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思い出の怪文書を保管  作者: ChihaTANK
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1,入園

低tier章〓〓〓〓〓〓〓〓

『入園』

 父はプロイセン人、母はスウェーデン人。その間に儲けられた子の名は[[Leichttraktor]]。 母ランズベルクBAがLtraktorを身篭り、ランズクルーナ市で生むと、スウェーデンの伝統に則りボフォ

ース教会にて厳かに式を挙げることになった。

 秘密裏に進めているので参列者は少ない。特筆すべきは若干ニトロ臭い者だが、一番の最前列に口径80cm高さ32.48mのシルクハットを被った紳士が陣取っているのも見逃せない。異様だが何かしらの関係者に混じって、果てには[[ガチョウ>AMX 40]]を引き連れている少年までいる。木造の教会を埋めるには十分の賑わいぶりであった。

 窓からの採光はステンドグラスに阻まれ、室内は色とりどりの鮮やかな影が充満していた。説教台付近の燭台の蝋燭の灯りがいやに牧師を、鮮やかな影を押しのけ、ぼんやりとその姿を浮き上がらせていた。

 牧師が生まれて間もないLtraktorを抱え壇上に上がると、場は静まりかえる。みな、動向を気遣うように目を向け、牧師は堰を切るように祝辞を述べる。


「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。

 我はその独り子、我らの主、ゼス・キリシトを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリアより生れ、ピラトゥスのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。


 我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命を信ず。

 ―――アーメン」


 チュートリアル川の水によって戦車洗礼の儀式が執り行われた。

 牧師は、杯に入ったチュートリアル水に片手を浸し、出産祝いにボフォースより戴冠された砲塔にヒタヒタと撫でるようにしてLtraktorの砲塔に手をかざした。

 それが済むと続いて本を捲る。

「この迷える子羊にも神が顧みてくださるように祈りましょう。」

 一同みな黙祷し、会堂にはLtraktorのエンジン音が反響した。

「善悪を知る聡い子に、仲間を思う優しい子に、悪を討ち砕く力強い子になりますように…

 父と子と聖霊の名において洗礼を執り行う。

 イエスが3日の冥府下りから復活してくださったように、この子も永遠の命がありますように。

 ―――アーメン 」


 Ltraktorは、別途に用意された風呂桶に浸され、牧師に説教をされながらゴシゴシと洗車され、その微笑ましい光景にみなの気持ちは安らかであった。ただ一人、Ltraktorの父を除いては。

 牧師がLtraktorをランズベルクへ一旦返し、塗油のためグリースガンを牧師補佐と組み立て始めた。Ltraktorの父はそれを見るや、牧師に寄り添い密話を交わす。

 少しばかりの問答の後、牧師補佐はグリースガンを片しに裏へ消え、畳み掛けるようにして式は終わった。ランズベルクは見送る参列者に手を振って答えていたが、父は人目を気にするように急ぎ早だった。


 *


 父はランズベルクを一人スウェーデンに残し、Ltraktorとロシアへ移り住んだ。

 20年代が終わり30年代初頭、Ltraktorがこの地へと訪れた時はまだ立派な村だったが、日を追うごとに建物が建ち並ぶようになり、整備され、発展し、都市と呼べるようになっていった。幼いLtraktorにとってそのことはどうでもよく、むしろ発展していく街に思う存分暴れ回れる遊び場が飲まれることだけが心配だった。杞憂のうち、次第にへんてこりんな戦車(Подвижное пулемётное гнездо)が遊びに来るようになったり、近くに学校ができると、そこの生徒がグラウンド代わりに遊び場によく訪れるようになった。その生徒たちと遊ぶようになり、中でもLtraktorが親しみを持ってトハちゃん(Михаил Николаевич Тухачевский)と呼ぶ“先生”は、本当に色々なことを教えてくれた。トンツーや手旗信号の読み書き、砲弾の撃ち方、塀の壊し方、木の倒し方、危険地帯スタックの見分け方etc。

 学校はすごい!自分もトハちゃんみたいに先生になりたい!

