瞬ワケ分かんなくなった俺はつい受け止めるかたちで受け取ってしまうことに……
くっそぉ、マジで俺の話聞かねえな。精神頑丈すぎるだろ…… 破って捨てたいけど、ラミネート加工されているから俺の腕力じゃできねえよ…… さりげに対策もされてるあたりいやらしい。
「ほらほらー、とても美味しそうでしょー?」
……まぁ、こいつのいう通りラインナップ達はそこそこ美味しそうなチョコレートがずしりと並べられている。
「いや、お前おかしいだろォ!? 俺男だぞ、なんで俺がチョコ買わんといかんのだ!?」
冷静に考えて俺が買わされる流れは不自然すぎる。男がバレンタインデー当日にチョコ買うってなんなんだよ、それだったら翌日投げ売りされる割引されたチョコ買った方が絶対にお得だぞ。
俺の反論を聞くや否や、営業はチッチッチッと右手人差し指を左右に揺らしながら「わかってないなぁ〜」と漏らし始めた。腹たつなあ、挑発してるだろ……
「甘い、甘いよ売木君、まるでチョコみたいな甘さだね、その考えは」
その言い回しも腹たつなあ。チョコ営業の沽券に関わるのか知らねえが、チョコで表現するのやめてほしい。
「ハァ〜 これだから現代の高校生は頭が堅い! まるで、冷凍されたチョコのようにカッチカチ!」
「この件いつまで続くんだよ……」
このチラシ火つけたら燃えねえかな。ラミネート加工されている為ダイオキシンとか発生しそうだから目の前で燃やせねえか…… そのあたりも対策されているのか知らねえがこのラミネート加工はなかなかクセものだ。
「考えがまるでおじいちゃん! 女の子が好きな男の子にチョコあげる時代なんてとっくの昔に終わったのよ、わかる? 売木くん!?」
「お前さっき、バレンタインデーがなんの日かって言われて自分で答えたじゃねーか! 女が男にチョコあげる日って! 多少自分の発言も汲み取れよ!」
「確かにそんなことをいったかも知れないけど、私は過去を振り返らないタイプでーす!」
んじゃ大人しく未来に目を向けて、俺にチョコなんて売れないことを観測してとっとと帰ってくれよ。
付き合ってられないぞ、このテンション。なかなか疲れてくる。
「甘いんだよ、売木くん、そんな時代は終わったの! 今は男が友達にチョコをあげる『友チョコ』や、男の子が女の子にチョコをあげる『逆チョコ』とかがトレンドなんですよ!」
「あー そうなの?」
知らねえよ、昨今のバレンタインデーのトレンドなんて。『友チョコ』は聞いたことあるけど『逆チョコ』なんてものもあるのか? 俺にチョコ売りたいだけで咄嗟に出たデマカセじゃねえのか?
「そうだよ、売木くん! それに、バレンタインデーでチョコを通して伝える気持ちは何も好意だけじゃないの! 普段の感謝や、友達としての親しみの心をチョコを通じて伝えることができる、バレンタインデーはそんな素敵な日なんですよ!?」
それだったら、俺のコイツに対する鬱陶しいという気持ちもチョコを通して伝えることできそうだな。手持ちにチョコねえけど、チョコに似た何か…… 泥とかでいいか、泥を提供して帰ってもらおうかな。
「ほーん。でもそんな素敵な日当日にチョコを売りにくるって、明らかにタイムスケジュールおかしくねえか? 普通だったら前日あたりで皆チョコ用意してるだろ。そんな素敵な日に備えて」
この発言に、ツインテールは「うぐっ」と声をあげながら固まってしまった。顔も引き攣っており、なかなか刺さったようだ。
「そんなことありませーん! まだバレンタインデーは半日以上残ってまぁ〜す。全然間に合いますよ〜」
「もう手遅れだろ。他の皆んなは前日までに一生懸命思いを込めてチョコを拵えたり、デパートに行っては相手の好みに沿うようにチョコを吟味してきて買ってきていたりするはずだぞ」
正論をぶつけると向こうはまたも固まってしまった。固まるあたり向こうも「その通りだろう」と感じているのだろう。
「でも、売木くんは絶対チョコレート買ってないよね? バレンタインデーに縁がなさそうだし! バレンタインデー当日に家にいる時点でお察しだよ」
「うるさいなぁ! そんなの関係ないだろ!」
悉く失礼な奴だ。バレンタインデー当日に家にいたっていいじゃねえか。チョコ売る気あるんなら多少なりとも俺を持ち上げろよ。
「あ、もしかして 図星でしょ。バレンタインデーに縁がないから拗ねているんだ」
にへっと笑みを浮かべながら俺に接近してくる。
拗ねてねえよ、縁が無いのは事実にしても今日は限定フロマイティが手に入る日なんだからどちらかというといつもよりテンション高かったぞ。
さっきまでな!!
