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すべての謎は解けている  作者: 鈴木 女子
メタレベルでの幕間
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第2話 これからの基本方針

     3


 かるたについての綾城さんからの追及は「なんとなくです」「よく分かりません」「答えません」「言いたくないです」「なんでもないんですって!」「答えることがないんです!」「言わないもん! 絶対に言わないもん!」「訊かないで! 言わないから! 絶対に言わないもんんんんんんっ!」という最悪の幼児退行で誤魔化した。

 僕の評価が著しく下がった気がするが、誤魔化せたならまあいい。

 よくねえ。

 本島に帰還する船を降りた僕は、いちど綾城さんと共に《綾城探偵事務所》へ戻ると、彼女からの更なる詮索を逃れるため、疲れているとかなんとか適当な理由をつけてさっさと空っぽのワンルームに帰宅した。

《僕》として改めて見ると、怖いくらいに殺風景な部屋である。浮かび上がるのは無機質かつ不気味な人物像。この部屋の住人はいつか人を殺しそうだ。

 本棚を買おう。そしてこつこつと本を集めよう。作品世界の小説――つまり《作中作》とはいったいどんな具合だろうか? 僕はちょっとメタっぽい趣向のミステリにありがちな《作中作》の題名を出されるだけでわくわくする類の人間なのだ。

 そういえば、ミステリではときどき、作中に《偉大なミステリ作家》とされている架空の人物が登場したかと思えば、その横で『十角館』の名が平気で飛び出してくるようなことがある。

 作中の設定による《偉大なミステリ作家》と実在の人気作家が当たり前に並ぶ世界において、それぞれの評価はどうなっているのだろう。この世界で活動しているミステリ作家の相関図、あるいはミステリの歴史とは一体どんなものか。この世界にもドイルやクリスティがいたんだよな……。

 などと楽しい妄想でリラックスしてから、本題――今後について、さらに方針を固めていく。

 綾城さんは一国一城の主だ。《綾城探偵事務所》の所長兼所属探偵。故にシリーズにおいて綾城さんが遭遇する事件は《依頼型》と《巻き込まれ型》の二種類ある。

 先日の緑家での一件は《巻き込まれ型》に属する。こういったケースでは、僕にその気があれば事件そのものを起こさないように立ち振る舞うことも可能だろう。

 ただし正史通りに振る舞うのであれば、これはもちろんNG行動だ。起きるはずの殺人事件を事前に阻止するだなんて、そういった趣旨でないかぎり、ミステリにおいては最大級の歴史改変になる。そして《綾城彩花》シリーズはそのような捻りに捻った変わり種ではなくて、推理小説として至極真っ当な趣向のライトミステリなのだった。

 もちろん作者の定めた「作品にとっての正しさ」に則り、助けられるはずの命をそうと知っていながら無情に切り捨てるのはさすがに寝覚めが悪い。

 しかし僕にはもうひとつの問題があるのだった。

 そう、秋庭幸慈殺人事件についてだ。これは正直、考えあぐねているところがある。

《七原五月》と《僕》の意識は、シームレスなもので特に区別はない。しかしメタレベルで《僕》の存在が《七原五月》を俯瞰し、《七原五月》が《僕》に含まれているかたちとなっている現状、便宜的に僕は《僕》として自己を定義している。

 そんな僕なので、当然、殺人事件については藪から棒に突き付けられた理不尽という認識だ。その罪を被って逮捕されるなど、まっぴらごめんである。

 ところが《綾城彩花》シリーズのプロット上では、《七原五月》の犯した罪はすべて綾城さんに暴かれることになっている。ラスト、七原は綾城さんとのあいだに芽生えた絆を胸に、大人しくお縄につくのだ。

 つまり正史通りに振る舞えば、僕の行き着く先は逮捕エンド。

 それなら正史を無視してしまえばそれでいいのかと言うと、それも違うような気がする。読者として読む限り、《七原五月》の振る舞いはそれなりに最善を尽くしたものだった。下手に自由な振る舞いをすれば、かえって逮捕の時期を早めてしまいかねない。他人を助けようと躍起になって不自然な行動を続けた挙句、綾城さんの不信感を育ててしまっては目も当てられない。

 それで僕は考えあぐねているのだった。

 とりあえず、迷っているのなら判断が付くまでは正史通りに振る舞うのが保守的かと思っている。なのでしばらくは正史通りに振る舞いつつ、原作で七原が逮捕される起因となった行動などは廃するスタンスで行こう。

 その時々の判断で例外が発生するかもしれないが――それが僕の基本方針だ。


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