そんな風にLtraktorは思い、どうすれば学校に行けるのかを聞いた。しかし、“ヒト”でないとそれは無理だと言われ、Ltraktorは心底落ち込んだ。


 それからも相変わらずの日々を送っていた。ただ、今までのように無邪気に駆け回ることは少なくなり、物心がついたLtraktorは“ヒト”と“戦車”には埋められない溝があると思い悩むことが多くなっていた。

 父の転勤が決まり、短くも長い時間を過ごした街を去ることになった。Ltraktorは確かに悲しかった、だけどこの時が来ることは薄々分かっていた、とすんなり受け入れた。それではいったい何に悲しんでいたのだろうか、葛藤の根本が見えない。

 「お父さん、今度はどこに行くの?」

父の部下がたくさん乗った、行き先も告げられず走る列車のなか、Ltraktorは父に聞いた。

「ん?」仕事の書類から目を離さず、書類越しからLtoraktorの問いに答える。

「ん~、大変難しい問いだな。……“地図にない町”、頭文字Nの地方都市…ロシア語風で言えばエヌスクだな」

 上手いこと言ってやった、というような少しばかり笑いが入った答えが返ってきた。

 依然として行き先も分からぬまま機関車は走る。


 駅に着いた。

灰色の街、どこか懐かしい、だけど建物の寄せ集めのような無機質の街に着いた。

Ltraktorの父はLtraktorの手を取り、街の中へ進む。そして、ガッチリで優しそうな人(インタビュー記事によく登場する人)が腕組しながら佇んでいる、とある建物の前で足を止めた。

「前から学校に入りたいと言っていたな。父さんからのささやかな贈り物だ」

建物を指差し、「父さんこれから忙しくなるから、お前をここに入園させる」。

 Ltraktorが夢にまで見た“学校”、しかし学校を前に嬉しさよりも、思っていたものと違うという恐怖からか車体が固まってしまった。

 ガッチリで優しそうな人はそんなLtraktorの気持ちをほぐすために、ようこそ我が学校(保育園)へ!と言わんばかりに話しかけた。しかし、それが引き金となって愚図り泣いてしまうLtraktorであった。

 まさかの反応で二人は困り果て、見かねて父が言う。

「父さんにはね、大きな夢があるんだ」

 Ltraktorの脇に手を差し入れ抱きあげる。

「いつかお前を立派な戦車にすることだ!

 誰にも負けない戦車に育て上げる、それが父さんの夢さ!」

父の言葉はLtraktorに届いた様子もなく、Ltraktorはそんな夢に負けじと大泣きで収拾がつかなくなる一方であった。

「お前の人生はお前自身が決めなくちゃいけない…

 でもね、父さんはお前に幸せになってほしいんだ…。

 だからね、父さんは頑張らなくちゃいけないんだ…頑張らなくちゃ…」

父はいつも威厳に満ち、厳粛な面持ちで、堅苦しいユーモアも決して忘れないドイツ軍人であったが、この時ばかりは頭を垂れしまう。

弱音など一度だって言ったこともない、いや、もしかしたら弱気のよの字でさえ知らないような父がそんなことを言うはずがない。Ltraktorは泣いている場合ではないと泣き止んで、父の顔をもち上げて言いました。

「お父さん泣いちゃだめだよ、僕も頑張るから、泣いちゃだめ!」

「お前って子は本当にいい子だ、

 いい子すぎて父さん、

 嬉しくて涙が、いっぱい止まらないよ 」

園長のストーム氏は困り果てつつもそんな二人を見守っていました。


 そしてLtraktorを送り出した彼は…、父はそれ以降迎えには来ませんでした。


 *


 戦車砲や機関砲が轟く保育園にLeichttraktorはいた。

周りのMS-1より一回り大きい車体がよく目立つ彼は、保育園一の人気者でした。エンスクで毎日のように遊び、トハちゃんが教えてくれたことをMS-1たちに披露してガキ大将のように振舞った。

 遊びのなかで特にかくれんぼが好きで、MS-1を視界外から捉えて味方MS-1にアウトレンジ砲撃をさせるなんて保育園児離れした遊びを彼は編み出していたのです。


 時は流れ、楽しい楽しい保育園でのMS-1たちとの日々も乗員50%をもって卒業することになりました。


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