第13話 君
書かなければいけない場面を書いてないのに気づき、12話(前回)をいったん削除しておりましたが、再投稿しました。
お手数をおかけします。
再読が面倒くさい方は、前回を読み直さなくてもいちおう大丈夫と思います。
13
夜、明かりの頼りない住宅街に、静かに雨が降っていた。ここ数日のあいだ降り続けている雨は、いつになったら止むのだろう。
このあたりは、僕にとって見慣れない場所である。できるだけ人目につかないよう、ひっそりと歩く。
目的地は《シティハイツ与那覇》という一〇階建てのマンション。その敷地に這入り、敷地を囲う塀と建物のギリギリの隙間をくぐり抜け、ベランダ側となっている裏手に回る。本来は人の通るような場所ではなく、また、マンションから投げ捨てられたゴミなどが散乱しているため、好んで通りたくはないが、僕には確固たる目的があった。
――はたしてそこには死体があった。
誰にも気づかれず、しとしとと雨に打たれる愛川藍の亡骸。このマンション、一階は郵便受けやエレベーターがあるだけで、部屋があるのは二階から。発見はもうしばらく先になるだろう。
僕は死体のちょうど真上に位置する八階のベランダを見上げ、死体と何度か見比べた。
確認したかったのはそれだけだ。僕はマンションを後にする。
古本屋に寄ると、以前、ノベルスコーナーの脇でミステリ談義に花を咲かせた例の人物と再会した。相も変わらずミステリの棚の前で、立ち読みに耽っている。
まだ名前を知らないので、ここは便宜的に《古本屋の君》とする。
「また会ったね。憶えてる? 私のこと」
と僕は声をかけた。
《古本屋の君》は軽く会釈して、
「ああ、久しぶり。お互いに行動範囲が狭いね」
と笑った。
ふたりして本棚の前に並び、友人みたく親しげに会話に興じる。
「それで、いいミステリは書けたかな」
「だから、ただの読み専だって。そっちこそ、趣味のほうで書いてたりしない? ただの読者と言うには、あまりにもよくまとまった探偵観を披露するじゃないか」
「私も書いたりはしないよ。でも――そうだな、書いてみたいとは思うかも」
「ぜひ読んでみたいな」
「恥ずかしいよ。それに、アイディアもないし」
「まあ、そこは、なにかの真似事からでもいいんじゃない?」
「『占星術殺人事件』でもパクるかな」
「いや、いくらなんでもそれは無茶がすぎるんじゃ……」
僕たちは笑いあって、話を終える。会話のために古本屋に来たわけではないので、再び始まることもなかった。
僕はミステリの棚を物色し、《古本屋の君》は立ち読みに戻った。
そしていくつかの小説を手に取って、僕はレジに向かう。
と、その前に、《古本屋の君》に挨拶をしておこう。
「じゃあ、私は帰るから」
「ああ、うん。気を付けて。このごろ物騒だし。この辺で女性が誘拐されたかもしれないって話、知ってた?」
「ありがとう。知ってるよ。でも、私なら大丈夫。ほら、魅力的ってタイプでもないでしょ? 身代金を出してくれるような身内もないしね」
と僕は自虐した。