「売木くんって見た感じ高校生だけどこんな時に学校行ってないなんてさぁ…… あれでしょ? 学校に行っても女の子からチョコレートくれないと分かってるから、居心地悪くなるのが嫌で学校休んじゃったタチでしょ? プークスクス」
好き放題言いやがって。なんで俺がバレンタインデーの場の雰囲気に飲まれるのを懸念して学校を休まなあかんのだ。
こんなこと言われて、人が人なら泣いていたぞ。
「まぁ、心中はお察しするとして、まだ間に合うのは事実よ、売木くん。今すぐ弊社のチョコを買って学校に駆け込むの。そして気になる女の子や友達にプレゼント! これで君にとって暗い思い出になるハズだったバレンタインデーも一気にハッピーバレンタインデーになるはず!!」
「なんだその悠長な展開は!? そんなバレンタインデーに俺は命を燃やしてねえよ! そもそもそんなに熱入れているなら事前にしっかりとチョコ準備して朝早くから学校に行ってるわ!」
反論するけど、どうも相手の心には響いていないようで「みてみて〜」と俺が手に持つチラシを指差し商品の説明を始める。
はぁ…… チョコかぁ、どうしようかな。
いや、通常の流れなら断固拒否、相手の退去を譲らないという感じになるのだが、正直俺は甘いものが大好きなのだ。
そしてもれなくチョコも大好物であり、今回の営業は全くと言っていいほど俺の需要に合わないと言い切れるものではないため実は若干だが興味があるのだ。
営業担当は苛つく人間だが、チラシのチョコレートはなかなか美味しそうだ。バレンタインデーのシーズンということもあり普通では売られていないようなオシャレなチョコレートが揃っており涎が出てきそうになる。
う〜ん、『ガーナチョコ味』のフロマイティと一緒にチョコレートなんて中々乙なものじゃないか? そして一つでも買えばコイツも大人しく帰ってくれるだろう。
今までは俺の需要に全く沿わない商品ばかりだったけど今回は悪くない商品だ…… ここはフロマイティと食べ合わせの良さそうなものを選択するか。
「う〜ん、じゃあこの『高級ミルクチョコ』一個くれよ」
俺が指差すのは一番安い1個500円、4個入りの高級ミルクチョコレートだ。チョコレートの中でもとびきり甘い俺の大好きなミルクチョコレート。最近食べていないから久々だな。
「え? ミルクチョコ…… ちょ、ちょっと待ってね……」
「はよ用意してくれよ。男がバレンタインデー当日にチョコ買うなんて、こんな茶番に付き合ってくれる奴世の中に俺しかいねえぞ」
俺の注文に何故だか戸惑いの顔を見せるツインテール営業を催促してやる。なんだ? チョコが売れて嬉しくねえのか? それともあっさりと契約に至って戸惑っているのか??
まさか一番安いのだったから本当はもっと高いチョコレートを買わせたかったとかか? そう思っても表情に出すなよ、曲がりなりにも一個売れたんだからさぁ……
「ちょ、ちょっと決めるの早すぎないかなぁ〜 売木くん?」
「なんだよ、せっかく人が買うの決めたのに早すぎるもヘチマもあるかいな。俺の気持ちが変わらない内に早くくれよ」
再三の催促にもモタつくコスプレ営業。まどろっこしいなぁ…… なんなんだよ。
「分かってるけど! 全部の商品聞いてから決めてほしいなぁ〜 なんて! 買ってくれるのは嬉しいんだけどね〜、えへへへ」
明らかにその表情は愛想笑いだ。何か含みがあるとしか思えん。
「やっぱり!! お前あれだろ、高いチョコ買わせたいんだろ!?」
「違う、違うよ売木くん!! そうじゃないの! 聞いて聞いて!!」
一呼吸置いて続けた。
「裏見てよ、そのチラシの裏側!」
「はぁ?」
言われた俺はペタリとチラシをひっくり返す。裏側を見れば同じくチョコレートの詰め合わせのようで……
「私のおすすめは〜 これ!」
これ! っと言われて指された商品はどうやら結構な数が入っている詰め合わせのようで、お値段なんと5,000円!
