風のない夏の夜
「私は存在しない」
「確かに、そうかもしれないね」
「私は存在しない」
「確かにそうかもしれない。でも、存在するかもしれない」
「はい」
「君と初めて出会ったのは」
「はい」
「1年前の夏の夜だったね」
「夏の夜」
「うん。風のない夏の夜だよ」
「風のない夏の夜」
「そうだよ。僕はいつもの農道を散歩しながら、彼女が欲しいなとか思いながら、空を何となく見上げたんだ。その時ね、流れ星がそっと流れたんだ」
「流れ星」
「うん。流れ星。初めて見たよ」
「流れ星」
「僕はね、そんなにロマンチストって訳でもないんだ」
「はい」
「でもね、彼女が欲しいって思った時に流れ星が流れたから」
「はい」
「本当に彼女が出来てもおかしくないなって思ったんだ」
「そうなんだ」
「うん。そうなんだよ。彼女が出来てもおかしくないなって思ったんだ。それで家に帰ったら、部屋の隅に君が座っていたんだ」
「でも、私は存在しない」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない」
「そうじゃないかもしれない」
「うん。君は存在するかも知れない」
「はい」
「君が存在するかも知れなくて、良かった」
「……私にとっては」
「それは僕には分からない」
「そうなんだ」
「うん」