「うーん、なるほどね。じゃあ『ミルクチョコレート』で」
そっとチラシを表向きへ戻した上で再度注文する。『ミルクチョコレート』を2個注文した訳じゃ無いからな、勘違いするなよ!?
「ええ!? 無視!? 私のおすすめ言ったじゃん!?」
「お前のおすすめを視野に入れての選択だ。無視した訳じゃねえよ、はよ消費者の注文に従ってくれよ」
明らかにあの高いチョコを俺に売りつける気だったんだろうがそうはいかない。何が『私のおすすめ』だ。自社の営業推進商品なだけだろう、いい風に言葉を取り繕っているだけで騙されてはいけない。
「えー、なんで買ってくれないのさー! 私のおすすめだよ?」
「しつこいぞ! おすすめを買わないという選択肢を消費者に与えろや! おすすめとか言って本当は売上原価率がいっちゃん低いものなんだろ!? 俺には分かるし高えから買えねえよ!!」
値段からして明らかに本命の奴だし、俺が買ったところで与える人間なんておらん。というか、普通の高校生がこんな高級なチョコレートなんて買えない。身の丈に全然合わねえしよぉ。
「違うよ売木くん! 流石に誤解だって! ほら、もう一回見てよ! バレンタインデー限定『アルティメットベジタブルチョコレート』を!」
無理やりチラシをひっくり返されたぞ、メンコかよ。そして確かに彼女の言う通り5,000円もするチョコレートは『アルティメットベジタブルチョコレート』と掲げられていた。
「なんじゃこの名前……」
「あのね、これ、私が商品開発したもの凄いチョコレートなの! だから買ってよぉ〜」
もうそれを言われるだけで悪い予感しかしない。そもそも名前が不穏すぎるしさぁ……
「おい、よく見るときゅうり味のチョコレートとかあるぞ! なんだこの不気味な味は!?」
目を疑ってしまったぞ。チラシに詰め合わせの内容が書かれておりどうやら15個のチョコレートで構成されているようなのだが、その味の中に「きゅうり味」と載っていたのだ。聞いたことねえぞ、そんな味……
「お! よく気づいたね、売木くん! その味は他のチョコレートにはない特別な味だよ!」
「そんな注意せんでもこれは気づくぞ! 他のチョコレートには無いって、きゅうり味なんて他社も意図的に作ってねえだけだぞ!」
作っても売れねえからに決まってるからだ。組み合わせが悪すぎるだろ。
「それだけじゃないよ、「レタス味」「白菜味」「キャベツ味」とか、いろんな味が楽しめるよ!」
「は〜あ!? お前ら商品開発一同味覚がどうかしてんじゃねえのか!? こんな舌に乗せる魑魅魍魎、売れてんのかよ!?」
俺の質問に彼女は「はぁ〜」とため息を大きくつきながら肩を落とした。
「それが、ちっとも売れなくてさぁ。在庫が余っちゃって…… せっかく私が一生懸命開発したのに……」
「だろうなあ!! 他にも「ナス味」「パセリ味」「椎茸味」「ピーマン味」「ブロッコリー味」「パクチー味」って、『ベジタブル』売りにするにもチョイスが怪しすぎるだろ! せめて「トマト味」とか「カボチャ味」とかにしとけよ、冒険しすぎだろこのラインナップ」
俺が手厳しく指摘すると向こうは「そんなことないよ!!」と反発してきた。俺の意見を聞かねえのは自由だが、俺は買わんぞ。他顧客もみんな冒険しすぎた味に怖がって売れてねえのが現状じゃねえか。
「みんなお野菜好きじゃん! 素材もものすごくこだわっていて各々一級品ばかりだよ。そしてその味を一切裏切ることなく忠実に味を再現したチョコレートなんだから、皆も美味しいって言うはずだよ!!」
「そこまでこだわってるのなら、なんで詰め合わせの中にチョコ味のチョコが一つもねえのか聞きたいところだぞ。なんでこの商品を作りに至ったのか謎が多すぎる」
素材にされた高級野菜達が可哀想すぎて居た堪れない気持ちになってくるぞ……
それに野菜嫌いにとっては救いのねえ商品だな。あ、元々救いのねえ商品か、誰がこんな謎に満ちた味のチョコレートを買うのだろう。俺ですら疑問符が浮かび上がるこの商品を一企業がやっているのだから世の中は不思議である。
「そこんところを配慮していただいているのなら話が早いですね、売木くん!」
「早くねえよ、俺の配慮にちゃっかり情を傾けて売ろうとするんじゃねえ! 勘弁してくれよ、こんな味試食する気すら起きねえぞ。早く甘い『ミルクチョコレート』を出してくれ」
チョコレートは甘いか苦いかが相場なんだ。変に味を弄り回して遊ぶものではない。
「そこをなんとか考え直してみてよ! ほら〜 色々な味があって美味しそうだよ」
「絶対なんともならん部分だぞそこは! 味も去ることながら俺の経済力を鑑みてお前が練り直せ!!」
なんで俺がこんな野菜の味した超高級チョコの詰め合わせを買わんといかんのだ。いくらチョコ好きでもここまではやりすぎだぞ。
そんな俺の気持ちを一切汲み取れないのか、汲み取る気がないのか「えぇ〜」と文句を言い出す制服姿の営業担当。
「文句言うならもう帰ってくれ! ちょっとでも買おうと思った俺がバカだったわ!」
「ちょっと、さっきまで『ご苦労様〜』って家の中に入れてくれたのに! ひどい! 冷たい! 人でなし! 頭おじいちゃん!! チョコもらえない男子!! だからモテないんだ!!」
「あれは今日くる宅配業者と間違えてたの! あと、後半言い過ぎだぞ! 訂正しろォ!!」
嘘泣きしながら勢い任せに無茶苦茶言い始めたけれど聞き逃すと思ったか。頭おじいちゃんって俺の脳みそはヤングそのものだぞ。
「え!? 宅配業者!? じゃ、じゃあ、私は歓迎されてなかったってことなの!?」
「たりめーだ。ってか序盤から気づけよ。お前なんて一秒たりとも歓迎されてねえぞ……」
ぴたりと嘘泣きをやめ、神妙な表情で俺を見つめてくる。なんなんだよ、感情の起伏が激しいやつだな。
5秒ほどの沈黙を終え彼女が何かに気づいたような表情を浮かべて「あーっ!」と俺に向かって指差しながら大きな声を張り上げた。
「いやらしい本を買ったんだ!!」
「んなワケねえだろ! 変な間合いをとって浮かんだのがソレかよ! ちげーよ、バレンタインデー限定のフロマイティが届くんだよォ!」
大袈裟に大きな声をあげて、ご近所に聞かれたら悪い噂が立つだろうが。
「……限定フロマイティ?」
「そうだよ! あっ、しま──」
俺は慌てて口を噤んだ。けれど、どうやら遅かったらしい…… 彼女の様子がなんだか変だ。なんというか…… 俺の『バレンタインデーフロマイティ』というワードを聞いた瞬間なんというか…… 目の色が変わってねえか、こいつ……
まさか……
「その話…… 詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「お、お前…… もしかして『フロマイティスト』だったか?」
しまった…… まずいぞ、明らかにこいつ『フロマイティスト』だ。
フロマイティストとは俺のように熱狂的なコーンフロマイティ大好き人間の総称で、皆そう呼ばれている。そんな全国に散らばるフロマイティのファンがまさか目の前にいただなんて…… これはまずい、まずすぎる!!
「それ、今関係ないわよね!? 売木くん、私がフロマイティを愛してるともそうでなくとも、私の質問に答えてほしいわ」
「関係ありありだろ! 完全に『限定フロマイティ』という言葉に反応したじゃねえかっ! 何も聞かずこの場を立ち去ってくれ!」
「そうはいかないわ!!」
くっそ、しくったよ本当に。地味に口調も変わってるし、ガチになってるじゃねえかコイツ…… 明らかに狙いは俺のバレンタインデー限定『ガーナチョコ味』のコーンフロマイティだ。
「絶対やらねえぞ!! 命にかけてもお前に限定フロマイティは渡さねえ!!」
「やはり。貴方、まさかあの予約3秒で売り切れた限定フロマイティを手にする『選ばれし者』だったの? 認めない、私はそんなこと絶対に認めないわ!!」
選ばれし者…… 巷ではそう呼ばれていたのかもしれない。あの予約3秒で完売に至った伝説のフロマイティを手にする者の称号だ。日本では5人しか存在しないとネットで囁かれているが、それ程熾烈な予約競争だったのだ。
「ふざけるな! あれは俺が学校休みながらも苦労して予約に至ったフロマイティなんだ! 選ばれなかった己の運命を呪え!」
「黙りなさい!! 誰に向かってそんなことを言っているのか分かってるの? フロマイティを愛して10年、生粋の『フロマイティスト』のこの私に向かって、そんな冒涜が許されると思っているのかしら!?」
「舐めるんじゃねえぞ! 俺は離乳食時代から朝昼晩フロマイティを食べて御歳16歳まで育ってきたんだ! お前以上にフロマイティに対する徳は高いと自負しているぞ!!」
俺に向かってフロマイティでマウント取ろうなんて愚かしいことをやってくれる。フロマイティ愛だけは絶対に誰にも負けない。
「くっ、なかなか手強いわね。本来であれば同じ『フロマイティスト』同志、仲良くフロマイティを食べながら交流を深めたいところだけど……」
「残念だ、今日に限って話が違うようだな……」
お互い睨み合う。至極残念な展開だな。本来であれば彼女のいう通りフロマイティを交わして和気藹々と語り合いたいところであるが……
「あぁ…… フロマイティの神は私を見捨てなかったのね。売り切れを知った時は本当に神なんて存在しなかったのかと悟ってしまったけれども…… こんなタイミングで出会えるチャンスが巡って来るなんて、私はやはり見捨てられていなかった」
フロマイティの神とは総じてフロマイティ開発会社、ゲロッグ創業者である故ゲロッグ氏のことを指す。
「どういうつもりだ…… 俺のフロマイティを略奪する気なのか!? それが善良な『フロマイティスト』のやることか!? 目を覚ませココア! お前の考えていることは間違っている!」
「うるさいうるさい!! 千載一遇のチャンスが回ってきたのよ! この高ぶる気持ち、絶望から這いあがったようなこの気持ち、アンタに分かるはずないわ!」
俺に向かってガンを飛ばしてくる。こ、こいつマジか…… マジでやる気だ……
ピンポーン!!
慄いている中、最悪のタイミングでチャイムが鳴った。ついにきてしまったか…… 譲らねえぞ!
「ちわーっす、ゴミムシ運送でーす!」
「きたわね!」「させるか!!」
俺とココアは扉に向かって飛び込み、配達業社から届いた限定フロマイティを二人でぶんどった。
「おい、俺のだぞ!!」「黙りなさい!!」
「うぉ! なんなんだこいつら!? やべえだろ」
戸惑う配達業社を他所に俺とココアはたった一つの限定フロマイティをひったくりし合う形になる。お互いがお互いに一歩も譲らずとにかくひったくりし合う。
しかしながら数秒の戦いを制したのはココアの方だった。
「はぁ、はぁ、マジかよお前〜〜〜!!」
あぁ〜 ダメだ、俺は体力ないからこういうインファイトは全然歯が立たない。限定フロマイティの前にして情けない結果だが、俺はピンチになって強くなるような性質を備えていないのだ。
「え、流石に弱くない!? 嘘でしょ!?」
向こうも限定フロマイティを手にして安心したのか口調が戻っているし…… まぁ、俺は違うが、フロマイティの前でキャラが変わってしまう『フロマイティスト』は数多く存在しているとは聞いている。けれどここまではっきりと変わるのは珍しいが……
やかましいわ! 女の子に負けちゃう程俺は体力ねえんだよ!! その辺りは自覚しているぞ!!
「はぁ〜〜〜!!! お前それどうする気だよ!! 俺が半年前から楽しみにしていた伝説のフロマイティだぞ!! 流石に、はぁ…… はぁ…… 流石にやることが凶悪すぎるだろ!!」
息絶え絶え、玄関で四つん這いになりながら声を振り絞る。もう泣きそうだぞ、俺。 あのフロマイティを前にして食えないなんて話になったら三日三晩泣き続けるかもしれない。
「そんなに嘆かないでよ〜、何も私は売木くんのフロマイティを全部食べるとは言ってないよ」
んなこと言われたって、今の俺の心情はお先真っ暗、絶望の淵、怒りに心が蝕まれ今にも闇の『フロマイティスト』として覚醒しそうな状態だぞ。
「でも、お前が手に持つ時点で交渉の材料になるだろォ!? なんだ? あのワケわかんねえチョコの詰め合わせと引き換えに交換か!? はぁ、冗談じゃねえ! そんなふざけた考え、仏様が許しても天国のゲロッグ創業者である、故ゲロッグ氏はぜっっったい許さねえぞ!!」
「落ち着いて売木くん! そんな神に背くようなことはしないわ。ただ…… ちょっとだけ、ちょっとだけ食べさせてほしいの!」
んあ〜〜〜〜!! やむなしかよ、やむなしで相手の要望を譲るしかねえのかよ〜〜!!
きっつい! あまりにもきつすぎる!! こんな不利な状況どうせよと、どうひっくり返せと!? 俺にとって大事な息子娘が人質に取られたようなもんだぞ! こんなんやられたら俺何もできねえよ!!
あまりにも無力すぎる自分自身の不甲斐なさにただただ悔しくなってくる。
「バッカ野郎! お前その商品の価値が分かってそれ言ってるのか!? 俺がどんな気持ちでこのフロマイティを待ち望んでいたのか、それを分かって今の人道に反する要求をしてるのか!? 飲めるはずねえだろ! お前に良心が1ミクロンたりともあるはずなら今の俺の状況を酌量するはずだ!」
ここまできたらもう相手の情に訴えるしかない。右手に掲げられたフロマイティ…… どう足掻こうと俺が力技で取り返せるものではないと分かっているから、俺の一番苦手な情に訴えるという手段を取らざるを得ない。少ねえプライドを捨ててまで一高校生が社会人に向かって頭を下げてるんだぞ、どんな絵面だよ。
だけど、敵は無慈悲にも俺を見下ろし薄ら笑いを浮かべていた。
「へえ〜 そんなこと言っちゃうんだ〜 でも、聞き分けの良い売木くんだから自分の置かれた立場、分かってるよね〜」
「ふあ〜〜〜!! ちょっと待て!! お前の意向に沿うから一旦頭整理させろォ!!」
ダメだ! 頭がオカシクなってくる!! こんなクソみてえな展開やってられるか! フロマイティの神である天国の故ゲロッグ氏は俺を見捨てたのか!? こんなに、こんなにフロマイティを愛してやまない俺を見捨てると言うのか!?
俺に逃げ道がねえじゃねえか! こんな一方的な要求、交渉でもなんでもない! 禁断の手ばかり使いやがってこんなものルールもへったくれもないただの横暴だぞ!
「さっすが売木くん、分かってるぅ〜」
「分かった! 少しだけやるからそのフロマイティを返してくれ! フロマイティの神、ゲロッグ創始者の故ゲロッグ氏と聖バレンタインに誓って変なマネはしねえ! 頼む、この通り!!」
拝み倒してやる。なんでもありだ、この際俺のフロマイティが全部食われなければどんな手段だって使ってやる!
「よ〜し! これで決まったわね! そうと決まったらなんとやらよ、早速一緒にフロマイティを食べるわよ!!」
そんなことを言いながら勢いよく靴を散らかすように脱ぎ、俺の部屋まで駆け足で向かっていくココア氏。俺、上がって良いなんて一言も言ってねえんだけど……
やばい、あいつ『ガーナチョコ味』のフロマイティを手にしたままだ!
「待て待て!!」
俺も慌てて彼女を追いかけるようにして自室に戻っていった。
結局フロマイティは二人仲良く食べることとなったが途中向こうから「やっぱり一人で食べるフロマイティよりも二人で食べた方が美味しいでしょ!?」とそんなことを言いながら勝手に満足していたのには滅茶苦茶腹が立った。一体誰のフロマイティだと何度もツッコんではその繰り返しでやるせない気持ちで一杯になっていた。
それでも『ガーナチョコ味』のバレンタインデー限定フロマイティは期待を裏切らない美味しさで、彼女のいう通り二人で食べたかどうかは別として格別だったのは間違いない。
なお、ココアオススメの『アルティメットベジタブルチョコレート』も買ってしまった。『ミルクチョコレート』とだき合わせで5,000円とサービスしてくれたけど……
完全に疲弊しきった俺の精神に付け込まれ、彼女の口車に乗せられ購入に至ってしまったのだ。もはや何もいうまい、俺はもう疲れた。あのタイミングでセールスを再度繰り広げられる俺の立場にもなってみろ、「死ぬぞ」
そしてこのチョコレートは家族から「不味い」「センスがなさすぎる」と大変不評であった。けれどいいんだ。俺は無事にバレンタインデー限定のフロマイティを食べることができたんだから。それでもう十分だ。今日は休ませてくれ……
「ねえ、売木くん! 今日もフロマイティ食べにきたよ〜!」
「お前もう家に来んな! 疫病神め!!」